少子高齢化の真っただ中にある日本で、子育て中の夫婦や定年後の再就職といった多様な働き方への対応が、企業の労働力確保にとって重要なポイントになっている。一方で、顧客の価値観や趣味趣向が細分化し、"モノが売れない時代"と言われる状況が続いている。

こうした課題に共通して言えることは、年齢・性別や子育て中といった当事者の属性にあるのではなく、社会/企業/個人それぞれのレベルでの「多様性への対応力」にあるということだ。

これに対し、問題発見・解決の考え方で、ユニバーサルデザイン(以下、UD)の教育・アドバイザリーを行なっているのが、実利用者研究機構(旧:日本ユニバーサルデザイン研究機構)だ。UDといえば障がい者・高齢者向けに作られた製品や施設を指すものと思う方が多いだろう。しかしその本質は、多様性に対応するための「問題発見・解決手法」であるというのが同機構の考え方だ。一体どのようなものなのか、同機構代表の横尾良笑氏に話を聞いた。

実利用者研究機構代表 横尾良笑氏

「多様性に対応することは「面白い」こと

横尾氏がUDやバリアフリーの在り方を意識したのは大学時代。キャンパスでは、全盲の教授が大学側に迎え入れられていながら、トイレの場所が分からない、行っても男女の区別が分からないという状況だった。横尾氏は「もっといいやり方があるのではないか」と思ったという。

また、そうした製品や施設の利用対象である障がい者や高齢者からは「なるべく使いたくない」という声が、一方で作っている企業側からは「社会的責任があるためやらざるを得ない」という声が聞かれた。特に企業内においてUDやバリアフリーは設計・デザインが難しく、利益が望めず、社内的にも評価されない分野であるのが実態だった。また実際に製造された製品にも、対象者が適切に使えないものが少なくなかった。開発者側に利用者の抱える問題への理解が不足していることで、工夫したはずの対策が実は適切ではなかったのだ。

一般的に企業の製品開発は、競合他社に先んじるための不断の研究・改善が生命線となる世界。対して、UDやバリアフリーは「無いよりあったほうが良い」という位置付けに甘んじることで、画期的な進歩や改善が生まれない世界だった。こうした中で横尾氏が立ち上げたのが、実利用者研究機構だ。

横尾氏は、「"やらされ感"で取り組んで品質が上がるわけがない。そうではなく、多様性に対応することの面白さが感じられるようにしていくことがすごく大事だと思いました」と語る。

学問としてのUDコーディネーター教育の確立 あらゆる学術の組み合わせと実践

当時、企業がUDに取り組もうと思っても、担当者がUDを学ぶことは非常にハードルが高かった。UD発祥の米国を中心に研究は行われていたものの、それは研究者ごとに散り散りで、成果を体系立てて学べる資料はなく、日本語への翻訳も行われていなかった。それはまだ研究者のものであり、一般の社会人はそもそも「どうすればUDになるのか」が分からない状況だったのだ。

そこで横尾氏が行ったのは、UDの啓発普及そのものではなく、UDを含む、あらゆる多様性対応に取り組む人たちをサポートする体制作りだった。多数の文献からUDに必要な知識を集めて体系化し、一般の人が学んで理解できる「学問」の形にまとめた。また、その過程で得た様々な知識を元にした方法論を、ノウハウとして分野ごとにまとめた。同機構が運営する「ユニバーサルデザインコーディネーター講座」はこれを授業の形で提供しているものだ。

同機構が提供する「ユニバーサルデザインコーディネーター講座」

学問としてのUDコーディネーター教育とはどのようなものだろうか。UDは福祉や思いやりと混同して理解されることもあるが、実は非常に幅広い学術知識を組み合わせた応用的かつ実践的な学問だ。医学、運動生理学、認知科学といった人の身体や行動を理解するための知識、それを基盤に原因と問題の関係を正しく把握するための理論と観察力、さらに解決策を現場にフィードバックするマネジメント力などが必要になる。

例えば、加齢と知覚に関する研究から、人間の聴覚は年を取るにつれて周波数の高い方から聴き取りにくくなっていくことが分かっている。コールセンターで高齢者の対応をする場合、女性の担当者では話が通じにくく、上司の男性に代わるとすぐに話が通じるケースがあるのは、周波数の高い女性の声が聴き取りづらいことが原因になっている可能性がある。聞き間違いや内容を理解しにくいといった問題は、こうした部分からも生じる。この知識があれば、担当者のトレーニングやマニュアルに時間をかけなくても高齢者に分かりやすい対応を行える。あるいは、家電製品のブザーやアラームに聴きとりやすい音を設定して、事故防止や使いやすさの改善に配慮することが可能になる。単純に、知識があることで解決できる問題は意外に多いのだ。

問題の解決を人の努力や人海戦術に頼っては、人が代われば対応が変わるし、誰かに負担が偏るなどムリが生じて継続できず、品質も良くならない。今までのやり方を強化しても大きな効果が期待できないなら、今まで知らなかった方法にこそ新たな解決の道を探るべきだろう。多様性に対する知識や方法論をもって問題を解決するという、UDコーディネータの考え方によるアプローチを従来行ってこなかった企業では、これによって今までにない効果が上がるケースが多いという。

専門性の中で活用するUDコーディネーターが社会を変える - 問題点や課題の「発見」と「解決」の大切さ

これまで10年以上に渡り、同機構はUDに取り組む企業・自治体のサポートを行ってきた。その中で横尾氏が感じたのは、企業の抱える課題の多くが多様性に対する知識があればすぐに改善できる問題であるということだ。日本の生活者の多くが日々必要とするプロダクトを提供する、いわゆるナショナルブランドと言われる大企業に勤める人は、日本の労働人口約6,000万人のうち20%程度のおよそ1,200万人。日本の人口の中の一割にすぎない。男女比や年齢分布も偏っており、人口全体から見ればある意味マイノリティ集団だ。

マイノリティである彼らが、彼らの感覚で設計し、彼らの想定するモニターでユーザー調査を行って問題を解決しても、その他の多くの人々にとっての問題点は正しく洗い出せない可能性がある。タマネギが犬にとって毒になるように、自分にとって問題の無い部分が、ある人にとっては致命的な欠陥になる可能性がある。それは知識として身につけなければ知り得ないことだ。だからこそ、人間の多様性に関するUDコーディネータ教育の知識が、問題の発見・解決の手段となる。これは、それぞれの業種・職種で働く人の専門性の上にこそ活かされることが特長だ。開発は開発の、販売は販売の、人事は人事の仕事の中で、それを良くするためにUDを活用することができるのだ。

現在までのおよそ10年間、実利用者研究機構はUDに取り組む人をサポートする活動を行ってきた。それらは個々の製品開発に盛り込まれることもあれば、自治体の福祉や防災の施策に活かされたり、企業全体を改革するコンセプトにも用いられ、実績を上げてきた。

そしてこれからの10年、横尾氏はUDコーディネーター教育を「世の中のベースを作る人が必ず勉強するものにしていきたい」と考えている。目の前にある課題から問題を発見し、解決すること。UDコーディネーター教育を学びそれぞれの仕事に活かしている人からは、それが楽しいという声が聞かれる。これをより多くの人が行うようになれば、社会全体の底上げにつながるのではないかと横尾氏は考えている。それは理想にすぎるという声もあるだろう。だが、自社の製品・サービス、あるいは職場、さらに自分のデスクの上にある課題もまた、社会の一部なのだ。努力と人海戦術ではない方向からの「問題発見・解決手法」として、UDコーディネーター教育の考え方を知って欲しいと横尾氏は言う。

実利用者研究機構(旧:日本ユニバーサルデザイン研究機構)

2003年より内閣府認証の特定非営利活動法人として、企業・自治体のUD導入やUD教育のサポートを行う。UDの理解から業務への応用までを学べる「ユニバーサルデザインコーディネータ資格認定制度」や、UDに配慮された製品を科学的に評価する「使いやすさ検証済」認証制度の運営も行っている。

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