スニーカーのNFTを巡ってNikeがStockXを訴えた訴訟が注目を集めている。今後の成長の可能性が予想される仮想グッズ、メタバースやWeb3におけるフェアユースの扱いの法的な先例を示すケースになり得るからだ。

StockXはスニーカーを中心とした衣料再販のオンラインマーケットプレイスで、株取引のようにスニーカーを売買する取引所のようなプラットフォームを提供している。そのStockXが1月に「Vault NFTs on StockX」というNFTを用いたサービスを開始した。

  • 実際のスニーカーの所有権を証明するStockXトークン「StockX Vault NFT」

Vault NFTは実際のスニーカーやファッションアイテムに紐付けられ、NFTの権利がそのアイテムの所有権者が誰であるかを証明する。具体的には、StockXのマーケットプレイスで、例えばNikeのスニーカー「Dunk Low」のNFTを購入すると、StockXの保管庫にある「Dunk Low」の所有権を得る。権利者がVault NFTを引き換える(redeem)と、StockXから本物の「Dunk Low」が送られてくる。引き換えずにVault NFTを売りに出してより高く売れたら、実際のスニーカーを一度も手に持つことなく転売利益を得られる。

転売業者やスニーカーせどりにとってスニーカーの保管スペースは大きな悩みである。Vault NFTなら、最適な保管環境が保たれるStockXの倉庫施設を利用して、保管と輸送にコストをかけずに転売できる。

現時点におけるVault NFTの悪い点も紹介しておくと、まず他のウオレットに移すことができず、OpenSeaなど他のプラットフォームで売買することも不可能。また、NFTを引き換える際のコストが、引き出し費用35ドル+送料14ドルと安くはなく、しかも受け取りが「45日以内」と届くまでに時間がかかる可能性がある。つまり、Vault NFTは実際のスニーカーを手に取らずに転売利益を得たい人達向けのシステムといえる。

Vault NFTはスニーカーなどの写真をあしらったデザインになっており、NikeはVault NFTが商標を侵害しブランドの価値にただ乗りしているとして2月にStockXを訴えた。

トレーディングカードのようにNFT自体が価値を持って独立して取り引きされているならVault NFTは商標侵害にあたる。だが、Vault NFTは実際のスニーカーに付随してその所有権を証明するものである。StockXは「デジタルスニーカーではなく、実際のスニーカーのリスティングである」と反論した。

そして先週、NikeがStockXに対して、訴訟に偽造品売買と虚偽広告の2つの告発を加えた。Nikeが過去2カ月の間にStockXから購入したスニーカーに4足の偽造スニーカーを確認、それらには「100%本物」とする鑑定タグがつけられていたという。

それに対してStockXは、従来のスニーカー売買事業においてNikeのブランド保護チームがStockXの鑑定システムを承認していること、そしてNikeのエグゼクティブの数人がStockXで積極的にスニーカーを売買していることなどを明かし、商標権侵害問題で劣勢になったNikeが失点を取り戻すために偽造品売買や虚偽広告を持ち込んできたと主張している。

  • 正規品を証明するStockXの鑑定タグ

商品によっては発売日に行列ができて即完売する今日のスニーカー人気には、個人間売買より安心して簡単にスニーカーを購入できる転売プラットフォームの貢献が大きい。ある意味で相利共生にあるStockXとの関係バランスを崩すような訴訟にNikeが乗り出したのは、同社がNFTを重視していることの表れと言えるだろう。Nikeは仮想グッズをデザインするRTFKTを買収してバーチャルアパレルに乗り出している。

今ゲーム実況がゲームの売り上げに大きな影響を及ぼしている。ゲームプレイを見て、そのゲームの面白さを知った人がゲームを購入する。そのゲームやTikTok動画などで使われている音楽が新しい曲を発見する手段になっており、二次使用がミュージシャンの収益にもつながっている。そうしたコンテンツの活用は、Fortniteでのバーチャルライブや映画鑑賞パーティなど仮想空間にも広がっている。二次使用が簡単なことではなかった昔に比べて、今はゲーム、音楽や映像作品を消費者に知ってもらうために使用を許可する価値が認められるようになった。

とはいえ、フェアユースの範疇から外れる利用が二次使用料支払いの対象になるルールに変わりはない。Vault NFTには所有を実感できるようにスニーカーなどの画像が用いられており、その点において「フェアユースが認められない営利目的の利用」という議論から免れない。では、スニーカーの画像やNikeのロゴの使用を禁じたら解決するかというと、Nikeはそれでも影響を受ける可能性を懸念している。

NikeとStockXの訴訟の大きなポイントになるのが、実際のスニーカーに付随するNFTの価値である。StockXは所有権を証明するデジタルタグに過ぎないとしているが、実際のスニーカーの取引価格が200ドル以下のパンダカラーのNike「Dunk Low」のVault NFTが1月後半に1,300ドルを超えた。今は300ドル前後で落ち着いているものの、それでも実際のスニーカーを大きく上回るVault NFT独自の価値を持っている状態である。

  • 1月に米国でVault NFTが始まった直後、Vault NFTは実際のスニーカーの取引価格の5〜6倍で取り引きされた

StockXがスニーカーの画像を使うのを止めて同社の鑑定タグのようなデザインのVault NFTにしたとして、それでも保管スペースや輸送のコストをかけずに転売できるVault NFTが実際のスニーカー以上の価値で取り引きされるかもしれない。そうなるとVault NFTは単なるデジタルタグではなく、独自の価値を持ったバーチャルスニーカーも同然である。その価値の根底には本物のNikeのスニーカーがあるのだから、Nikeが主張するブランドの価値への"ただ乗り"が成立し得る。