北海道千歳市の産学研究および地域活性化の拠点を目指し、1998年に開学した千歳科学技術大学。2019年に公立化し、地域の知の拠点として新たな出発を果たした。同大学の曽我研究室では、機械学習などのテクノロジーをローコード開発プラットフォーム 「Claris FileMaker(以下FileMaker)」を用いたアプリ開発を通して、地域のサービスにつなげることを目的とした研究を行っている。

2023年1月26日に開催された公開ゼミでは、3・4年生が地域の住民に研究の成果を発表した。本記事では、公開ゼミで発表された研究の内容を紹介し、また研究室を率いる教授の曽我聡起氏、非常勤講師の有賀啓之氏、そして今回発表を行った学生らへのインタビューの模様をお届けする。

  • 公立千歳科学技術大学キャンパス画像

    北海道千歳市に広大なキャンパスを構える公立千歳科学技術大学

足を運び、ユーザーに目を向ける。“曽我研究室スタイル”のサービス開発

公立千歳科学技術大学では、2013年からClarisの教育機関向け特別プログラム「FileMakerキャンパスプログラム」を導入し、ユーザーニーズを捉えたアプリを開発する「ユーザインターフェース」科目を展開。講義を担当する曽我聡起氏は千歳科技大の地域連携センター長を兼任し、大学のテクノロジーとサイエンスを社会に生かす、地域と大学の橋渡し役を務めている。

曽我研究室では、学生たちが地域の課題を見つけ、それを解決するためのサービスの企画およびシステム構築を行い、サービス工学としての評価尺度である「効果・効率・満足度」をバランス良く満たしたサービスの社会実装を目指して研究活動に勤しんでいる。地元企業もまたこの取り組みを積極的に支援しており、学生たちは地元企業や現地に足しげく通い、実社会のエンドユーザーの意図をくみ取りながら、サービスの質を追求している。社会とのかかわりが非常に重要となるが、学生時代にそうした経験ができることこそが、同研究室の魅力と言えるだろう。

その曽我研究室が2023年1月、北海道千歳市の「まちライブラリー@ちとせ」で公開ゼミを実施した。まずは同研究室に所属する4年生6名と、3年生1名が行った成果発表について紹介していこう。

  • 公開ゼミの会場

    公開ゼミの会場には多くの関係者や地域の住民が集まった

支笏湖の鏡面現象予測や埋蔵文化財のAR化など、多彩な7つの研究

今回の公開ゼミで発表された取り組みの大きな特徴は、地域の観光資源へのアプローチだ。例えば河村健生さん、小田切声龍さんは日本最北の不凍湖、支笏湖(しこつこ)の鏡面現象(景色などが鏡のように水面に反射する現象)に着目した。支笏湖は5月から7月の期間に観光客が減少傾向にあるという課題を抱えている。そこで鏡面現象の発生時期を予測して情報発信し、観光客の集客につなげようというのが本研究の狙いだ。

鏡面現象の成立には明確な基準が存在せず、それまで現象が発現したか否かは主観で決定がなされていた。そこで河村さんは写真から鏡面現象か否かを判定する機械学習モデルを「Create ML」を活用して作成。支笏湖の写真から湖面に映った像を分析し、鏡面現象であると判定が難しい画像はユーザーテストの被験者にアンケートをとり、その結果をデータに反映することで、判定精度を上げている。そして過去の鏡面現象の発生頻度などの情報提供や、実際の鏡面の発現をリアルタイムでLINEに通知する機能を備えた観光者向けサービスをFileMakerで構築した。

※Create MLは、Appleが提供する、機械学習のモデルを手軽に構築し、トレーニングすることができる、MacやiOSデバイス向けの機械学習ツールキットだ。Create MLは、画像分類、テキスト分類、オブジェクト検出、音声分類など、さまざまなタスクに対応している。機械学習について深い知識がなくても、簡単に機械学習モデルを作成し、データの分析や予測を行うことができるため、ビジネスや研究分野で幅広く利用されている。FileMaker を使った機械学習についてはClaris のブログでも紹介されている。

一方、小田切さんは、鏡面現象の発現時期を予測するためにトレイルカメラや測定機を現地に設置して画像と気象データを収集し、「Create ML」を活用して鏡面現象予測モデルを作成した。この観光者向けの予測情報提供サービスもFileMakerによってアプリ構築されている。今後は、画像と気象データを増やすことでさらなる改良を目指すという。

  • 支笏湖の水面

    支笏湖の水面に鏡のように山の姿が映っている

八木橋孝生さんは、世界遺産であるキウス周堤墓群の埋蔵文化財を扱う研究に取り組んだ。千歳市埋蔵文化財センターでは、キウス周堤墓群発掘調査によって出土した墓穴や土層などの文化財の展示を行っているが、展示スペースの都合上、すべてを展示することができない。そこで八木橋さんはAR(拡張現実)技術を活用し、限られたスペースでも多くの埋蔵文化財を実寸大で展示することを目指した。来館者がタブレット端末で閲覧したい展示物を選択し、展示エリアに端末をかざすと、立体モデル化された展示品が表示され、音声ガイドが自動で流れるといったサービスだ。「Scaniverse - 3D Scanner」「Blender」「Reality Composer」を用いて立体モデルを作成し、FileMakerでガイドシステムをアプリ構築している。この取り組みは地域新聞でも取り上げられ注目を集めている。

北海道新聞:端末の向こうに遺跡の世界 千歳市埋蔵文化財センター、AR使って解説 画面に「本物」登場

  • 展示物が画面越しに出現 実証風景

    展示エリアに端末をかざすと実寸大の展示物が画面越しに出現する。

このほか、小野航征さんは王子軽便鉄道関連古資料のデジタルアーカイブ化、下岡悠稀さんは温度センサーを用いた支笏湖周辺の桜・紅葉・湯たんぽ現象に関する情報提供サービス、藤原伸伍さんは機械学習による千歳科学技術大シャトルバスの混雑度予測を実装したアプリ開発、3年生の柏原太一郎さんは千歳水族館の新規来館・再訪を促進するためのビンゴアプリの提案と、それぞれの研究成果を発表した。

彼らの研究はFileMakerをベースとし、Create MLを用いて機械学習モデルを作って推論を進めるものが多く、どの発表内容も非常に興味深い。いずれも公式なサービス提供までには至っていないが、あと一工夫あればサービス実装できるだろうという印象を受けた。

また、構築したシステムは必ずユーザーテストを行い、改良を重ねている。ボタンの位置や色など、UIやUXに関するユーザーの要望を聞いていくなかで、開発側の視点とのギャップに驚くことが多かったという。学生たちは研究の振り返りと卒業後の展望について次のように述べる。

「情報学科では、どうしてもシステムや技術の講義、プログラミングの授業が多くなりがちです。『サービス』という視点で、システムのその先を学生のうちに学べたことはとても大きいと思います。今回の研究を通して、現場に行かないとニーズやユーザーの本当の不満を捉えることは難しいと知ることができました。フィールドワークを大切にしながら、社会でも頑張っていきたいです」(河村さん)

「UI/UXは他のプログラミング言語の授業では意識できなかった点でしたが、今回の研究で開発者・発注者に留まらず、エンドユーザーの体験までを踏まえたシステム作りができました。地域や企業が抱える課題を見つけ、それを解決できるものを自分の手で作れるというのが、この研究室で得た学びです」(小田切さん)

「今回は観光事業に関するものを作りましたが、最初は自分中心の設計を行ってしまいました。観光業者さんから何度もフィードバックをもらうなかで、ユーザー中心設計の重要性をあらためて痛感しました。特にUI開発では、学生にとっては直感的なUIでも、年配の方にとってはわかりづらいといったこともあり、ギャップへの意識と調査の大切さを知ることができたと思います」(下岡さん)

そして今回発表した学生の中でも、曽我氏が“ものすごく苦労した1人”と評したのが、ARを活用した八木橋さん。それは、卒業研究の学内発表会では「なぜARを用いたのか?」という質問を必ず受けるからだ。もし自分の主観や興味だけで AR の活用を選択していたら「面白いから」という理由で終わっていたかもしれない。しかし実際に八木橋さんが AR を選択した背景には現場(千歳市埋蔵文化財センター)に赴いて職員たちから聞いた話から得た気付きがある。展示できない埋蔵文化財は埋め戻されていること、展示されている埋蔵文化財には観覧者からは隠れて見えない部分にも魅力があるということがわかったのだ。ユーザーとの対話が、大きな埋蔵文化財も実寸大で見ることができ、実物展示では見えないような部分も映像で観察できるという、ARだからこそできるサービスの提案につながった。

  • 発表を終えた4年生6名の集合写真

    発表を終えた4年生6名(後列左から)小野さん、小田切さん、河村さん(前列左から)八木橋さん、下岡さん、藤原さん

ユーザー中心のシステム設計を支えたClaris FileMaker

実社会でのUX実現という大きな課題に取り組んでいる曽我研究室の学生たち。彼らは4月に研究をスタートさせ、翌年2月に卒業研究の発表を行う。つまり、わずか10か月の間に課題発掘・サービス企画からシステム構築、さらにユーザーテストと改良を重ね、研究成果として発表しなくてはならない。システムを構築するのに普通の開発環境をゼロから勉強していてはとても間に合わない。本研究室で統合開発環境として採用されているFileMakerと、Appleが提供するCreate MLやiOSデバイスは、そんな学生たちの研究を陰から支えている。

FileMakerが学生たちから支持されている一番の理由は、やはりローコード開発によるスピード感だ。本格的なプログラム言語を調べたり学んだりせずともアプリを構築することができ、データの紐付けやレイアウトの作成を直感的に進められる点は、卒業研究の大きな助けになったという。また、FileMakerはJavaScriptを使うこともでき、特に今回の発表ではグラフ表現など、ユーザーの満足感を高めるために使用している。さらに、ARや機械学習モデルを用いたモバイルアプリを実装できる点が、FileMakerの大きな特長として評価されている。

「プログラミング言語は苦手な方でしたが、FileMakerは直感で書くことができました。本来は色や配置、大きさもそれぞれコードを調べて書かなくてはなりませんが、それすら必要がなく、開発しやすかったと思います」(小野さん)

「FileMakerだからこそ、ユーザーテストをし、改善を繰り返すというサイクルを、スピーディーに回すことができました。より迅速にユーザーにサービスを届ける一助になったと思います」(藤原さん)

またデータベース機能が搭載されている点についても、外部のデータベースに接続せずとも管理できるのでデータ整理がしやすいという声が上がった。開発時の負担が軽減すると、その時間をフィールドワークにあて、ユーザーと密接にかかわれる。このことがUXの優れたシステムを短期間で開発できたことにつながったのである。

短期間で総合的な視点と能動的な姿勢を養うために──卒業研究の狙いとは?

学生から熱い支持を受ける「Claris FileMaker」だが、曽我氏も日本語版が発売された直後からのユーザーであり、その可能性を高く評価している1人だ。曽我研究室は、長らくFileMakerの研究への活用を進めており、曽我氏は、昨今のFileMakerの進化を高く評価している。特にJavaScriptが使えること、機械学習を利用できることは、研究室の取り組みに大きな影響を与えているという。

「FileMakerがもともと備える機能だけでは、なかなか思う通りにUIを実現できないこともあります。実は、千歳科学技術大学ではJavaScriptの授業はほとんどないのですが、このような壁に直面したときに、学生は自らJavaScriptを勉強して実装しています。さらに今回の研究のようにCreate MLを使ってCore MLモデルを作り、機械学習で推論させる学生もいるわけです。FileMakerを起点に、総合的な視点で能動的にさまざまな技術を応用していく研究環境が実現できていると思います」(曽我氏)

  • 公立千歳科学技術大学 理工学部 情報システム工学科 学科長・地域連携センター センター長・教授 工学博士 曽我聡起氏

    公立千歳科学技術大学 理工学部 情報システム工学科 学科長・地域連携センター センター長・教授 工学博士 曽我聡起氏

また、Clarisパートナーであり、千歳科学技術大学でFileMakerを活用した講義で講師を務める株式会社DBPowersの有賀啓之氏は、今回の公開ゼミについて次のように振り返る。

「本日の発表では、短い研究期間にもかかわらず、推論にCore MLが多用されていました。FileMakerカンファレンスなどを踏まえても、これだけCore MLが活用されている例を目にすることはまれではないでしょうか。FileMakerには、学生目線でみても比較的容易に機械学習との連携が可能な環境が提供されていることがわかります。ローコード、JavaScript、機械学習をパッケージ化して使える言語や環境を用意することはなかなか困難だと感じています。FileMakerは非常に可能性のあるプラットフォームだと思います」(有賀氏)。

  • 株式会社DBPowers 代表取締役 有賀啓之氏

    株式会社DBPowers 代表取締役 有賀啓之氏

曽我氏によると、経験則と機械学習の親和性は非常に高いという。FileMakerを活用することで機械学習が行いやすくなり、「経験上こうだったのではないか」という仮説を立証するハードルが下がり、研究成果を利活用するチャンスを増やすことになるはずだ。

「本当に役立つものを作ってほしい」曽我氏から卒業生へのメッセージ

情報系学部において、UI/UXを重視したサービス実装というアプローチはまだまだ珍しい。そうしたなかで、現場に足を運び、社会と密接にかかわり、エンドユーザーに目を向けることで、サービスの質を追求する──そんな“曽我研究室スタイル”を確立した卒業生たちは、実社会で活躍できることだろう。実際に卒業生たちからは、「額に汗したフィールドワークが人生の役に立っている」「就職活動においてUI/UXというキーワードで面接官の目を引くことができた」という声もあるそうだ。千歳科学技術大学で学び、社会へと羽ばたいていく学生たちに対し、曽我氏は次のような思いを抱いているという。

「仕様に従ったコーディングをするプログラミングも大切ですが、そのプログラムで実現する先の事も考えることができるようなスタイルを目指して欲しいと思います。世の中には無数のアプリやシステムがありますが、彼らには、本当に役立つものを考えてほしい。そのためのアプローチをこの研究室で学んだはずですし、我々はそれを期待して彼らを指導してきたつもりです」(曽我氏)

  • 有賀啓之氏と曽我聡起氏

    インタビューに協力いただいた有賀啓之氏(左)と曽我聡起氏(右)

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