アウトドア用品チェーンのREIが完成したばかりの新キャンパスを売却する計画を発表した。4年前に同社が建設計画を発表した時、「キャンプ施設を融合させたようなキャンパス」として話題になった。自然と本社ビルが共存し、開放的で出入りしやすく、屋上には大きなテラスが広がる。社員のコラボレーションや交流を促進するようにデザインされていて、この夏から社員が働き始める予定だった。しかし、3月に状況が一変し、本社社員を在宅勤務に切り替えた。その間のデータを踏まえ、これからのコラボレーションを考えてリモートワークの標準化を決断した。

  • ”サマーキャンプのようなオフィス”、この夏に稼働し始める予定だったREIのヘッドクィーター

    App ”サマーキャンプのようなオフィス”、この夏に稼働し始める予定だったREIのヘッドクォーター

Microsoftは今年10月を予定していた本社キャンパスの本格的な再オープンを来年の1月に延期した。Googleも最初は今年7月までとしていたワークフロームホーム・ポリシーを2021年6月までに延長した。自宅勤務対応を長期化する企業は珍しくない。Twitterのように自宅勤務を無期限で認めたり、Facebookのように今後5〜10年で社員の半数が自宅で勤務するようになると見て社内体制を整備し始めた企業もある。リモート標準化の波が着実に大きくなっているのだが、数年をかけた大プロジェクトの本社キャンパスが完成した段階で大胆な転換に踏み切ったREIには驚かされた。

それぐらい新型コロナ前にはもう戻らないという危機意識が広がっているということだが、一方で自宅勤務が半年を超えようとする中、自宅勤務の問題もあらわになり始めている。Wall Street Journalの「リモートワークはそれほど素晴らしいものではないと思い始めた企業」によると、プロジェクトの完了が長期化し、新しい社員のトレーニングのトラブルが頻発するようになった。上司やマネージャーとのつながりが乏しくなって若手の成長ペースの鈍化が懸念されている。

ハーバード・ケネディスクールのGrowth Labの「ビジネス旅行が止まったら何が起こる?」というレポートも広くシェアされている。近年、ビジネストラベル市場が急拡大している。グローバル化が進んでいるとしても、ビデオ会議サービス、SlackやMicrosoft Teamsといったコラボレーションツールによって人が移動しなくても効率よく仕事ができるようになったのに、なぜ費用がかかり時間も奪われる出張に行くのか? というところから始まった研究だった。

  • 2011年を「1」とした2011〜2016年のビジネス旅行と世界経済の伸び、赤ラインはビジネス旅行数(推定)、青ラインはビジネス旅行支出(推定)、緑ラインはグローバルGDP(出展:What Would Happen if Business Travel Stopped?)

Mastercard Centerの協力を得てビジネストラベルのつながりをマップ化し、GDPの変化と照らし合わせて分かったのは、ビジネス旅行者が増えれば増えるほど産業が活性化してGDPが上昇すること。例えば、ドイツのビジネス旅行者が増えている国では、その国の自動車産業が成長していく。要因は人が備えるノウハウの伝達だ。それは長い経験で培われるものであり、本を読むだけで習得できるものではないし、アルゴリズムで定義するのも難しい。ノウハウを持つ人に触れ、自分でもやってみて、それを見てもらい、相互作用の繰り返しでノウハウは伝わっていく。ちなみにノウハウを提供している国のトップ3は、1.ドイツ、2.カナダ、3.米国で、日本は7位。ノウハウを受け取っている国のトップ3は、1.オーストリア、2.アイルランド、3.スイス。日本は47位だ。日本は豊かなノウハウを持つ国だが、見方を変えると、グローバル時代において他の国からノウハウを取り入れて成長につなげる力が弱い。

  • ビジネストラベラーの移動を国別にマッピング(出展:What Would Happen if Business Travel Stopped?)

話しを戻すと、遠隔でも効率よく働けるようになったことでグローバル化が押し進められたが、グローバル規模で共存共栄による成長を最大化していくにはノウハウが伝わるような人の交流が欠かせない。だから、今回の新型コロナ禍のようにビジネス旅行が止まってしまうと、経済だけではなく、知識や経験の面でも成長が停滞してしまう。

これを企業規模に置き換えると、リモートワークの標準化によってテクノロジー企業がシリコンバレーに過度に集中するようなことを避けられ、テクノロジー産業の可能性を様々な都市とそこに住む人たちに広げられる。企業にとっても雇用の幅が広がる。だが、社員の交流を促すようにデザインされたキャンパスで、社員から社員へと伝わってきたノウハウや企業カルチャーがリモートワークでも伝わっていくかは不透明だ。

ただ、リモートでノウハウが伝わらないと断定するのも早計である。というのも、この数カ月、ウチの子供の学校区では9月からの新年度を対面授業にするか、それともハイブリットまたは完全オンラインにするかの議論が揉めに揉めた。完全オンラインやハイブリッドは仕事に影響するため、保護者側からは対面授業を希望する声が多数。先生側は対面授業に消極的で、まだ戻りたくないという先生も多い。結局、安全を優先し、少なくとも数カ月は完全オンラインを継続することになったのだが、面白かったのは「子供達が学校の教室で得られるような社会性をオンラインでも得られるのか?」という議論で学校側が示した動画だった。

ビデオ会議による「先生の会議」と「子供達のホームルーム」のアーカイブビデオで、先生達は全員がビデオをオンにしているにも関わらず、複数が同時に話し始めたり、会話が途切れたりとうまく噛み合わない。対して子供達のホームルームは、米国の学校らしい自由さで多くがビデオをオフ、友達の表情や視線が見えない状況にも関わらず、それぞれが程よいタイミングで意見を交換し続けていた。沈黙が続いたり、話がかぶることもなく、互いにビデオオフなのに絶妙なつっこみを入れてくるなど、超能力かなんかで本当につながっているんじゃないかと思うスムースさだった。普段からスマートフォンやゲームで、一緒にいなくても会話したり遊んでいる世代にとって、そのぐらいのコミュニケーションは簡単なことなのだろう。

これならオンラインプログラムでも社会性を身に付けたり、ノウハウを受け取れるかもしれない。しかし、少なくとも自分と同じ、または上の世代で同じことができるようになるとは思えない。