神奈川県横浜市は2019年、「イノベーション都市・横浜」を宣言し、2022年には中期計画に「スタートアップの創出・イノベーションの推進」を掲げ、スタートアップ企業の支援など、さまざまな施策を進めている。その中心となるのが横浜市 経済局ビジネスイノベーション部 イノベーション推進課だ。今回は、同課 担当課長の大橋直之氏、担当係長の雲丹亀雅彦氏に、市を挙げてスタートアップ企業を支援する背景や取り組みの詳細、横浜市で起業するメリットなどを伺う。
人材交流で狙う新規ビジネスの創出
横浜市がスタートアップ企業の支援に目を向けたきっかけは、同市の中心的エリアである関内エリアの環境にある。歴史的建造物があり、海や港にも近い。都内や空港へのアクセスも至便だ。さらに飲食店が充実しているといった「スタートアップ企業が好む要素が多く含まれており、そのような企業にマッチするエリアではないかと考えた」と雲丹亀氏は言う。
加えて、オフィス賃料がリーズナブルだというメリットもある。同氏によると、東京の主要エリアと比較して、横浜市の坪単価は3,000円ほど安価であり、「場所によっては、東京の約半分の賃料でオフィスを構えることができる」そうだ。
その関内エリアに隣接するのが、みなとみらい21地区である。同市ではこのエリアの土地の利活用を積極的に進めてきた。みなとみらい21地区は研究開発関連の企業が多数オフィスを構え、現在は約13万人が働いている。開発当初から現在まで、オープンイノベーションを掲げ、ビル内にコミュニケーションスペースや外部との交流スペースを設ける企業も多いという特長があると雲丹亀氏は話す。
「イノベーション都市を宣言した2019年頃には、関内エリアにもスタートアップ企業が進出しつつありました。それらの企業の人材と、みなとみらい21地区の人材の交流によって、新しいビジネスの創出を目指していきたいと考えたのです」(雲丹亀氏)
採択企業は累計120億円以上の資金調達に成功
そこで生まれたのが「YOXO(よくぞ)」である。これは横浜をフィールドにイノベーションを生み出す活動の合言葉であり、ムーブメント、そしてエコシステムを表すワードだ。
「YOXOには、人材がクロスオーバーするという思いを込めた」と雲丹亀氏は説明する。その象徴として、2019年10月には関内エリアにベンチャー企業成長支援拠点「YOXO BOX」も開設した。同拠点は、企業や大学、スタートアップの交流や実証実験の場として活用されている。
同じく2019年から始まったのが「YOXO Accelerator Program」だ。同プログラムでは、市が半年間スタートアップ企業に伴走し、個別支援を行う。参加資格は横浜市に拠点を有している企業だけでなく、今後横浜市で起業をしたいと考えている人や、同市への移転を検討している企業にも与えられる。年に1回公募し、約10者が採択されるが、毎年約30者ほどの応募がある人気プログラムになっているという。審査では新規性、優位性、市場性といったビジネス構想に対する評価だけでなく、「創業家個人の特性や目指すビジョン(理想)の高さなどの熱量を重視している」と雲丹亀氏は言う。
では、これらの支援の成果は今、見えているのだろうか。雲丹亀氏によると、YOXO BOX設置のタイミングで設定した目標は、横浜市が支援するスタートアップ企業に対する民間投資額が3年間の累計100億円になることだったという。実際2019年度から21年度までの累計資金調達額は120.4億円に上っており、「1つの成長の成果」だと同氏は話す。
「市の支援効果だけではなく、有望なスタートアップ企業が集まってくださった結果だと考えています。これを受け、2022年度からの横浜市中期計画では、4年間で170億円の投資がなされることを新たな目標として設定しました」(雲丹亀氏)
市民も巻き込む、産学公民の取り組み
YOXO BOXの設置から2年後の、2021年には産学公民でイノベーション都市・横浜を推進する連携基盤として横浜未来機構が設立された。設立に携わった大橋氏はその意図を「ご近所にさまざまな企業があるのに、意外につながっていないところが多かった。つながりが生まれる“器”をつくろうということで設立した」と説明する。現在、同機構には正会員109者、賛助会員21者が参加、横浜市も特別会員として名を連ねている。
横浜未来機構から生まれた取り組みの1つが、日産自動車、NTTデータとスタートアップ企業・Swapによる音声モビリティサービス「アイモビ」だ。これは相乗りアプリを用いて同乗した人たちに向け、車内でロボット音声が仕事や趣味などを尋ねるもので、この会話をきっかけに、同乗者同士の対話や、関係性構築を促す取り組みである。
「例えば、市内にはビジネスパーソンが数多くいますが、同じ街にいるというだけで、他人と会話する機会はほとんどないでしょう。相乗りという空間も通常、なかなか乗り合わせた人と話をすることがない場所です。アイモビは『せっかく同じ空間にいるのだから、偶然の出会いをつなごう』という考えに基づいています」(大橋氏)
このような取り組みをより広く知ってもらうために毎年開催しているのが、「YOXO FESTIVAL」だ。“街にイノベーションが飛び込んでいく”というコンセプトの下、横浜ランドマークタワーやクイーンズスクエア横浜などに、企業が試作中の製品やシステムを展示。一般の人たちが実際に体験することができる場となっている。この取り組みには「単純に楽しんでもらおうというノリもあるが、BtoCモデルであれば、ユーザーの反応を見られる場として役立っている」と大橋氏は話す。
「企業側から見ると、普段、ユーザーの反応を直接見られる場はなかなかありません。参加企業からは『良い機会になった』というお声をいただいています」(大橋氏)
距離感の近さが魅力、今後は技術系にも注力を
イノベーション都市の実現に向けて横浜市は盛り上がりを見せているが、スタートアップ企業にとって、横浜市で起業する最大のメリットとは何なのか。大橋氏は横浜未来機構やYOXO BOXからの声として「人との距離感が近いこと」を挙げる。例えば、YOXOイノベーションスクールの出身者らが始めたYOXOカレッジ起業部では月に1度、YOXO BOXに集まり、さまざまな活動を展開している。
「横浜は元々、横浜村という漁村から始まり、多くの人を受け入れて育ってきた街、誰が来ても仲良くなれる街なのです」(大橋氏)
「一定規模の都市でありながら、人との距離感が近いことを活かして、イノベーションを生み出していただければと思っています」(雲丹亀氏)
横浜市では2024年度、さらにスタートアップ企業支援を拡充すべく、技術系スタートアップ企業の支援にも力を入れていくという。1億3470万円という新たな予算には、実証実験や横浜進出に対する助成金の拠出に加え、技術系スタートアップ企業の支援のための新たな拠点を設ける計画も含まれている。大橋氏は「秋から冬頃には新拠点をオープンしたい」と意気込みを見せた。
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イノベーションの創出に向け、横浜市が進めるスタートアップ企業への支援。次回は実際に横浜市の支援を受け、起業した企業家にお話を伺う。