従来型開発手法の課題と対応策

航空機の設計、というと日本でこれに携わっている企業は意外に少なくないが、航空機全体の設計を行っている企業そのものは非常に少なく、片手で数えられるほどである。一つの理由は、設計そのものよりも、設計にあたってクリアすべき法規制や、性能最適化にあたって行う膨大なテストや検証に膨大な人手とコストを要するためであり、これに耐えられる資金力が必要になるためだ。このコストは自動車の比ではない。ただここ数年は、新しい波が押し寄せている。その一つが航空機の電動化であり、エアカー(欧米ではHover Carなどと称される)に代表される短距離型航空機、更にはドローンの急速な進化と多様化など、従来型航空機とは全く異なるタイプの航空機が多く登場しようとしている。そしてここに向けて、大手企業だけでなくベンチャー企業などもどんどん参画し始めている。かつての「航空機産業は国力の象徴」とまで言われていた(現在でも大型旅客機とか軍用機などに関して言えば、この言葉はかなり正しい)が、以前より裾野が広がりつつあるなかで、以前に比べて少ない資金力であってもアイディア次第では特定の市場を取れる可能性が出て来ている。

とは言いつつ、アイディアから最終的な航空機に至るまでの道のりは決して平坦ではないのだが、その製品化までの長い距離をかなり縮めてくれるのがモデルベースデザインである。モデルベースデザインは既に自動車業界などではかなり広く利用され始めている。これは自動車向けの機能安全規格がMBDの利用を前提にしているため、機能安全に対応するためにはMBDの利用が必須になっている事が大きな要因である。こうした流れは他の分野の開発にも次第に普及しつつあり、実は航空機業界においてもアビオニクス(航空機搭載の電気/電子システム)のソフトウェア開発に関わるDO-178Cという規格があるが、このDO-178Cの規格をモデルベースデザインを利用して実現する場合に利用する、DO-331という規格が標準化されており、既にこれに向けたソリューションも複数存在している。ただDO-331はあくまでもアビオニクスのソフトウェアに焦点を絞ったものであり、それもあって航空機の開発そのものに対するモデルベースデザインの取り組みは、その複雑さや大規模さなどもあって、自動車向けなどに比べるとやや遅れ気味であったことは否めない。しかしここに来て、電動化の波やエアカー/ドローンに代表される、従来と異なるタイプの航空機の登場などで、従来型の開発では開発時間やコスト、あるいは複雑さの対応が難しくなりつつあり、MBDに活路を見出そうという機運が盛んになりつつある。こうした開発現場のニーズに対してシーメンスが提供するモデルベースのソリューションがSimcenterである。

Simcenterの航空機開発向けソリューション

そもそも、Simcenterはシーメンスの提供するエンジニアリング向けデジタルツインの総称であり、別に航空機向けのみという訳ではない。であるが、例えば機体の空気抵抗や揚力の推定、あるいは空気の流れ方などのシミュレーションは航空機も自動車も基本変わらないし、発熱や放熱、熱伝導といったシミュレーションも同じである。車や列車、船や飛行機などで機体構造に対する要求事項は異なるが、そのシミュレーション手法そのものは共通であり、基本的には同じ仕組みを利用しての開発が可能である。

異なるのはその規模感である。自動車と異なり、航空機開発ではしばしば複数の国に跨ったパートナーがそれぞれ部品を個別に製造、最終組み立てのタイミングで初めて一つの機体になるといった、あたかも独立したコンポーネントの様な作り方をなされることが多い。こうした体制で相互に密にコミュニケーションを取るのは難しく、結果として個々のコンポーネントは大きめの安全マージンを必要とする。サイロ的などと呼ばれる従来型の開発手法の限界である。特に航空機の電動化は全く新しいトレンドであり、エンジンや燃料タンクなどが不要になる一方で、これまでにない大容量の電池の搭載や、従来より数桁大きなエネルギーの出力密度を持つモーターが必要になる。当然ハーネスの構造も変わってくるし、モーターの発熱対策も従来とは全く異なるものが必要になる。電磁気的干渉への対策も必要である。こうした全く新しい要求に対し、従来のサイロ型の開発でこれに立ち向かうのは非常に困難である。

こうした問題に対する解がモデルベースデザインである。冒頭で少し触れたが、航空機業界ではアビオニクス向けソフトウェアに対してのモデルベースデザインの取り組みは既に始まっているものの、航空機全体の開発に対してはまだそれほど普及しているとは言えない。

しかしSimcenterでは、MBDを利用しての設計や検証を行うためのツールが充実しており、しかも航空機業界に向けたプラットフォームやライブラリ群も用意されている。具体的にはVIA(Virtual Integrated Aircraft:仮想統合航空機)やVIB(Virtual Iron Bird:仮想アイアンバード)がこれにあたる。VIAは実際に各コンポーネントを組み込んで全体の動作を確認するためのプラットフォーム、VIBはそれに先立ち、結合テストや信頼性テスト、シェイクダウンなどを行うためのプラットフォームである。従来の方法であれば、これに実際のコンポーネントを組み合わせてテストを行う訳であるが、モデルベースデザインであればそれぞれのコンポーネントのモデルを組み込み、テストや検証を実施するという形でこれが行える事になる。この段階で各コンポーネント同士のすり合わせやテスト、性能評価などを可能な限り実施することで、開発や認証の迅速化、性能の向上、欠陥の防止など様々なメリットが享受できることになる。

E/Eシステムと熱管理

こう書いてもイメージが湧きにくいかもしれないので、2つほど事例を示してみたい。一つはE/E(電気/電子)システムの事例。昨今の航空機などにおけるE/Eシステムの開発要件をまとめたのが以下の図1だ。発動機の電動化の話を抜きにしても、昨今の航空機のアビオニクスの進化は著しいし、また油圧化から電動化の流れも顕著である。こうしたE/Eの設計にあたってはMBSE(Model Based System Engineering)を利用できる。

  • 図1

図2は自動車の例であるが、まず要求を策定後に、その要件を既存のモデルに落とし込む形で機能モデルを作成する。これを一度行えば、以後は当初の機能モデルのデータを継続的に使用しながら、機能設計から実装、実部品や実システムの製造までをトレーサビリティーを確保しながら行う事が出来る。また機能モデルが出来た段階でシミュレーションや検証を行う事が可能になるので、この時点で十分な確認を行う事で、詳細設計や実装での手戻りを最小にすることが出来る。しかもこのMBSEはクラウドベースのSaaSソリューションとして提供されるから、物理的に離れた場所にある複数の開発パートナー同士の連携も容易である。このSaaSサービスは、特定のパートナーは設計の特定の場所にのみアクセス可能といったきめ細かいアクセス制御も可能であり、開発における機密性確保とかIPの保護なども容易である。

  • 図2

図3は、熱管理に関するシミュレーションの一例である。従来型の航空機は当然燃料タンクを機内に保持するわけだが、燃料タンクを適切な温度に保たないと燃料に引火・爆発の危険性がある。実際1996年にニューヨークを出発直後のTWA800便が、電気配線のショートによる火花の引火で爆発、墜落事故を起こした事が有名である。

  • 図3

図3は、ある機体の燃料タンク内の温度のシミュレーション結果であるが、左側が可燃性の温度範囲(縦軸が高度、横軸が温度)で、LFM(Lower Flammability Limit)は可燃性になる下限、UFL(Upper Flammability Limit)は上限である。右側が実際の飛行を行った場合のシミュレーションで、折れ線が燃料タンクの温度推定である。この例では機体上昇を終わり、巡航に入る当たり前の数分の間、燃料タンクが可燃性の状態にある事が示されている。なのでこの設計のままではまずく、不活性システムを利用するか、設計を変更する必要がある。航空機の燃料タンクの温度は、燃料の残量、巡航高度や大気温度、天候(真昼と深夜では機体温度が変わる)など多くの要素で変化しやすい。当然これを実機で確認していたら手間が掛かるばかりか危険な場合もあるので、シミュレーションを多用する事になるが、現実には燃料タンクは単体で温度が決まる訳ではなく、機体全体の動きと連動することになる。例えばタンク周辺の電子機器の熱が伝わって温度が上がる、なんて場合もあり得る訳だ。

シーメンスはこうした目的にSimcenter Amesimを提供しており、モデルを基にシステムシミュレーションを行う事ができる。機体全体のモデルを利用する事で、見落としなどを防ぎながら効率的なシミュレーションが可能になる。

Simcenterでは航空機向けに機体構造、機体の空気力学・熱管理、航空機システム、客室快適性、電動化、航空機の信頼性・可用性・保守性・安全性、高度なエアモビリティ、航空機の試験・検証・認証といったエンジニアリングソリューションを提供しており、ワークフローの自動化やプロセス/データ管理などを含む包括的なサポートが提供されている。冒頭でも少し触れたが、航空機といっても昨今ではドローンとかエアカーなど裾野が広がりつつあり、また内燃機関から電動化への移行に伴い、新しいビジネスチャンスが発生しつつある。こうした分野で、シーメンスのSimcenterは有力なツールとなることであろう。

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