エヌビディアは2021年8月3日、同社のテレコム領域における取り組みに関する記者向け説明会を実施。中でも注目されるのは業界内でも関心が高まっている「vRAN」、つまり基地局など無線アクセスネットワークの仮想化に向けた取り組みなのですが、vRANを実現する上でエヌビディアのどういった技術が強みとなっているのでしょうか。

vRAN実現に向けて、ソフトウェアベースの基地局を提供

5Gを機として動きが強まっている携帯電話のネットワークの仮想化・オープン化ですが、それを商機としているのは通信機器ベンダーやクラウド関連の事業者だけではありません。特に最近、積極的な動きが見られるのが半導体メーカーです。

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そして、この領域への本格進出を推し進めている企業の1つに、エヌビディアが挙げられます。エヌビディアといえばGPU、最近ではAI技術などで知られ、英国のARMの買収を発表したことでも注目されていますが、そのエヌビディアが携帯電話のネットワークに進出するというのにはやや意外な印象もあります。

そこで、同社は2021年8月3日にテレコム領域での取り組みに関する記者説明会を行いました。携帯電話のネットワークで同社がどのような役割を果たそうとしているのかを説明したのですが、進出に大きく影響しているのはやはり、ネットワークの仮想化にあるようです。

エヌビディアでは現在、テレコム業界向けとして3つの領域に注力しています。1つ目はビッグデータと機械学習を活用してネットワークの最適化を図る「ネットワーク解析」、2つ目は通信業界でも重要性が高まっているセキュリティなのですが、特に注力しているもう1つの分野が「vRAN」、つまり基地局など無線アクセスネットワーク(RAN)の仮想化に向けた取り組みなのです。

5GにおいてRANを構成する主な装置は、端末と無線でやり取りをする装置(RU)と、無線信号を処理する装置(DU)、処理したデータをコアネットワークとやり取りする装置(CU)の3つに分けられ、このうちvRANで仮想化がなされるのはDUとCUの部分になります。

しかし、DUは計算処理処理が非常に多く、特に最近では多数のアンテナ素子を用いて通信する「Massive MIMO」などの技術が用いられていることもあって、汎用サーバのCPUでは処理が追い付かないという課題を抱えているのです。

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    5GにおけるRANの構成。仮想化を実現する上では無線信号を処理するDUにかかる処理の大きさが課題となっている

そのため、エヌビディアはこの課題を解決するべく、「Aerial」というソフトウェアのSDKを2019年に発表しました。これは、NVIDIAのGPUなどを搭載した汎用サーバで動作するソフトウェアベースの基地局であり、O-RAN(Open Radio Access Network)への準拠によるオープン化への対応、そして計算負荷が大きいミリ波やMassive MIMOへの対応などがなされているのが特徴となっています。

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    NVIDIAはvRANを実現するソフトウェア「Aerial」を2019年より提供。GPUの活用による高いパフォーマンスを発揮できるのが特徴であるという

GPUのアクセラレーターが効果的な理由とは

さらに、エヌビディアは2021年後半にAerialの性能を発揮できる「AERIAL A100」を投入することを明らかにしています。これはAerialで活用するGPU、そして「DPU」を搭載したアクセラレーターカードです。

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    エヌビディアでは、Aerialで必要になるGPUやDPUを1つに集約したアクセラレーターカード「AERIAL A100」の提供も予定している

DPUは「Data Processing Unit」の略で、NIC(ネットワークインターフェースカード)に高度な演算能力を持つプロセッサを搭載したもの。ネットワークの処理をDPUでこなすことにより、CPUの処理負担を減らして全体の演算能力を向上させるというものになります。

AERIAL A100はそのDPUがGPUと一体になっており、Aerialはそれらをフル活用できる仕様となっていることから、GPUによる無線信号のAI処理、そしてDPUによるネットワーク処理の負担軽減を1つのカードで実現でき、vRANのパフォーマンス向上だけでなく省スペース化と省電力化にも貢献できるとしています。

ただ、vRANの処理を高速化するために使われているアクセラレーターはGPUだけでなく、ASICやFPGAなども存在します。そうした中にあってGPUの優位性はどこにあるのかというと、1つは開発のしやすさにあります。

ASICは特定処理専用のハードとなりますし、FPGAは書き換えができるとはいえ、ハードの知識が求められます。一方でGPUはC++などでコーディングできるフレームワークが用意されており、5Gで主流のTDD(時分割多重)における上り・下りの比率を変更したり、サポートする周波数の帯域を変更したりといった処理の変更が簡単にできるようです。

そして、もう1つはGPUならではの並列処理によるパフォーマンス向上が期待できること。5Gにおいては使用する周波数の幅や、複数のアンテナを用いるMIMOのレイヤー数、誤り訂正の量などが増えるにつれ、処理が指数関数的に増えてしまうのですが、その大半はGPUが得意とする行列計算処理であることから、DUの処理が増えるほどGPUのメリットが顕在化すると考えられています。

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    GPUベースのvRANは開発がしやすいのに加え、処理が増えるほど並列化によるパフォーマンスの向上が期待できる点がメリットになるという

エヌビディアがAERIAL A100で実現したいことが「AI-ON-5G」です。これは5GのvRAN処理と、スマートシティやロボティクスなど、さまざまな分野で求められるAI処理を1つのサーバで両立し、必要に応じてそのスケールを変更できる仕組みです。

例えば、接続デバイス数が少ないローカル5Gで利用する際はvRANよりもエッジAI処理により多くのリソースを割り当て、逆にパブリック5Gで活用する場合はvRANにリソースを多く割り当てる、といった対応が可能になるといいます。

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    AERIAL A100により、1つのサーバでvRANとAI処理を同時に実現する「AI-ON-5G」の具現化を目指している

また、現在のAERIAL A100はサーバに搭載して使用するアクセラレーターカードですが、エヌビディアでは今後、それをカードだけでvRANのすべての機能を備える形へと進化させる方針としています。さらに、その先にはvRANの機能をチップに集約することも検討しているそうです。

しかし、やはり気になるのはGPUと汎用サーバによるvRANでどこまでのパフォーマンスを出せるのかということです。

同社では短期的には既存のvRANと比較して3倍、なおかつ半分の消費電力の実現をターゲットにしているそうですが、それでもまだ専用機器のパフォーマンスには及ばないようで、中長期的には専用ハードによるシステムと比較して遜色ないレベルの性能の達成を目指すとしています。

仮想化技術はローカル5Gや、割り当て周波数や顧客がまだ少ない新興の携帯電話会社などでは導入がしやすいのですが、すでに顧客を多く抱える大手の携帯電話会社が導入する上では専用の機器と遜色ないパフォーマンスを、やはり専用の機器と同レベルの消費電力で実現することが強く求められます。

それだけにエヌビディアがこの市場で存在感を発揮するには、強みを持つGPUやDPUの活用でそのハードルをいかに突破できるかが求められることとなりそうです。