急速なデジタル技術の発展が社会を変えようとしている。一方で、世界的なパンデミックの影響により事業の成長に必要なIT環境は大きな変化を遂げている。社会課題の解決や企業変革のカギとなるデジタル技術やIT環境に対し、この先どういった考えを持つべきか。NTTデータ先端技術が2022年12月6日に開催したオンラインセミナー「NTT DATA INTELLILINK SUMMIT 2022」から紐解いていきたい。

基調講演:実現すべき未来へのプロダクトマネジメント

「今やプロダクトが強い企業が社会を支えていると言っても過言ではない」。そう語るのは、Tably 代表取締役 / Adobe Executive Fellowの 及川 卓也 氏だ。確かに、世界時価総額ランキング上位には、AppleやMicrosoft、Metaといったプロダクトに強みを持つ企業が並ぶ。

及川氏が指摘するのは、昨今プロダクト開発の世界で起きている変化だ。つい数年前までは、プロダクト先行で物事を考える「プロダクトアウト」の発想は顧客を置き去りするとして、顧客の声をしっかり聞く「マーケットイン」のアプローチこそが重要だとされていた。しかし、顧客本人ですら何が欲しいのか自覚していないケースも多い昨今では、まずはプロダクトを作り、顧客に使ってもらったうえでフィードバックを活かすこと、つまり「プロダクトアウト」と「マーケットイン」を組み合わせて仮説検証のサイクルを回していく必要があるという。

  • 及川 卓也 氏

    Tably株式会社代表取締役/Adobe Executive Fellow
    及川 卓也 氏

そもそも「プロダクト」とは何だろうか。及川氏は、1対多に同じものを提供することだとする。提供者にとってのメリットは、同じものを1顧客に提供するよりも収益性が高いことにある。利用者にとってのメリットは、特にSaaSプロダクトの場合、プロダクトが勝手に進化していくことだ。特注製品の場合は追加費用を払わなければ機能追加は期待できないが、SaaSプロダクトでは、同様の課題を持つ会社がユーザーにいることで常に必要な機能がアップデートされ、集合知的な進化を遂げる。つまり、利用者と提供者双方がスケーラビリティの成果を享受できるというわけだ。

プロダクト基点による事業価値最大化、顧客価値最大化の両立。これを成功へと導くことこそがプロダクトマネジメントだと及川氏はいう。

「事業価値と顧客価値はトレードオフと考えられがちだが、バランスをとって両立させることが重要。そのためにプロダクトビジョンを掲げ、そこへ顧客を導き、ともにプロダクトつくっていくのが理想の状態である」(及川氏)

企業講演:デジタル時代における求められることの本質

NTTデータ先端技術 コーポレートエグゼクティブ 竹内 徹 氏は、“DXとは何か”を改めて整理したうえで、今後の方向性について考察した。

経済産業省「DXレポート2.2」では、DXを推進する企業は着実に増加しているものの、既存ビジネスの維持・運営を目的としたものであり、新たな価値創造につながっていない実態が明らかになっている。竹内氏は、「組織風土、文化、プロセスの変革ができていないことにその要因がある」と指摘する。

  • 竹内 徹 氏

    NTTデータ先端技術株式会社 コーポレートエグゼクティブ
    竹内 徹 氏

では、「変革」とはそもそも何だろうか。竹内氏によると、変革の先にあるイノベーションの本質を理解すると見えてくるという。オーストリアの経済学者シュンペーターは、新結合という言葉でイノベーションを定義している。つまり、別々の要素を組み合わせることで新たな価値創出につなげるということだ。そのために求められる変革とは、個人/組織のコラボレーションのあり方である。

「コラボレーションすべきはナレッジ。暗黙知と形式知という2種類のナレッジを融合し、新たなナレッジを創出し、これを再び融合するという知識変換のプロセスを繰り返すことでイノベーションが生まれる」(竹内氏)

この事例として竹内氏が紹介したのは、NTTデータグループの世界横断型ブロックチェーンCoE(Center of Excellence)の取り組みだ。同組織では、変革のきっかけをつくるため、グローバルのメンバーが一堂に会する機会を設け、自分たちが実現すべき価値は何なのか徹底的に議論。ブロックチェーン技術をベースとしたDX推進ソリューション「BlockTrace」の原型となるアイデアはここから生まれたという。また、「何よりもメンバー自身が変わり続けることの意義、コラボレーションの重要性を理解したことが大きな収穫だった」と竹内氏は振り返っている。

  • グローバルコミュニケーション 学び

DXのポイントは“IT/ソフトウェアでなければできない価値”をつくること

及川氏と竹内氏のトークセッションでは、まず「ITを取り巻く社会の変化」をテーマに議論が行われた。

及川氏は「『ITを取り巻く社会』というより、もはや『ITがないと成立しない社会』」と強調したうえで、かつてITは人の作業の代替となるものだったが、現在ではITにしかできないことが多くあることを指摘。これに続いて竹内氏は、「DXのポイントは、IT/ソフトウェアでなければできない価値、答えがないものをつくっていくこと」と付け加える。

  • トークセッション①

「すべての企業がIT化に取り組まざるを得なくなっている状況において、非IT企業がIT企業に変わる壁をどのように超えていけば?」という竹内氏の質問に対して、及川氏は「ITが特別であることを理解しつつも、特別視しないこと」がポイントだとする。そして「ITの重要性と特殊性を理解する必要がある。そのためにできる最も簡単なことは、IT企業/非IT企業を問わず、ITで成功している企業を見て真似をすること。『あの会社は特別だから』『彼らはIT企業だから』と別の世界の住人だと思っているうちに、そうした企業が自分たちのいるリアルの世界にまで進出してくる」と続ける。

及川氏の回答を受けて、ITベンダー側ができることとして竹内氏は、「IT化に対する人材育成や行動変革プロセスのナレッジを『DX推進パック』として企業に提供し変革をサポートできれば、新たな可能性がもたらされる」と説明した。

続いてトークセッションの後半では、両氏のエンジニアとしての長年の経験を踏まえ「エンジニアのあるべき姿」をテーマに語られた。及川氏は、「PCやWebが登場した当時は、性能が低くおもちゃのようなものと思われていた。しかし『これ、おもしろい』と思って何かをつくったりユーザーとしてのめり込んでみたりしたエンジニアがイノベーションを起こした結果、いまに至る」とし、自分自身もそうした経験によってエンジニアのキャリアを築いてきたことを明かす。

  • トークセッション②

一方で竹内氏は、メインフレームベースのミッションクリティカルシステムに携わっていた経験から「技術が未熟だった時代に技術への探究心を醸成できたことはラッキーだったかもしれない。当時のように、ホワイトボックス的に技術のすべてを見せて技術者を育成していくことは難しくなってきている」と現状を考察した。そのうえで、「誰もが技術に触れる時代になったいま、システムは白紙の状態から組み上げるよりも、パズルのピースを選択して組み立てていくかたちに近い。エンジニアが意識すべきは、そのパズルがどんな価値を生み出すのかということ」と、技術がもたらす新たな価値について、エンジニア自身が考える必要性があることを訴えた。

こうした竹内氏の主張に対し及川氏も、「課題発見能力・価値創造能力がエンジニアにも求められている。エンジニアは常にこれまでよりも難しいことをやりたい人たち。その抽象度を上げていくと価値創造につながるはず。その部分はある意味で『白紙』だが、楽しんでいけるポイント」と同意。「答えがある世界よりも答えがない世界に挑戦できることの喜びを伝えていけば、技術者の未来は明るい」と語った。

事例講演:言語を理解するAIがビジネスを変える

DXを実現するにあたり、AIはその中核にある技術といえる。ここでは、AIがもたらした新たな価値の事例として、NTTデータグループが手掛けた2つの事例を紹介したい。

  • (左)NTTデータ先端技術株式会社 ソフトウェアソリューション事業本部 AIソリューション担当 中林 篤史 氏
    (中央)株式会社NTTデータ東北 公共事業部 営業部 部長 相場 映希 氏
    (右)株式会社NTTデータ東北 デジタルトランスフォーメーションオフィス 課長代理 塩川 亮 氏

NTTデータ先端技術 ソフトウェアソリューション事業本部 AIソリューション担当 中林 篤史 氏は、昨今発展が著しい言語理解AIについて解説した。

近年、BERTやGPTシリーズなどのTransformerと呼ばれる手法に基づいた言語理解AIの登場により、単語の意味の違いを精緻に扱うことができるようになるなど、言語理解AIの精度は飛躍的に向上している。NTTデータ先端技術が提供する高度自然言語処理ソリューション「INTELLILINKバックオフィスNLP」は、大規模日本語版BERT、テキスト生成を得意とする言語モデルである日本語版MASS、AIの回答に対する根拠を提示するXAI機能などを搭載。「ドキュメントを理解して人間が判断するという知的作業が必要なバックオフィス業務全般のDXを実現する」と中林氏は説明した。

  • INTELLILINK バックオフィスNLPはあらゆる業務に適応する

    INTELLILINK バックオフィスNLPはあらゆる業務に適応する

続いて、NTTデータ東北 相場 映希 氏より、同社とNTTデータ先端技術とが協力して取り組む、顧客への言語理解AIの導入事例が紹介された。この取り組みでは、INTELLILINK バックオフィスNLPが要介護認定事務に利用されている。

要介護認定では、申請から認定までに掛かる期間は原則30日以内と定められているものの、相場氏によるとかかる時間は自治体によってまちまちであり、福島県郡山市では平均40日程度掛かっていたという。同市では、要介護認定に携わる担当者の業務時間も年々増加傾向にあり、特に認定調査票の内容確認に時間を要していた。

そこで、NTTデータ東北は、要介護認定事務支援AIサービス「Aitice」を開発し同市に導入した。認定調査票は、74項目の基本調査項目とそれを補足する特記事項の文章からなり、従来は目検によってそれらの整合性を確認する作業が行われていたが、Aiticeを用いることでこの作業をAIに任せられるようになった。なお、Aiticeには特記事項の内容理解にINTELLILINK バックオフィスNLPの技術を利用している。Aiticeの導入により、要介護認定までの期間を平均10日間、月当たりの超過勤務時間を約30時間削減することに成功したという。

  • Aiticeの画面イメージ

NTTデータ東北 塩川 亮 氏は、宮城県の河北新報社とともに実施した実証実験の事例を紹介した。

実証実験では、INTELLILINK バックオフィスNLPを用いて、過去6万件の新聞記事と見出しをAIに学習させ、新聞記事本文から高精度な見出しを自動生成するという取り組みが行われた。この結果、事件・政治といった硬派と呼ばれる記事はある程度パターン化されているため比較的良好な精度で見出しが生成されたが、イベント・地域などの軟派と呼ばれる記事は、趣向を凝らした見出しが多いため、相対的に低い精度となったという。

ただし、実証実験で用いたデータを利用しNTTデータ先端技術が最新のTransformerで同様の実験を行ったところ、そのまま利用できるレベルの見出しの割合は実証実験時の36%から70%に向上。たとえば「石巻の味をカレーに/高校生カフェ/レトルト化へ大手メーカー協力」という新聞記事に対し、AIは「石巻の食材、カレーに変身/「いしのまきカフェ」が新メニュー/大手メーカーが商品化へ」という見出しを生成したという。ダジャレ表現という日本人のユーモアを再現することにも成功している。

  • トランスフォーマーによる言語理解AI

AIは人間の価値創造能力を強化するコ・パイロットのような存在に

NTTデータ先端技術 ソフトウェアソリューション事業本部 AIソリューション担当 城塚 音也 氏は、言語理解AIの最新動向と展望について説明した。

Googleが発表したPaLMというAI言語モデルでは、説明文を読んで最も適したことわざを選ぶ。社会的文脈の知識が必要なダークジョークの意図を理解するといった大量データの丸暗記では解けない問題でも対応できるようになっており、150種類の推論タスクの平均スコアは平均的な人間のスコアを超えている。また、最近ではテキストを入力すると画像を生成するDALL・E2なども話題になっており、城塚氏は「言語理解AIは、効率化・自動化からクリエイティビティの方向へ進んでいる」と説明する。

  • 城塚 音也 氏

    NTTデータ先端技術株式会社 ソフトウェアソリューション事業本部 AIソリューション担当
    城塚 音也 氏

「設計書を読んでプログラムのコードを書く、商品の特徴から広告文を作成するといったことも可能になってきており、これから人間はAIと手を組んで、自分の価値創造能力を強化できるようになる。AIはコ・パイロットのような存在になっていくだろう」(城塚氏)

さらに城塚氏は、こうした方向性に合わせて、INTELLILINK バックオフィスNLPの機能を強化していく考えも示した。NTTデータ先端技術自身が、まさに新たな価値の創造にチャレンしている過程にあるとのことだ。


DXとは、まさに未来の価値そのものである。しかし、本当に価値のあるDXを実現するためには、技術と正しく向き合い、それらがもたらしてくれる価値を十分に理解すること。そこにこそ、いま求められているデジタル技術・IT環境に対する“考え方の本質”があるといえるだろう。

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