トランプ政権が上場企業の決算報告を現行の四半期(3カ月ごと)から半期(6カ月ごと)にするようSEC(米国証券取引委員会)に提案しました。トランプ大統領によるこの種の働きかけは初めてではありませんが、第一次政権では見直しが見送られています。今回はロングターム証券取引所(LTSE)なども変更を支持しており、SECも優先課題として取り組む方針だと報じられています。‌「テックトピア:米国のテクノロジー業界の舞台裏」の過去回はこちらを参照。

半期報告によるメリットとは

米国では1970年にSECが上場企業に四半期ごとの財務報告(Form 10-Q)を義務付け、現在も継続しています。日本でも2008年から義務付けられています。トランプ氏は、四半期ごとの業績開示義務が目先の業績にとらわれた経営を助長していると指摘しています。

こうした議論は以前からありました。ウォール街のアナリストや投資家から3カ月ごとに厳しい評価を受けるこの仕組は、経営者たちに短期的な株価上昇を常に意識させます。結果、数年先を見据えた大胆な投資よりも、目先の利益を確保するための安全で短期的な判断が優先されやすくなります。

  • テックトピア:米国のテクノロジー業界の舞台裏 第43回

    トランプ大統領はSNSへの投稿で「『中国は企業経営において50年から100年の視野を持つのに対し、われわれは四半期ごとに会社を運営している???』という言葉を聞いたことがあるだろうか、これは望ましくない!!!」と指摘

中・長期的なリターンを見据えたインフラ投資や研究開発(R&D)、人材育成、革新的戦略はすぐには利益を生み出しません。むしろ、最初の数年間は莫大なコストが先行し、バランスシートを圧迫することになります。

利益悪化による株主からの圧力や、ライバルに比べて「業績が悪い」との評価を受けるリスクが経営者を萎縮させます。これがイノベーションのジレンマを生む「短期視点の呪縛」です。

半期報告は、こうした短期思考を抑制し、長期的なビジョンを持つ経営を可能にする余地を生み出します。また、監査や報告準備、会計・法務対応、書類作成など四半期ごとに発生する業務負担が軽くなれば、時間やコスト削減にもつながり、経営者は企業運営そのものにより集中できるようになります。

半期報告への移行は、規制を減らして企業負担を軽くすることで米国企業の国際競争力を高める、トランプ政権による「規制改革」の一環とみられます。背景には景気の伸び悩みや不確実性の高まり、新規株式上場、ユニコーン企業の公開が過去ほど活発ではない現状があります。

政権としては、1年後の中間選挙に向けて経済的不安を和らげたい考えがあるとされます。四半期報告義務の緩和によってIPO(新規上場)がしやすくなり、企業の資本市場活用を促進したい意図もあるようです。もし実現すれば、特にAI産業には強い追い風になる可能性があります。

数年前までAIの進化は優れたアルゴリズムや斬新なアイデアに牽引されていましたが、現在はMicrosoftが構想する「世界最速のAI工場」や、OpenAIが次々に繰り出すデータセンター投資計画が象徴するように、AIの性能はそれを支える計算能力とインフラの規模に大きく依存しています。

  • テックトピア:米国のテクノロジー業界の舞台裏 第43回

    現在、世界最速のスーパーコンピュータの10倍の性能を発揮するというウィスコンシン州マウントプレザントにあるMicrosoftの新しいAI データセンター キャンパス

こうした投資は企業の事業でありながら、国家的プロジェクトに近い規模であり、高速道路網や電力網を整備するのに似た長期計画を要します。

半期報告への変更により、超長期的かつ巨額の投資プロジェクトの戦略的意義を投資家に丁寧に説明し、理解を得る時間的な余裕が生まれ、短期的な市場圧力から巨大テック企業を一定程度解放できるとみられます。資金調達面でも有利に働く可能性があります。

半期報告への移行による懸念点

一方で、投資家やアナリストからは半期報告に懸念の声が上がっています。

四半期単位に比べ、業績の変化や市場の異常な動き、コストの急騰などを市場が把握するまでのタイムラグが大きくなります。これは株価の変動性や投資判断にマイナスに作用しかねません。

また、内部のネガティブ情報が「小出し」に市場に出ることで透明性が低下し、インサイダー取引や情報の非対称性が問題となる恐れがあるとして、投資家やアナリストは警戒を強めています。半期報告案が実際に導入される場合、以下の3つのシナリオが考えられます。

  • 楽観シナリオ
    SECが半期報告制度を採用する一方、多くの企業は透明性を担保するために自主的な四半期アップデートやカンファレンスコールを維持。投資家は四半期ごとのサプライズやノイズに左右されにくくなり、企業のビジョンを重視した長期志向と市場活性が同時に進みます。

  • 標準シナリオ
    半期報告は選択制となり、大企業の一部は半期報告へ移行しますが、情報開示を重視する企業は四半期報告を継続します。市場は「透明性優先」と「長期志向」を打ち出す企業で二極化します。

  • 悲観シナリオ
    多くの企業が四半期データを出さなくなり、透明性低下と市場不安が顕在化します。悪材料が一度に表面化するリスクから個人投資家の市場離れが進み、機関投資家が情報優位を強める二極化市場となります。

米国では、個人投資家によるデイリートレーディングの取引量が10年前の約10%から現在は20~21%に倍増しており、年初来のパフォーマンス上位10銘柄のうち約半数は個人投資家に人気の銘柄です。その影響力は軽視できません。

この制度変更がもたらす最大の注目点は、企業のIR戦略に新たな選択肢が生まれ、その判断に経営姿勢が明確に映し出される点です。

半期報告を選び「長期的な価値創造」を強調する企業と、「市場との対話」を優先する企業。報告スタイルの選択は、それぞれの企業がどのような株主を惹きつけたいかの意思表示となります。

投資家もまた、どの企業の「時間軸」に自らの資産を託すのか、より明確な判断を迫られることになります。この選択が前述の楽観・悲観シナリオの分岐点となり、ひいては米国市場全体の健全性と活力を左右する重大な分水嶺となる可能性があります。