100年に一度の大変革期に突入している自動車業界。“モビリティカンパニー”への変革にチャレンジしているトヨタ自動車では、少量多品種、EV(電気自動車)化、コト創造といったモノづくりに求められるニーズに応えるため、エンジニアリングシミュレーション(*多くの企業ではComputer Aided Engineeringの略でCAEと呼ばれる。物理現象をコンピューター上に再現して、解析するツール。以降、シミュレーション)を活用した製品開発のリードタイム短縮と、その先のモノづくりDXに取り組んでいる。そのためにシミュレーションを効果的に扱える人財の育成が必要であったことから、新人エンジニアへのシミュレーション教育をスタートしたという。その取り組みについて、トヨタ自動車 素形材技術部 基盤開発室主任の小名国仁氏と、シミュレーションツール及び教育の知見を提供したアンシス・ジャパンの一宅透氏に語ってもらった。

トヨタ自動車のミッション、モノづくりDXに向けたカギを握るシミュレーション

‐トヨタ自動車の最近のトピックと、所属している組織の概要をお聞かせください。

小名:当社は主な事業として自動車を生産・販売している会社ですが、現在は「クルマの未来を変えていこう」というスローガンのもと、モビリティカンパニーへの変革を目指しています。

私が所属する素形材技術部は、モノづくり開発センターという組織内にある1つの部署です。モビリティカンパニーへと変わっていくには、まずモノづくり自体を変えていかなければなりません。従来のクルマづくりでは機能分業による効率最大化を狙っていたのに対し、当センターにモノづくり技術を集約・融合させることによって新価値の創造に取り組んでいます。

素形材技術部は、新たな材料や工法の開発・生産準備を担う部署です。工法については、最近話題のギガキャスト(車体の一部を鉄からアルミに置き換え一体鋳造する技術)も当部で担っています。私は車両開発プロセスのDXを担当し、これからのモノづくりに求められる開発・製品化のリードタイム短縮などに取り組んでいます。また当部はシミュレーションに関わるメンバーが多く、モノづくりにおけるシミュレーションの活用や人財の育成も進めています。

‐モノづくりDXを実現するうえでのシミュレーションの役割はどういったことですか。

小名:経済産業省のDXレポート2.2を参考に、効率化・省力化によるリードタイム短縮、既存ビジネスの付加価値向上、新規ビジネスの創出という3層構造の施策を想定しています。シミュレーションは付加価値向上に直結する重要な柱と考えていますが、技術の形式知化という目的のためにもその活用を進めています。

今まで技術や技能は、人それぞれの知見・スキルという要素が大きかったのが実情です。特に当部で担当する鋳造・鍛造・熱処理といった分野は複雑な現象で未解明の部分も多く、現場の感覚に頼る部分が多くありました。しかし、ベテラン技術者が退職していくフェーズに入り、これまで個人のなかで蓄積してきた技術を残していく必要性が高まっています。とはいえ従来のように現場の経験から学んでいく伝承の形では時間がかかりすぎるので、個人の技術の形式知化が重要になってきました。

その取り組みの1つとして、システムの入出力や機能、そこに影響を与える因子などを整理した機能ブロック図を作成し、現象とパラメータを“見える化”しています。さらに、“見える化”したものを実際に活用していくには、鋳造や鍛造などに必要な計算をおこなうためのシミュレーションモデルを作る必要があります。この機能ブロック図とシミュレーションモデル作成によってモノづくりの知見を集約することが、技術の形式知化です。その意味でシミュレーションは核となる要素であり、シミュレーションを活用できる人財の育成が急務となっています。

  • トヨタ自動車株式会社 素形材技術部 基盤開発室 主任
    小名 国仁 氏

一宅:当社はそのシミュレーションツールを50年以上にわたって開発、提供しており、難しい物理ベースの解析をより使いやすい形で行えるように製品開発を続けています。シミュレーションの専門家でなくても、シミュレーション解析ツールを広く使っていただくための施策にも力を入れています。今回も小名さんのプランを基に、シミュレーションの活用をより広げるため、当社がご支援させていただきました。

従前の課題であった、モノづくりエンジニアとシミュレーションエンジニア間の手戻り

‐シミュレーションの活用でどのようなメリットを得られるのですか。

小名:従来の車両開発プロセスでは、設計して試作を行い、実機で評価・検証した結果、思うようにいかない場合は設計からやり直すこととなり、開発リードタイムが長くなってしまいます。

理想としては、設計の初期からシミュレーションを投入し、設計・検証をすべてバーチャルでおこなうことで、最初から完成度を高め試作を一発でOKにできる流れです。このバーチャル主体の車両開発への変革が、当社が考えるモノづくりのDXにおいても重要なポイントになってきます。

一宅:設計の初期段階でシミュレーションによる解析を実施することで、まさに手戻りを減らすことが可能になります。ただ、シミュレーションを導入していくとなると、それまで使ったことのないエンジニアがシミュレーションを使う必要があり、そこが新たな課題になったということですよね。

小名:はい。当社では、実機の設計や生産準備をおこなう「モノづくりエンジニア」と、シミュレーションを運用する「CAEエンジニア」がおり、両者が連携しながら進めていくのがモノづくり開発におけるこれまでの典型的なフローです。シミュレーションを扱うのは専門家であるCAEエンジニアで、設計に手戻りが出るとその都度CAEエンジニアが解析をやり直すことになります。また、モノづくりエンジニアにとっては、シミュレーションを理解していないために、CAEエンジニアが必要とするデータを的確に共有できず、手戻りが発生するといった問題もありました。

本来は、CAEエンジニアは、新しい技術が出てくるとそれに応じたシミュレーションの技術開発をするなどの重要な役割もあります。ただ、手戻り対応に時間が取られると開発のための時間を作れません。そのため、モノづくりエンジニアにシミュレーションについて理解してもらうことで、相互理解を深めて効率化することも、シミュレーション人財育成のポイントになりました。

シミュレーションの基礎トレーニングプログラムを共同開発

‐シミュレーション人財育成の取り組みについて教えてください。

小名:従来のシミュレーションツールベンダーによる教育は専門家向けのものが多い印象で、シミュレーションに馴染みのないモノづくりエンジニアにはハードルが高いので、まずはその基礎からわかりやすく学べるプログラムを用意しなければと考えました。

一宅:実のところ、当社としてもシミュレーション初心者向けセミナーは提供しているのですが、多様な業界で使えるように一般的な操作を紹介するケースが多いため、内容が一般的すぎるとかえってわかりにくいこともあるかと思います。そこで、小名さんからの要望に応じ、現場の入門者にもわかりやすく興味を持ちやすいトレーニングプログラムを一緒に作っていきました。

  • アンシス・ジャパン株式会社 技術部-物理モデルチーム メカニカルBU リードアプリケーションエンジニア
    一宅 透 氏

小名:社内ではプログラム作りと併せて、シミュレーション活用の5つの人財区分を定義しました。新たなシミュレーション技術を作る「CAEディベロッパー」、シミュレーション運用のプロとしての「CAEオペレーター」というCAEエンジニアを対象とした2区分と、シミュレーションを使って業務を進める「CAEパワーユーザー」、シミュレーション解析結果を活用する「CAEユーザー」というモノづくりエンジニア向けの2区分、そしてどのようなシミュレーションが必要か判断する「CAEコーディネーター」の、合わせて5つです。現状、CAEコーディネーターはCAEエンジニアの役目ですが、ゆくゆくはモノづくりエンジニアの中にもCAEコーディネーターを育てていきたいと考えています。

‐具体的にどういった形でシミュレーション人財教育を行っているのですか。

小名:まず入門として物理工学を学べる動画配信を用意しています。その上で初級の前半として、シミュレーションの基礎を学ぶ部分についてアンシス・ジャパン様の協力を得て座学の講義を実施し、シミュレーション初心者用ソフトとして「Ansys Mechanical」(以下、Mechanical)を使って実際の操作や解析結果の見方をセミナー形式で教えています。MechanicalはGUIがわかりやすく、初心者も抵抗感なく取り組めると考え選定しました。

一宅:単なるツールの操作だけでなく、さまざまな課題に対してどのような解析が適用できるかといった相談を受けて手法を紹介するなど、ニーズに合わせて対応しています。カスタマイズの必要性に関しても、ソフトをシンプルにして自動化を進めるなど、使いやすさの部分も含めて、トヨタ自動車様のニーズに応えながら取り組んでいきたいと考えています。

DX、そして新規ビジネスでもシミュレーション活用の可能性に期待

‐シミュレーション活用をより進めることで、今後実現していきたいことを教えてください。

小名:3層構造としてお話ししたDXの取り組みにおいて、土台となる効率化・省力化、開発リードタイム短縮にはシミュレーション活用が欠かせません。そのためにもまずはシミュレーションを使える人財を現場でどんどん増やし、既存のモノづくりを変革して、第2段階の既存ビジネスの付加価値向上、さらに第3段階の新規ビジネス創出につなげていきたいですね。また、デジタルツインでバーチャル工場を作り上げ、そのなかでシミュレーションも完結できる世界を実現するのが当面の到達点です。そしてその先に、モビリティカンパニーとして新しい価値を生み出していくことを目指しています。

一宅:デジタルツインやAI/MLといったテクノロジーを適用して、モノづくりDXを加速するためのご支援も是非させていただきたいです。トヨタ自動車様では、技術の形式知化にも取り組まれていますが、今は、シミュレーションモデルを用いてAIを学習させることも1つのトレンドとして注目されています。多くのシミュレーションの解析結果がある企業では、これらをAIに学習させることで、モデルのパラメータを自動的に最適化するといったメリットをもたらすことができます。Ansysは、先般Ansys SimAIを発表しましたが、今後はAnsysのポートフォリオにAIベースの製品を追加していくことを予定しています。デジタルツインやAIといった先進技術を現実に活用したソリューションを提供することが可能になっていると考えています。

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『トヨタ自動車 | モノづくり分野における CAE活用人財 育成』
(Ansys Simulation World Japan 講演より)

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アンシス・ジャパン株式会社
当社のミッション: 人類の進歩を促進するイノベーションに力をTM
Ansysのシミュレーションは、ビジョナリーカンパニーが世界を変える革新的アイデアを、設計から現実のものにするために活用されています。50年以上にわたり、Ansysのソフトウェアは、様々な業界のイノベーターがシミュレーションの予測能力を活用して、限界を越えることを可能にしてきました。持続可能な輸送手段から高度な半導体まで、衛星システムから救命医療機器まで、Ansysは人類の進歩における次なる大きな飛躍の原動力となります。

https://www.ansys.com/ja-jp/

本件に関するお問い合わせ先
アンシス・ジャパン株式会社
マーケティング部
  tok-mkt-com@ansys.com

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