DXの波が金融業界にも及ぶ中、プライバシー保護などの懸念から、顧客データを活用したサービス提供については、多くの企業が手探りで進めている。いったいどのような思想で、歩みを進めていくべきなのだろうか? Fintechの世界的権威であるキース・カーター氏に、海外と日本の取り組みについて話を聞いた。

【プロフィール】

  • (写真)キースカーター氏

    KBC Global Partners
    マネージングパートナー(最先端テクノロジー担当)
    Keith Carter氏

    コーネル大学でMBAを取得後、レンセラー工科大学で電気・コンピュータシステム工学の学士号を取得。アクセンチュア、エスティー・ローダーでの勤務やシンガポール国立大学の助教授などを経て、現職。またデジタル資産業界のグローバルコンソーシアムであるDEC Instituteの取締役も務める。これまでにNUS FinTech Societyや、生成AIの開発企業・JustAskProf.comなどを創設し、Fintechの世界的権威として広く知られている。講演実績、著書多数。
    URL:https://www.keithbcarter.com/

銀行こそ、新たなテクノロジーを取り入れるべきである

―キース・カーターさんは、ビッグデータインテリジェンスとFinTechの専門家として、KBC Global Partnersで活躍されています。現在はどのようなプロジェクトを推進されているのでしょうか?

私は今、”Just Ask Prof”という生成AIを活用した教育サービスの開発を進めています。これは「親子」にフォーカスした教育プラットフォームであり、AIとの対話を通じて、子どもは科学・数学を、親は金融リテラシーを、それぞれ学ぶ事ができます。家族が一丸となって人生に向き合い、より豊かに過ごせる。そんなサービスを目指しています。

―素晴らしいプロジェクトですね。技術の進歩によって、生成AIのように、データはさまざまな場面で活用が可能になりました。本日は、金融業界におけるデータ活用についてお伺いしたいと思います。まずは初歩的な質問ですが、なぜ金融業界において、データ活用が重要なのでしょうか?

銀行という存在は、顧客のタイミングに合わせてさまざまなサービスを提供します。

たとえば、社会人になってクレジットカードを作るときや、家を買うために住宅ローンを利用するときは、銀行に相談しますよね。そして人生の終わりが近くなれば、資産譲渡の検討を始めるでしょう。

ビジネスにおいても同様です。起業や成長のタイミングで融資を受けたり、あるいは国際的な取引を始めるときには、銀行の助けが必要です。

  • (図版)顧客の生涯価値

    出典:Keith B Carter

銀行が、できるだけ長く自分の口座で取引をして欲しい、自分たちのサービスを使って欲しいと考えるならば、顧客がどのステージにいるのか、どのようなライフスタイルなのか、把握していなければなりません。そのために必要なものがデータです。

先日、私はベトナムの銀行からの依頼で、VIP顧客の支出情報を分析しました。その際に注目したのは、「どこで食事をしているのか」「航空券はエコノミーかビジネスクラスか」といった点です。ライフスタイルを保持するのにどれくらいの資金を費やしているのか把握できれば、お客様それぞれに合った投資や保険の提案をすることができるからです。銀行はそもそも、顧客理解を深めるための多くの鍵を持っているのです。

―データ分析・活用など、新たな技術を導入する上でのポイントはなんでしょうか?

新たなテクノロジーを「知っている」だけでなく、従業員が「使いこなしている」ことが重要です。従業員がユーザーとなって初めて、全社的な戦略を立てて、その技術を使って顧客に働きかけていくことができるようになります。

たとえば生成AIについては、今や誰もが知っているでしょう。しかし、活用されているとは限りません。先日、ある銀行の従業員150名に「どれだけAIを使っていますか?」と尋ねたところ、「一日10分以上使っている」という回答はわずか5%以下でした。

これまで24時間365日顧客を満足させることは難しかったですが、今なら可能なのです。たとえば24時間体制でローン契約できるようにしたり、24時間のトランザクション(銀行取引)を展開すれば、より顧客に喜ばれることでしょう。それだけ収益にも繋がっていくことになります。

いまだ手作業でやればいいと思っていたり、仕事がなくなってしまうのではないかと懸念を抱いたりする気持ちは理解できますが、時代の変化は待ってはくれません。AIなどの新たな技術は、仕事を奪われる脅威ではなく、より高い付加価値提供につながると考えるべきでしょう。

海外の金融機関で体験した、最高の顧客体験

―Fintechにおける日本と海外の差について、何か感じられたことはありますか?

シンガポールでは10年以上前から、"Fintech"を軸にしたデジタルイノベーションが注力されてきました。今ではどの病院に行っても、スマホをかざせば医療カルテにアクセスできます。アプリから銀行口座を簡単に開設して、国際送金もできます。各企業はQRコードを持っており、それをスキャンすることで支払いが可能です。財布を持ち歩く必要はなく、ATMを利用するのは、海外出張のときだけです。

一方、日本の場合はどうでしょうか。私は、誕生日に北海道のスキーリゾートを満喫したことがあるのですが、ローカルバスでの移動には、お釣りがでないように現金を用意しなければなりませんでした。幸い、バス停の近くには花屋があったため、花束を買うことでお札を小銭にくずすことができましたが、結果として私は、「自分の誕生日なのに自分で花束を買っているわ!」と家族に笑われることになりました。

私は、顧客が困ったとき、すかさず手を差し伸べてくれるような、身近な存在に銀行がなって欲しいと思っています。

―実際に「身近な銀行」としてのサービスを受けた体験はありますか?

数年前、アメリカにいた父が亡くなった時のことです。当時、私はシンガポールに在住していました。

私も父もUSAAというアメリカの地方銀行に口座を持っていたので、シンガポールから電話をして口座の閉鎖をお願いしました。担当者は処理をテキパキと進めた後、「ところで葬儀の手配はどうされますか? 当行では葬儀場所を提案できますよ」と尋ねてきたのです。葬儀にかかる費用は保険から直接支払われ、国際手数料もかからないそうです。

これはとても助かる提案でした。私がニューヨークに到着したときには手配は完了しており、その分、私は家族に寄り添うことができたのです。これは、私がUSAAの生涯顧客になると決めるのに充分な体験でした。

また、このときレンタカーを借りようとしたら、クレジットカード決済ができないというトラブルに見舞われました。しかし、すぐに「あなたはクレジットカードを使いたいですか?」というSMSがシンガポール銀行から届いたのです。「YES」と答えるだけで、カードのスライド読み込み機能が有効化され、私はレンタカーを借りることができました。

顧客が困ったときにすぐに手を差し伸べる、という機能が自動化されていたことで、シンガポール銀行は営業時間外に手数料を得られ、コールセンターの運営コストを削減し、そして私の信頼を獲得することができました。

マーケティングだけじゃない!? 金融機関のCDP活用事例

―Tealium(ティーリアム)のCDP(Customer Data Platform)は、リアルタイムで顧客データの統合・管理・活用を実現できるソリューションです。これについて、キースさんのご意見を聞かせてください。

Tealiumのようなリアルタイムにデータを有効化できるCDPを使えば、顧客がどこからやって来たのか――SMS広告なのか検索なのかアプリなのかが分かります。そして、どこに向かうのか、クレジットカードを作りたいのか、ローンを検討しているのか、といったことも特定できます。これはつまり、顧客の抱えるニーズが見えてくるということです。

もし、あなたがアメリカのアーティストのライブチケットを運良く手に入れたとしても、現地に行くには航空券やホテル、レンタカーの手配が必要かもしれません。銀行という存在は、そこまで含めたトータルなお手伝いをすることができるのです。顧客体験を向上させるためには、リアルタイムに、かつ関連性の高いオファーをすること。このふたつが欠かせません。

  • (図版)関連性は成功に不可欠

    出典:Fair Isaac Corporation

こちらの図をご覧ください。横軸に「オファーの関連性」、縦軸に「時間」を置いています。左下は、イベントに参加してくれた方々、この一ヶ月間に商品を購入してくれた方々など、ざっくりとしたセグメントを切って、それに適合するデータをバッチ処理で抽出し、企業起点――つまり企業側のタイミングでアプローチした場合です。反対に右上が、ある行動を起こした特定の属性の方をリアルタイムで把握し、適切なタイミングで、これまでの行動履歴を踏まえた適切な関連性の高いオファーを提供する場合です。タイムリーで関連性の高いオファーを提供すれば、その応答率は30%以上に跳ね上がることが見てとれます。

なお、マーケティングだけでなく、セキュリティの観点でもTealiumのCDPは重要な役割を担っています。実際に、「ふるまい検知(※)」の面でも利用されている金融機関もあるそうですね。
(※)ふるまい検知…通常の振る舞いから逸脱した挙動を検知するシステム。不正防止に用いられる。

日常のふるまいにはパターンがあります。たとえば、平日に外食するにしても、仕事場や家の近くがほとんどでしょう。いつも東京で仕事している日に、福岡でラーメンを食べているのは、実に奇妙に見えます。クレジットカードが不正利用されているのかもしれません。そこまで分かれば、銀行は食事の決済を止めたり、追加のパスワードを要求したり、確認のSMSを本人に送ったりすることで、顧客を守ることができます。プロアクティブにセキュリティを担保することができる、というわけです。

さらに言えば、顧客に関する360度の理解があれば、その精度はもっと上がります。福岡行きの航空券を買っていることが分かっていたり、銀行の福岡支店での予約が入っていたりすれば、突然福岡での利用があっても不正ではないと判断できますから、クレジットカードを変に止めなくても良いわけです。

こうした顧客に関する360度ビューを得られるようにテクノロジーを活用すべきでしょう。またそのためには、顧客データをいかにリアルタイムで、かつリッチに保っておくかが肝となります。

―最後に、読者に向けたメッセージをお願いします。

TealiumのようなリアルタイムCDPを活用することによって、データに基づいた関連性の高いオファーを、タイムリーに顧客へと提供することができるようになります。

デジタル変革とは、仕事をなくすことではなく、より価値の高い仕事に換えることです。それを理解し、そしてその第一歩として、顧客についてもっと知ってください。

みなさんに今回覚えておいていただきたいポイントは、ふたつです。
・顧客が必要としている瞬間に、寄り添える存在になる
・タイムリーで関連性の高いオファーを提供する

そしてどうか、「顧客のために私はこんな素晴らしいサービスを始めた」という話を、私にたくさん聞かせてください。

―ありがとうございました。

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[PR]提供:Tealium Japan