横浜市では今、「イノベーション都市・横浜」を宣言し、産学公民の連携基盤となる「横浜未来機構」を中心にスタートアップ企業の支援に注力している。では実際、起業家たちはそのサポートをどのように活かし、自らの発想を新たなビジネスへと昇華させているのだろうか。
今回は、バイオスティミュラントの探索・評価サービスを提供する横浜バイオテクノロジーの取締役研究開発部長 小倉里江子氏にお話を伺った。
植物にとっての機能性食品、「バイオスティミュラント」とは
横浜バイオテクノロジーは2014年に設立された、横浜国立大学発のスタートアップ企業である。取り扱うのは、バイオスティミュラントの探索・評価サービスだ。小倉氏はバイオスティミュラントを「植物にとっての機能性食品」だと説明する。
「人にとって、食べ物と医薬品の間に免疫力を高める機能性食品があるのと同じように、植物にとっては水や土に含まれる養分と農薬の間に免疫力を高めるバイオスティミュラントがあるのです」(小倉氏)
技術が社会に受け入れられるためには何をすべきか
ではなぜ、小倉氏はこのバイオスティミュラントを探索・評価するサービスに行き着いたのか。それには同氏が自身の特徴だと話す「少しばかりの根性」と、「人と出会う能力」、そして目標とする「科学と社会をつなぐ仕組みをつくる」ことが大きく関係している。
小倉氏は高校時代、生物の仕組みの面白さに気付いたことがきっかけで、東京農業大学へ進学。さらに、横浜国立大学 環境情報研究院に進み、植物遺伝子工学・植物病理学を学び始める。そこでの時間は実験が楽しく、充実していたが、技術を社会に受け入れてもらうために自分には何ができるだろうかと考えたという。
「技術を用いたビジネスとして利益が上がっていれば、イコール、その技術が社会に必要とされていることになるのではないかと思ったのです」(小倉氏)
人との出会いが、ビジネスを進化させる
このような考えを基に、小倉氏がビジネスの主題に選択したのが、植物の免疫力を上げる資材(=バイオスティミュラント)の開発だった。横浜国立大学発のスタートアップ企業として、横浜バイオテクノロジーを立ち上げ、いよいよ本格的な活動を加速させていくはずが、物事はそれほどスムーズには進まない。いざ、横浜バイオテクノロジーを立ち上げてみたものの、ビジネスとして成立させるには至らなかったのだ。バイオスティミュラントの開発には長い時間が必要だが、ベンチャーキャピタルに話を持ち込んでも、「そんな時間のかかることに付き合っていられない」と断られることもあり、「なかなかかたちにすることができなかった」と小倉氏は話す。
そこに救世主たちが登場する。現在、横浜バイオテクノロジーの代表取締役社長を務める小澤重夫氏、取締役企画担当の梅野匡俊氏、そして横浜国立大学の恩師でもある取締役CTOの平塚和之氏だ。彼らが持つマーケティングや財務といったビジネスに必要な機能と、バイオスティミュラントの可能性を掛け合わせたとき、バイオスティミュラントを開発するよりも、これまでの研究で培った「バイオスティミュラントを見つけ出す力」を受託試験サービスとして提供するというアイデアが生まれた。
バイオスティミュラントの探索・評価サービスの主な顧客は、メーカーの研究部隊だ。例えば農薬や肥料のメーカーの場合、新しい資材としてバイオスティミュラントを開発する際、成果物を自社で評価するだけでなく、客観的な裏付けを得るために横浜バイオテクノロジーに試験を依頼する。飲料や食品、素材などの異分野のメーカーの場合、自社で有している製品や原料が新規事業立ち上げや、農業分野への参入などにも生かせないかと、探索を依頼するのだ。
分かりやすく研究内容を伝える難しさ - ビジネスグランプリ参加の苦労
ようやくビジネスとしてのかたちが見えてきた頃、小倉氏は知人から「横浜ビジネスグランプリ」の存在を聞く。「せっかくだから、自分たちのやっていることを広く知ってもらいたい」と考えた同氏は、2019年のビジネスグランプリに応募することを決断した。
「ビジネスグランプリに出場するにあたり、めちゃくちゃ苦労しました。元々、技術寄りの研究者だったので、自分たちのやっていることを他者に分かりやすく伝えることが苦手で……。経営陣(前述の3名)にもびしばししごかれました。また、横浜企業経営支援財団の方にプレゼンテーションのブラッシュアップをしていただいたのですが、それがとても勉強になりました。先ほどお話した機能性食品の例えも、ここで生まれたものです。この例えがとても分かりやすいと褒めていただいたので、あちこちで使わせていただいています」(小倉氏)
このような努力の結果、小倉氏は見事、グランプリに輝く。その結果、「(研究だけでなく)ビジネス的な実績を積んだことで、私や弊社への信頼感が増し、より多くの方からお引き合いをいただけるようになった」そうだ。
新たなビジネスモデルの展開により、次のステージに
設立から10年が経った今、横浜バイオテクノロジーのビジネスは勢いを増している。ここ数年、バイオスティミュラントの市場が大きな盛り上がりを見せているのだ。10年前と比べ、バイオスティミュラントに関する情報も増えたことで、「自分たちの研究にも追い風になっている」と小倉氏は言う。
ではここからさらに探索・評価サービスを拡大していくのかと尋ねると、「受託試験サービスで顧客が増えてきたが、このサービスはある意味、1つの到達点に達したのかなと感じている」と明かした。
「今後は、より新しいサービスを生み出すため、さらに研究に力を注ぎ、次の段階に行きたいと考えています。そのためには今までの事業のやり方を見直すことも必要だと考えています。さらなる事業拡大にむけ、今までとは違ったビジネスモデルの展開も含め動き出しています」(小倉氏)
起業における「横浜の魅力」とは
インタビューの最後に、小倉氏に「横浜市で起業して良かったことは?」と聞いてみた。同氏曰く、都心へのアクセスの良さは抜群でありながら、市内は自然豊かで落ち着いた環境であることが気に入っているという。
「横浜は、程よく田舎(笑)。家の近くには渓谷があったり、少し電車に乗れば、みなとみらいがあったり。住むのにもとても良い場所ですし、この環境で研究ができていることがとてもありがたいですね。今後は、みなとみらいを始めとした研究集約地域である横浜市の利点を生かし、他の研究機関や企業との連携が取れるようになると良いなと考えています」(小倉氏)
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設立から10年経った今、バイオスティミュラント市場の盛り上がりもあり、横浜バイオテクノロジーにはこれまで以上に注目が集まっている。これから5年、10年後、バイオスティミュラントの存在が広く認知される社会になったとき、同社がどのようなステージにいるのか、楽しみだ。