米中間で関税の報復合戦が展開される中、米国のApp Storeにおいて中国発のオンラインショッピングアプリ「DHgate」と「Taobao」がトップ5入りするという、なんとも興味深い現象が起きています。

関税が商品価格に本格的に上乗せされる前の駆け込み需要でしょうか?それとも、関税を回避する裏技でも見つかったのでしょうか?「テックトピア:米国のテクノロジー業界の舞台裏」の過去回はこちらを参照。

爆発的な利用者増加を達成した中国のアプリ

これは、そんなに複雑な話ではありません。実にシンプルなオンラインマーケティングから、爆発的な利用者増を達成しました。

  • テックトピア:米国のテクノロジー業界の舞台裏 第28回

    「DHgate」のダウンロード数は4月12日に急増、50万ダウンロード/日を超えて、18日には無料アプリのランキング2位になりました

日中間の関税報復合戦を受けて、TikTokでインフルエンサーや中国の製造業者が中国の工場内部を映し「有名ブランドの商品は、実はこれくらいのコストで作られている」と指摘する動画が次々に拡散され始めました。

その内容はとてもストレートです。たとえば、ある動画では洗濯洗剤「Tide Pod」の製造ラインが映され、「Podは1個5セント(約7円)ですよ」と説明されていました。

また、別の動画では人気スポーツウェアブランドであるLululemonのレギンスが工場出荷時には「5~6ドル(約750~900円)」程度だと主張し、数万ドルで販売されているHermesのバーキンが中国でわずか千数百ドル程度で作られていると主張する動画も登場しました。

これらの動画の情報の信憑性は不確かで、中には模倣品を製造している業者があたかも正規品を作っているかのように装っている悪質なケースも見受けられます。実際、多くの動画は公開後に削除されており、消費者に誤ったイメージを植えつけるリスクをはらんでいます。

保護主義的な政策がブランド価値そのものを揺るがす事態に

一方で、すべてがフェイクと言い切れない面もあります。これらの動画が突きつけるのは、西側諸国のブランドが中国などの工場で安価に製品を作らせ、自社ロゴを付与することで莫大なマージンを上乗せしているというグローバル化の光と影の“影”の部分です。

もちろん、ブランド側にはデザイン開発、品質管理、マーケティング、流通、店舗運営など、製造原価以外にも多くのコストがかかっています。

しかし、工場出荷価格と小売価格とのあまりに大きな差が可視化されたことで、「私たちが本当に買っているのは製品そのものではなく、ブランド名なのでは?」という疑問が消費者の間で急速に広がっているのです。

関税が上乗せされれば、製品価格はさらに高騰します。そうなれば、消費者はなおさら「この価格に見合う価値があるのか?」と考えざるを得ません。それは皮肉にも、保護主義的な政策が、結果的にブランド価値そのものを揺るがしてしまうという、思わぬ副作用を生み出しているのです。

ChatGPTアプリに次ぐランキング2位まで上昇したDHgateは、中国を中心とするサプライヤーやメーカーと企業や消費者をつなぐ越境ECプラットフォームです。同社は貿易戦争を機に、ブランドも利用している中国の製造業者の情報を得られる場であることをアピールし始めました。

DHgateやTaobaoでは、高額なブランド品や、関税によってさらに値上がりするかもしれない製品を避け、“dupe”(模倣品)と呼ばれる製品や、ブランドロゴのない安価な製品を見つけることができます。

  • テックトピア:米国のテクノロジー業界の舞台裏 第28回

    Redditのr/DHgateのようなオンライン・コミュニティでも、中国発のオンラインショップが扱う商品の情報が活発に交換されています

もちろん、DHgateで販売されている中国メーカーの商品にも関税はかかります。本来であれば、トランプ政権の思惑どおり、関税によって消費者の“中国製品離れ”が進むはずでした。

ところが実際には、関税がかえって米国の消費者に「ものづくり」と「ブランド」の本質的な価値を問い直させ、ブランド料への反発をいっそう強める結果にもなっています。

TikTok発のバイラル・トレンドは、単に「より安く」を求める消費者心理に訴えかけているだけではありません。これまで見過ごされがちだった視点を提示しています……。「ブランド自体も中国の工場を利用しているのだから、ブランドにこだわらないなら工場から直接買えばいい」と。

その結果、「ブランドロゴにこだわらなくてもいい」「同じデザインや品質なら、より安い方がいい」という価値観が生まれ、少しずつ広がりを見せ始めているのです。そして、背景には「そもそも、こうした製品を米国内で作れるのか?」という根源的な問いも潜んでいます。

あらゆる製品は「メイドインチャイナ」で支えられているという現実

この“メイドインチャイナ”マーケティングの狙いは、米国の消費者が思う以上に中国に依存している現実を突きつけることにあります。SheinやTikTok Shopのファストファッション、安価なガジェットだけでなく、実はあらゆる製品が「メイドインチャイナ」で支えられている……。そんな事実を改めて印象づけるものなのです。

誤解しないでいただきたいのは、グローバル化とデジタル化が進んだ現代において「ブランドに価値がない」と言いたいのではありません。製品の価値は、単に原材料費や加工費だけで決まるものではありません。

そこには、デザインの独創性、長年にわたる研究開発、徹底した品質管理、そして信頼性や所有する喜びといった無形の価値が含まれています。ブランドはこれらを束ね、消費者に約束するシンボルとなってきました。その価値は多くの消費者にとって、今も変わらないはずです。

今回の一連の騒動は、表面上は「中国がブランド価値を破壊している」ように見えます。しかし、本当の狙いは「自らブランド価値の獲得すること」にあるのではないでしょうか。

トランプ政権が関税政策を発表し、予測通り株価が下落した後、起こるはずがなかった「米国債の投げ売り」が起こってトランプ政権は大打撃を受けました。その背景に中国の影があると多くの専門家が指摘しています。

貿易戦争でも、トランプ政権は関税で安売り勝負できなくなくなったメイドインチャイナは「弱体化する」と考えているようですが、品質や機能で消費者がメイドインチャイナを求めるようになったら、関税政策の根底が大きく揺らぐことになります。

視点を変えると、この潮流は、日本にとって大きなチャンスでもあります。なぜなら、現時点において、メイドインチャイナが真のブランド価値を築けるかどうかに疑問符をつける人は多く、実際まだ疑問も残るからです。

すでに多くの分野でブランド力を確立し、中国に比べたら関税の影響は小さい日本は、その創造性と技術力を武器に、米国消費者のニーズに応えられる立場にあるのです。