米国でInstagramがテレビ向けアプリの提供を開始しました。ショート動画「リール(Reels)」を、テレビの大画面で視聴できるようにする取り組みです。背景にあるのは、コネクテッドTV市場の急成長です。「テックトピア:米国のテクノロジー業界の舞台裏」の過去回はこちらを参照。
ショート動画は本質的に能動的なメディア
近年、コネクテッドTVの広告支出はソーシャル動画広告の成長を上回るペースで拡大しており、ソーシャルメディア企業にとって新たな収益源として非常に魅力的な市場になっています。中でもYouTubeは、テレビでの視聴時間が大きく伸び続けている代表例です。
では、モバイルを前提に発展してきたショート動画は、テレビへと市場を広げられるのでしょうか。「Instagram for TV」を実際に試してみました。
結論から言うと、スマートフォンで視聴するような没入感は得られませんでした。縦型動画を横長画面のテレビで見るから、という単純な理由ではありません。テレビというメディア自体が、ショート動画と相性が悪いように感じられたのです。
その違いを、Instagram側もわかっているのでしょう。テレビ用アプリは最大5人まで登録でき、モバイルからの登録も簡単。動画のカテゴリー分けや、スワイプ不要の再生操作など、テレビ視聴向けに丁寧に最適化されています。よく工夫されたアプリだと評価できます。
それでも違和感が残るのは、リールやTikTokといったショート動画が、本質的に能動的なメディアだからです。スマートフォンで、スワイプし、検索し、フォローしながら体験を選択する視聴者の操作行動そのものが、体験を形づくっています。
一方、テレビはオンデマンド視聴が増えているとはいえ、長らく「編成を受け取る」受動的メディアとして位置付けられてきました。体験の主導権は視聴者ではなく、番組側にありました。
生まれた時からオンデマンド世代なら感覚が異なるかもしれませんが、テレビ世代には「テレビでショート動画」はちぐはぐに感じます。実際、TikTokも公式の「TikTok TV」アプリを展開したものの、今は一歩引いた状態です。ショート動画の体験設計や広告モデルがテレビでは成立しにくい面があるのでしょう。
Netflixも注力する「ユール・ログ」
対照的なのが、この季節に米国のNetflixでよくおすすめされる、ジョージ・フォード監督の「Fireplace for your home(暖炉)」です。以前はトレンドやトップ10入りしていたこともあります。
「Fireplace」には、物語もセリフもありません。暖炉でぱちぱちと薪が燃えるだけの映像です。一般的には「ユール・ログ(Yule Log:クリスマス前夜に焚く大きな薪)」と呼ばれています。
ユール・ログの歴史は意外なほど古く、1966年にニューヨークの放送局WPIXが放送事故の代替として、暖炉の映像を3時間流し続けたのが始まりです。それが称賛されたことで、同局のホリデーシーズンの定番となりました。
財政上の問題から1990年に一度打ち切られましたが、長年の視聴者からの熱い要望で2001年に復活。今でもクリスマスのユール・ログが続いています。
Netflixが「Fireplace for Your Home」の配信を開始したのは2011年です。当初は懐疑的な見方もありましたが、結果的には予想を上回るヒットとなりました。今年は「KPOPガールズ! デーモン・ハンターズ」や「ストレンジャー・シングス 未知の世界」のユール・ログを提供するなど、オリジナルコンテンツのホリデープロモーションにも活用しています。
Netflixだけではありません。HBO Maxは「リック・アンド・モーティ」版を公開し、視聴者は主人公二人組と共に暖炉の前で異次元ケーブルチャンネルをザッピングできます。
ホラー専門ストリーミングサービスのShudderは、ハロウィン仕様の「The Ghoul Log」を提供。昨年にはNASAも参入し、暖炉の中で4基のRS-25ロケットエンジンを噴射させるという、いかにもNASAらしいユール・ログを公開しました。
こうしたユール・ログの多様性と持続力は、一見無意味な受動的なコンテンツにも価値があることを示しています。特に、ノスタルジーを刺激し、低コストで制作できるコンテンツでは、その価値が際立ちます。
燃え続けるだけの映像がなぜブランディングになるのか
オリジナルのユール・ログは、本質的に反商業的なプログラムでした。高価なテレビ放送枠で収益を生まない暖炉の映像を流すのですから、その意味でニューヨーク市民への「無償の贈り物」でした。だからこそ、称賛を得られたといえます。
しかし現在では、ストリーミングによってどんなコンテンツでも低コストで配信できます。その結果、現代の派生ユール・ログは、汎用性の高い商業資産へと変化しています。
ジョン・レノンはテレビを好んでいて、よくつけっぱなしにしていたようです。ドキュメンタリー「One to One: John & Yoko」で「テレビが僕には暖炉の代わりだった」と語っています。
かつて多くの家庭で、CNNやMTVを流しっぱなしにしているのが普通の光景でした。テレビは常に凝視される存在ではなく、視線を奪いすぎない、生活に溶け込むメディアだったのです。
オンデマンド視聴とコネクテッドTVの普及で、そうしたテレビのイメージは薄れてしまいました。しかし、テレビは本来リビングルームを生活の中心の場とする装置でした。オンデマンド化されたユール・ログは、オンデマンド視聴時代においてそうしたテレビの価値を思い出させてくれます。
60年前、偶然の産物として生まれたユール・ログが称賛されたのは、“そこにあるだけで価値になる瞬間”を捉えていたからでしょう。たとえば、この時期にStarbucksでホリデー仕様のカップを受け取ると、ほっこりした気分になります。そうした生活に溶け込むブランディングは、静かだけど心に残るものになります。
ユール・ログの燃え続ける映像もその一つであり、それを成立させているのがテレビというメディアなのです。逆に、スマートフォンでユール・ログを視聴したら、数分で耐えられなくなるでしょう。そこに、スマートフォンに最適化されたショート動画がテレビに進出する難しさが表れています。


