「私は大量のメモをとって、そして破り捨てるというやり方を信条にしています。一度に複数のページを見れるし、(最後は)くしゃくしゃにして投げ捨てて、それで終わりにできます」。これは、OpenAI CEOのサム・アルトマン氏のメモ術です。

視聴者を戸惑わせるアルトマン氏のメモ術

デビッド・ペレル氏(作家・教育者)がホストを務めるポッドキャスト「How I Write」にアルトマン氏が出演しました。「How I Write」は、作家や思想家などライティングのプロをゲストに迎えて創作プロセスや執筆スタイル、作家としての在り方について掘り下げていくプログラムです。

アルトマン氏は起業家であり、独創的な思想家でもあります。そんな彼のメモ術は、筆記具やノート、メモ管理にこだわりを持つ人たちが集まる「How I Write」の視聴者を戸惑わせるものでした。

アルトマン氏は、A6サイズのメモ帳とペンを常に持ち歩き、何でも書き留めます。「書き出してみる」と言った方が適切かもしれません。一度文章にしてみて、それらを見返して書き直し、最初のブレインストーミングの雑音をふるいにかけて、アイデアをより洗練された形に整えていきます。

ライティングと書き直しを重ね、古くなったメモは丸めて捨ててしまいます。オフィスの床は、くしゃくしゃのメモだらけだそうです。とにかく大量に書いて、最後はポイ捨てしてしまうのでメモ帳はコスパ優先です。

「世の中には、いわゆるおしゃれなノートがたくさんありますよね。でも、そんなものは必要ありません。絶対にスパイラルノートが良いのです。なぜなら、簡単にページを破り取れることが重要だからです。そして、ノートを開いて机の上に置けることも重要です。ページを開いて使いたいなら、こういう風に……ページを平らに広げられるものがいいんです。そして、ページを簡単に破り取れることが絶対条件ですね」(アルトマン氏)

お気に入りの筆記具は、uni-ball ROLLER(0.5mm)、またはMUJIのゲルインキボールペン、どちらも1本2ドルもしないボールペンです。

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    スパイラルノートのリング部分にボールペンをさして持ち歩くアルトマン氏。100ページのノート1冊を2~3週間で使い切るそうです(「How I Write」より)

自身をメモ魔と称しながら、書いたものをアーカイブせず、ポイ捨てし、ペンは安くて普通に書けるもので十分というスタイルに、反感を抱くメモ愛好家も少なくありません。

The Vergeの手書きメモ派の記者のコメントを紹介すると「この男(アルトマン氏)は自分のツールを慎重に選ばず、しかも誰かが後始末(情報の記録や、投げ捨てられたメモの掃除)をしてくれると思っています。これはOpenAIについて多くを物語っているのではないでしょうか」と、なかなか辛辣です。

情報管理を含めてお世話をしてくれる人がいる特殊なケースという指摘はほかにも多く見られました。しかし、アルトマン氏はずっと昔から同様の話をしているので、情報管理を「人任せにしている」というわけではなさそうです。

アルトマン氏の話を聞いていて私が思うのは、メモ取りには2種類あるということです。1つは、情報やアイデアを記録し、それを知的な資産として蓄える人たちです。

ライティングと書き直しのプロセスは“岩を削る”作業

一方、アルトマン氏のように、情報を記録するためではなく、コンテキスト付きのToDoリストのようにメモをとる人たちもいます。こうした人たちは、メモをアーカイブせず、そのままアクションや物事をこなすことにつなげています。

私は前者で、情報を記録して安心してしまい、見返されることなく活用できていない情報を大量に溜め込んでいるので、アルトマン氏の話には刺激を受けました。

アルトマン氏は、書き出してみる理由として、あたかも外部からアイデアを見ているような視点を得られて、自分の考えの矛盾や問題に気づくのに役立つとしています。また、書くことには「一貫性」と「説得力」が要求されるとも述べています。

同氏は、文章化したアイデアを積極的に人に見せてフィードバックを求めます。インタラクティブな口頭のコミュニケーションではカジュアルな議論が通用しても、文章で伝えるためにはしっかりと構造化されたものが必要です。分かりやすく、明確な文章に整える作業を通じて、矛盾や問題点が見えてきます。

このライティングと書き直しのプロセスを“岩を削る”作業にたとえています。単に考えを書き留めるのではなく、カットして形を整え、洗練させ、原石のような状態だった考えを自分が取り組むべき珠玉のアイデアに仕上げます。

そうして残ったものについて、アクションを起こすことが重要であり、過去のインタビューで同氏は「重要なことは、必ずやり遂げてください」とも述べています。

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    アルトマン氏

そもそも、生成AI開発の最前線にある企業のリーダーが、昔ながらのペンと紙を使った方法を重んじていることに意外性を感じます。

「書くことの本質は自分の考えを明確にすること」というのがアルトマン氏の目的であり、同氏の場合はページを見開きにでき、破って並べられるメモ帳がそれにフィットしているというだけで、考えをどのように整理するかは人それぞれです。

コンピュータ上に情報をまとめた方が明確になるという人もいるでしょうし、タブレットを使ったハイブリッドな方法などやり方はさまざまです。

アルトマン氏にとって、メモは考えを洗練させるための対話のツールです。将来的には、ChatGPTのようなLLMがその作業を手助けしてくれるようになるとしています。現在は、箇条書きから文章を生成してもらうような使い方が主流ですが、アイデアを探究し、新たな気づきを得るためのツールとしてより活用されるとアルトマン氏は期待しています。