5月17日にバイデン大統領がXに投稿した議会リーダーとの会談の写真がSNSで話題になった。ケビン・マッカーシー前下院議長(この月初めの議長解任で世界的に大きく報道された共和党議員)、ミッチ・マコーネル上院議員、ハキーム・ジェフリーズ下院議員の3人がドレススニーカーやスポーツシューズを履いていたのだ。
大統領を訪れる際の礼儀として「無礼」とし、「品位が欠けている」と非難する声が上がった一方で、「現代の社会やスタイルを反映している」という声や、その上でシューズの選択が「ダサい」という意見もあった。議員がスニーカーを履いて大統領執務室に足を踏み入れるなんて以前は考えられなかったが、今は「適切な服装とは?」という議論が広がる。
議員のスニーカーが国民の話題になったのをきっかけに、ジャレッド・モスコウィッツ下院議員やロリ・チャベス=デレマー下院議員などが、米国文化として、また生産性を兼ね備えたファッションとして議員のスニーカーの利用を提案し、交流を促進するコーカスを発足させた。
モスコウィッツ議員は「スニーカーは私の成長の歴史であり、次世代とのつながりを象徴しています」と述べる。スニーカーは若手議員やスタッフとのコミュニケーションの起点となり、議事堂を訪れる国民を含めて交流を促進する重要なアイテムであるとしている。
このマッカーシー議員らのスニーカー大統領訪問は、新型コロナ後の社会の変化を如実に示す出来事だと言える。
今年に入ってAmazonや、リモートワークの基盤となっているZoomも週に数回の出社を求めるハイブリッドワークに移行した。これは「出社回帰」と報道されることが多いが、実際はその逆。「ハイブリッドに後退」だ。
COVID-19の緊急事態宣言解除後、米国の企業は従業員の安全を優先しながら徐々にオフィスに戻し、最終的に完全出社を目指す動きを活発化させた。しかし、完全出社を実現できている企業は少ない。
Gartnerによれば、今年の年末時点で米国のナレッジワーカーの51%がハイブリッド、20%がフルリモートで働くと予測している(計71%)。これは世界のハイブリッド(39%)、フルリモート(9%)よりはるかに多い(オフィス復帰を重視する日本はハイブリッド+フルリモートで29%にとどまると予測されている)。
米国では連邦政府機関もハイブリッドな勤務体制を継続しており、企業が望む完全出社は進展していない。週2〜3日のハイブリッドが落としどころになっている。
これが一時的な現象かというと、コロナ禍で上昇した米国の主要都市のオフィス空室率が緊急事態宣言解除後に回復し始めたものの、今年に入ってコロナ禍前のおよそ50%まで戻ったところで停滞。このままハイブリッドを主流とした状態で安定する可能性が出てきた。
なぜ完全出社が避けられているのか。米国の手洗いや必要な場所でマスクを着用する意識は、日本人の感覚からするとかなり低くめである。なので、感染対策でないのは明らかだ。最大の要因は働き方や暮らし方の意識の変化だ。コロナ禍でそれまでの働き方がリセットされ、通勤から解放されたり、家族や友人と過ごせる時間や個人の時間が増えて、ワークライフバランスの価値を実感し、それを最優先するようになった。
サンフランシスコ周辺は、コロナ禍前は朝夕の渋滞が激しい地域だったが、現在は比較的に快適にドライブできる。サンフラシコとサンノゼを結ぶ鉄道にも余裕がある。
2022年の米国の国勢調査によれば、米国のオフィス通勤者の通勤時間が全体的に短くなっている。通勤時間で最も多いのが「15〜19分」(36.8%)で、前回2019年の35.6%から2ポイント上昇した。また「15分以下」も24.8%から26%に上昇した。逆に45分以上を通勤に費やす人は減少した。
コロナ禍前より通勤者が少なく、渋滞や混雑が避けられていることが通勤時間が短くなっている大きな理由だ。通勤自体は必ずしもストレスではなく、音楽やポッドキャストを聴くなどリラックスした時間を過ごせれば、仕事と家の間の良い「緩衝材」になってくれる。なので、ハイブリッドワークは受け入れられる。だが、過去のような渋滞や混雑の中での通勤は避けたい。現在の快適なバランスを崩す完全出社は拒否される。
レストラン予約プラットフォームResyによると、2019年からの比較でディナーの予約時間で最も増加した時間帯は「午後5時」(13%→15%)だった。続いて、「午後6時」。一方で7時以降は減少した。多くの人が健康的なライフスタイルを追求し、太陽の光がある時間帯に食事や運動をし、消化に悪い夜遅い食事が避け、十分に睡眠をとるようになった。
ハイブリッドワークが始まってからは、かつてのようにオフィスで長い時間を過ごすのではなく、効率よくミーティングなどをこなし、早めの食事へと移行している。
求人検索エンジンAdzunaの調査によると、求人にドレスコードとして「カジュアル」を記載する会社が80%近くに増加した。ファッションとして認めれる範囲であれば、スニーカーやスポーティなシューズでも職場の「カジュアル」に認められる。
家族や友達とのディナーにビジネスフォーマルで現れるのは堅苦しすぎる。考え方によっては、会社からそのまま早めのディナー(またはデート)を楽しめるカジュアルな服の方が無駄なく、仕事+ライフの生産性が高い。
新型コロナ後の働き方に関する議論は、在宅か、完全出社か、あるいはハイブリッドかという問題に焦点が当たることが多いが、実際に求められているのは、ライフ&ワークがともに充実する環境である。
リモートワークやハイブリッドはあくまで手段の1つで、完全出社でも快適な環境が実現可能である。だから、スニーカーを履いて議事堂を歩く議員が現れているのだ。
こうしたライフスタイル/ワークスタイルは、業種や地域によって大きく異なる。IT産業はハイブリッドワークに柔軟である一方で、金融業界は今でも完全出社を基本としている場合が多い。
とはいえ、これは米国のナレッジワーカー全体に見られる傾向である。コロナ禍前の状態に戻ろうとする意識が強い日本とは対照的であり、だからこそ、今後、米国の会社との取引きや米国の人材の雇用を考える際に、そうしたライフスタイルやワークスタイルが一般的となっていることを念頭に置くことが重要になる。