8年前の大統領選挙では、シリコンバレーの「トランプ支持者」は「ユニコーン」より少ないと言われた。しかし、規制強化でテック業界とバイデン政権の対立が深まり、24年の選挙では、テクノ・オプティミズムをサポートする候補者を求めるテック産業において保守派を支持する動きが拡大している→過去の「シリコンバレー101」の回はこちらを参照。。
民主党と共和党に次ぐ「リバタリアン党」
2016年の米大統領選挙では、過激な発言を繰り返すトランプ候補を支持していることを他人に隠し、密かに支持する「隠れトランプ」が選挙結果に大きく影響したと言われた。今年の選挙戦では、前回の大混乱の影響でさらにトランプ支持を公にしづらくなっている。だが、隠れトランプは前々回・前回と同様に顕著であると見られている。
特に、民主党とのつながりが強かったシリコンバレーにおいて、投資家を中心にバイデン政権への不満から保守派の支持に転じる動きが活発化しており、支持層拡大を優先するトランプ氏と結びつく可能性が注目を集めている。
5月25日にトランプ前大統領がリバタリアン党の全国大会で演説し、集まったリバタリアンに自身への支持を呼びかけた。完全なアウェーで猛烈なブーイングにさらされながら、まったくひるむことなく、こう述べた。「勝ちたいなら、そうするしかない(Only do that, if you want to win)」。
リバタリアン党は、米国で民主党と共和党に次ぐ、米国の「第3党」である。個人の権利および責任を尊重し、個人の決定権を重視する自主独立思想を持つ。米国の大統領選挙というと民主党候補と共和党候補の一騎討ちと思われがちだが、1972年の大統領選挙から毎回リバタリアン党も候補を擁立している。
多くの選挙で獲得得票率は0.5%を下回っていたものの、過去3回の選挙は1.0%(2012)、3.3%(2016)、1.2%(2020年)だった。わずか数%だが、されど数%である。リバタリアン党の票がトランプ氏に流れた場合、前回の選挙でバイデン大統領が勝利したいくつかの州をトランプ氏が制した可能性がある。
リバタリアン党によると、同党は過去50年間、二大政党の大統領候補者を全国大会のステージに立たせようと努めてきた。しかし、候補者を指名する大会で他党の有力候補が演説するのは異例のことである。トランプ氏が本当に乗り出してきたことにリバタリアンは困惑し、大会は混乱した。
トランプ氏は、「選挙に勝つために組織された政党だ」と強調しながら惨敗を繰り返してきたリバタリアン党とその支持者にくさびを打ち込んだ。「リバタリアン党が3%を獲得する目的は何だ?」と問いかけ、自分を支持するならリバタリアンを閣僚に起用または上級ポストに据えると明言し、「勝者になる時だ」と呼びかけた。
いつもの支持者集会とは異なり、激しいブーイングと野次を浴びたステージだったものの、それでも会場はトランプ劇場と化した。
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猛烈な野次と罵声、一部のトランプ支持者の歓声が入り乱れてトランプ氏の声をかき消すような騒然とした雰囲気。ダークマーケット「Silk Road」を運営していたロス・ウルブリヒト氏の減刑を約束した時には罵声のトーンが変わって大歓声も起こった(@LPNationalより)
テック産業で存在感を強める「テクノ・リバタリアン」
このコラムが公開される頃には、リバタリアン党の候補者が確定しているはずである。大会で猛烈な野次と罵声を浴びたトランプ氏を同党が支持することはないだろう。だが、トランプ氏のメッセージはリバタリアンに少なからず影響を与えたはずだ。特に、今テック産業で存在感を強めている「テクノ・リバタリアン」は接点を確認したはずである。
テック産業は歴史的に、リベラルを特徴とする民主党との絆が強かった。ビル・ゲイツ氏やマーク・ベニオフ氏からリード・ホフマン氏やマーク・キューバン氏まで、成功した技術者の多くは中道や中道左派の政治的スタンスを持ち、積極的に資産を社会貢献に投じてきた。
しかし、米テック大手が強大な力を持つようになり、リベラリズムとシリコンバレーの間に対立の溝が生じ始めた。2016年の大統領選挙では、テック企業の社員からの寄付はほぼすべてがヒラリー・クリントン候補に集まったが、その4年後の選挙では、民主党候補者の多くがテック大手を「富に溺れた独占企業」と非難するようになり、さらに4年後の今、バイデン政権下で進められた独占禁止法の強化や、データプライバシー規制、環境規制などがテック企業に対する圧力となっている。
そうした背景から、PayPalマフィアと呼ばれるピーター・ティール氏やイーロン・マスク氏、Mosaic/Netscapeを開発したマーク・アンドリーセン氏、OpenAIのサム・アルトマン氏、Ethereum考案者のヴィタリック・ブテリン氏など、影響力を持つテクノ・オプティミストがよりリバタリアン的な考えを示すようになった。
リベラリズムとリバタリアニズムは、どちらも個人の権利と自由を尊重する思想で名称も似ていることから混同されがちだが、価値観や政治的スタンスには隔たりがある。リベラリズムは社会正義や平等を推進し、場合によっては政府の介入も必要と考え、社会保障や教育、医療などの公共サービスを支持することが多い。左派リベラルや進歩主義者が含まれる。
一方、リバタリアニズムは、経済的な自由市場や私的所有権の保護を強く支持し、政府の役割は基本的な法と秩序の維持に限り、介入は最小限にすべきと考える。自由優先でありながら、保守的な要素を持つ。
テクノ・オプティミストとテクノ・リバタリアン
テクノ・オプティミストとテクノ・リバタリアンは、どちらもテクノロジーの進歩に対してポジティブで、技術革新がもたらす可能性を信じているという点で共通するが、従来のテクノ・オプティミストがテクノロジーの社会全体への恩恵を重視するのに対し、テクノ・リバタリアンは個人の自由と市場経済の枠組みの中での技術革新を重視する。
その変化を読み取れるのが、昨年10月にマーク・アンドリーセン氏が公開した「テクノ・オプティミスト マニフェスト」である。
電気照明が暗闇の問題を解消し、インターネットが世界中の人々をつないで知識の共有を可能にし、ワクチンの発明が感染症の拡大を防いだように、技術進歩を加速させることが我々の未来をより明るくする。テクノロジーの進歩が人類に大きな利益をもたらし、社会全体の発展と繁栄に不可欠であるという信念を示したマニフェストである。
アンドリーセン氏は「テクノ・オプティミズムはマテリアル哲学であり、政治哲学ではない」としており、そこまでなら従来のテクノ・オプティミズムと合致する。だが、マニフェストには「The Enermy」という章があり、「テクノ・オプティミストの敵」が以下のように定義されている。
「私たちの敵は悪人ではなく、悪しきアイデアである。私たちの社会では過去60年もの間、『実在的リスク』『持続可能性』『ESG』『持続可能な開発目標』『社会的責任』『ステークホルダー資本主義』『予防原則』『信頼と安全』『技術倫理』『リスク管理』『脱成長』『成長の限界』といったさまざまに名称の下で、テクノロジーや生命に反する戦意喪失キャンペーンが行われてきた」
「私たちの敵は、反功利、反野心、反努力、反達成、反偉業である。私たちの敵は、国家主義、権威主義、集団主義、中央計画、社会主義である。私たちの敵は、官僚主義、ベトクラシー、ジェロントクラシー、伝統への盲従である」
テクノ・オプティミスト マニフェストは、テクノ・リバタリアン的な視点を多分に含んでいる。さらに昨年12月、a16zのベン・ホロウィッツ氏が、テクノ・オプティミズムの価値観と未来をサポートする候補者を支援し、逆に制限を設ける候補者に反対するために資金を投じることを公表した。
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マーク・アンドリーセン氏の「The Techno-Optimis Manifesto」に対し、一部のテクノロジージャーナリストは「不平等の拡大」「社会的安全ネットの欠如」「労働史上の混乱」などのリスクを挙げ、「強力な資金を持つIT長者による新しい政治運動」と批判している。
今のところ、テクノ・リバタリアンたちの支持はロバート・ケネディ・ジュニア氏に向いている。しかし、野心を持ち、達成することを重視する彼らが第3の候補で事態は好転しないと判断したら、彼らの投稿やポッドキャストを見る限り、バイデン大統領よりもトランプ前大統領に頼る可能性が高い。