店舗、オウンドメディア、ソーシャルメディア、広告などで企業と消費者がオンライン・オフラインで様々な接点を持つなか、そこから生み出されるデータを活用して効果的なマーケティング施策を展開することは、避けて通れない大きな課題だ。その際は消費者とのコミュニケーションで生み出される様々なデータを統合管理・分析することが重要となる。

TIS、トレジャーデータ、SATORIの3社は『チャネルシフト実践事例2018』と題したマーケティングセミナーを開催。主に小売業、ブランドメーカー、金融サービス業を展開する企業を対象に、クライアント企業やソリューションベンダーが社内のデータをどのように活用し、どのような狙いでマーケティングを実践していくべきかについて語った。

カスタマージャーニーを理解し、検討/購入/使用・消費を一体で把握する

『オムニチャネル時代のマーケティング』と題したセッションでは、良品計画でオムニチャネル戦略を成功させ、現在はオイシックス・ラ・大地で執行役員チーフ・オムニチャネル・オフィサー(統合マーケティング責任者)を務める奥谷孝司氏が講演した。

オイシックス・ラ・大地 執行役員チーフ・オムニチャネル・オフィサー(統合マーケティング責任者)奥谷孝司氏

オイシックス・ラ・大地 執行役員チーフ・オムニチャネル・オフィサー(統合マーケティング責任者)奥谷孝司氏

奥谷氏は顧客との接点が多様化するなか、デジタルマーケティングを通じてどのように顧客エンゲージメントを築いていくべきかについて「顧客時間」という考えを用いて説明した。当たり前の話だが、顧客は商品を購入するときだけ企業の商品やブランドに触れるわけではない。商品購入を検討する際や、商品を消費・使用する時間など、企業と消費者が直接向き合わない時間も商品やブランドに接触していることになる。特にリアルな店舗を展開する小売業だと、そうした時間の顧客行動を把握することは難しかったが、スマートフォンの普及やデジタルマーケティングの進化のおかげでオンライン・オフラインの垣根を超えて、消費者が商品やブランドに接触するあらゆる時間=顧客時間に企業が寄り添えるようになったのだ。

「小売業の場合、店頭に顧客が来て何を買ったかというデータで終わっていましたが、これだけでは顧客とのつながりを作ることができません。次の来店・購買につなげてロイヤルカスタマーを生み出すには、検討段階、使用・消費段階もデジタルの接点によって可視化する必要があります。無印良品ではオンとオフを行き来する顧客を理解するために『MUJI passport』アプリを開発し、デジタルと店頭それぞれの顧客行動の可視化・統合を推進しました。そのうえで、ソーシャルメディアでブランドがどのように語られているか観測・分析を徹底的に行いました」(奥谷氏)

  • オムニチャネル時代における顧客時間の重要性

    オムニチャネル時代における顧客時間の重要性

奥谷氏が強調したのは、顧客の検討/購入/使用・消費を一体で把握することの重要性だ。それによって購買に至らなかった顧客も理解できるようになる。

「購買していない顧客も含めて顧客理解を進め、デジタルマーケティングを推進していくことが担当者に求められます。そこで重要になるのが、顧客のカスタマージャーニーを理解することです」(奥谷氏)

スマートフォンが普及し、SNSで自身で手軽に情報発信できる現在、消費者は顧客であると同時にブランドや商品を世の中に発信する"マーケター"でもある。奥谷氏は「顧客起点でブランドや商品が拡散する状況をふまえて、オンとオフを行き来する顧客を把握することが重要です」と説明した。

一般的に企業は広告やオウンドメディア、店頭などを通じて顧客に情報をプッシュする"B to C"のコミュニケーションを展開しているが、奥谷氏は「B to Cのコミュニケーションも重要ですが、だんだん効きにくくなっています」と前置きしたうえで、「これからマーケターに求められるのは、より顧客に近づいた"B with C"のコミュニケーションでしょう」と提言する。

「デジタルマーケティングが本来やるべきことは、顧客に近づいて肩を叩くようなコミュニケーションです。実現すべきは顧客との距離を縮めることであり、広告で追い回すことではありません。広告を配信する手段ではなく、顧客との関係を成熟させる手段としてデジタルマーケティングを捉えるべきです」(奥谷氏)

チャネル選択の主導権は顧客に移り、ネットとリアルを自由に往来する

また、企業と顧客の接点は、複数のチャネルを横断して顧客管理・マーケティングをシームレスに行うオムニチャネルの時代へと突入している。しかし奥谷氏は「多くの企業は複数のチャネルを展開していますが、顧客接点を統合的に管理できていないのでは」と指摘する。

  • シングルチャネルからオムニチャネルへの変遷

    シングルチャネルからオムニチャネルへの変遷

「私にとってオムニチャネルは、常に顧客が中心にいて情報流(商品の情報収集や購買の検討)と物流(商品の購買行動)をデジタルマーケティングでつなぐことです。たとえば家具を買う場合、店頭で商品を触って検討し、最終的にネットで注文したりしますが、これは自然なことであり、消費者はネットとリアルを行き来しながら商品を購入しています。オムニチャネルはチャネルイノベーションではなく、チャネル選択の主導権が顧客に移り、情報流と物流を自分で行き来する購買体験になっているということです」(奥谷氏)

こうした顧客行動の特性に合わせて、企業はどのようにコミュニケーションを生み出していくのかを考えることが、オムニチャネル時代の重要なミッションとなる。奥谷氏は海外における様々なオムニチャネルへの対応事例を紹介し、新しいアプローチとしてオフラインの販売手段も含め、顧客の購買環境やニーズに合わせて顧客との接点を変革していくなどのチャネルシフトをすべきだと説明した。実際、オイシックス・ラ・大地では、僻地などで店舗への来訪が困難ないわゆる"買い物難民"に商品を届けるため、移動販売のサービスを開始している。

「オムニチャネルにおいて重要なのは、デジタルでつながることももちろんですが、それ以上に顧客と物理的にも心理的にも近づくことです。顧客時間に寄り添い、顧客のほしい・買いたいというニーズにオンライン・オフラインで適切に価値を提供するわけです」(奥谷氏)