世界中で最も広告が注目されるイベントというとスーパーボウル (今年は2月2日開催)だが、今年話題になった広告の1つが「Bud Light Seltzer」だった。Budweiserの新製品だから、ご存知ない方は「すごくドライなビールかな」と思うかもしれない。だが、ビールではない。ハード・セルツァーと呼ばれるフレイバー付きのアルコール入りセルツァー (炭酸水)だ。つまり、米国最大のビールメーカーがスーパーボウルで「Bud」を冠した"ビールではない商品"をアピールした。ポスト・マローンを起用した広告は面白く、たくさんの人が広告を見てBud Light Seltzerに興味を持ったが、同時にビール市場の行き詰まりを思わせる広告になった。

  • ポスト・マローンを起用していることからも、Budweiserが「Bud Light Seltzer」をどのような層を攻略したいのか明らか

    ポスト・マローンを起用していることからも、Budweiserが「Bud Light Seltzer」をどのような層を攻略したいのか明らか

ビールとワインの売上高が横ばいと伸び悩む中で、ハード・セルツァーは2019年に出荷量が200+%の爆発的な成長を記録し、売上高が5億ドルを超えた。理由は、ミレニアルズ以下の若い層の間で強まるヘルシー志向だ。ビールは甘い炭酸飲料と同じように不健康で太りやすい飲み物として嫌われている。

ハード・セルツァーはサトウキビの糖分をもとに造られたアルコールを使用している。小麦アレルギーを引き起こすグルテンを含まない「グルテンフリー」で、多くが350ml缶あたり100キロカロリー以下、糖分量も1g以下と少ない。ビールのような爽快なアルコールを飲みたいけど、太りたくない、ひどく酔っ払いたくもないという人たちの間で、ハード・セルツァーが飲まれるようになった。

今ハード・セルツァーは独特の商品力を築いている。例えば、シコンバレー企業の金曜午後のビアバッシュ (Beer-bash)に必ず並んでいる。求められている理由は異なるが、独特のこだわりに応えているという点で今のハード・セルツァー人気は、カフェインを摂ってパフォーマンスを発揮したいプログラマの間でRed Bullが好まれるようになったのに近い。

だから、ハード・セルツァー市場を開拓したWhite Claw Hard Seltzerが、今年の「South by Southwest (SXSW、3月13日〜22日)のメインスポンサーを務めることになった。SXSWは、1週間半にわたって開催される映画・インタラクティブメディア・音楽の北米最大のフェスティバルだ。参加者の中心はミレニアルズ以下の層であり、White Clawのスポンサーシップは主催者および参加者から歓迎されている。ビールメーカーだったら、こうはならなかっただろう。

  • スーパーに並ぶ「White Claw Hard Seltzer」、ハード・セルツァーの開拓者として別格の人気

では、この勢いでハード・セルツァーがビール市場を奪っていくかというと、ビール愛飲家の間からはお酒としての深みに欠けると指摘されている。たしかにコーラやビールの爽快感をもたらしてくれるけど、それ以上の存在になれているとも言い難い。昨年夏にハード・セルツァーの爆発的なヒットでWhite Clawの供給が不足するようになった。そのためハード・セルツァー市場に参入し始めたビール大手の株価が上昇したのだが、蓋を開けてみるとビール大手の商品の売り上げは期待ほど伸びていない。今は続々と新規参入があることで市場が賑わっているが、伸びにブレーキがかかりそうな兆候が早くもちらほらしている。

それでもビール大手が危機感を抱いているのは、ハード・セルツァー人気の根底にヘルシー志向の強まりがあるからだ。ハード・セルツァーがどこまで伸びるか分からないが、現状を踏まえたら、ミレニアルズ以下が拡大していくほどに従来のビール市場が縮小していくのは明らかだ。だから、ハード・セルツァーを試してみるし、ハード・コンブチャのようなユニークなドリンクも登場している。コンブチャは茶葉を使った発酵ドリンクで、健康飲料として売り上げを急伸させている。若者が好むコンブチャのようなドリンクにアルコールを加えた"ハード"バージョンを作って、ハード・セルツァーの二匹目のドジョウを狙う。そんなトレンドが起きている。

ヘルシー志向が根にあるのだから、そもそも"飲み過ぎ注意"なアルコール飲料を提供することが矛盾していると思うかもしれない。でも、その矛盾にディスラプションの可能性がある。若い世代に広がる「Sober Curious」は断酒ではないし、お酒が嫌いだったり、飲酒を否定しているわけでもない。飲みすぎて体調を崩したり、または生活が乱れたり、酔ってハメを外した姿をSNSでシェアされるかもしれないお酒のデメリットを冷静に受け止めてお酒との距離を置き始めている。だから、友達や家族と楽しい時間を過ごせたり、料理との相性など、お酒のメリットは認めている。

そんな「Sober Curious」を巡って、従来のお酒の味わいを楽しめるノンアルコール飲料から従来のお酒のデメリットを解消するアルコール飲料まで、若い世代のニーズに応えようとする新たなドリンクがシリコンバレーベンチャーも巻き込むような活況を呈し、ノンアルコールでバーを楽しめる「Sober bar」ような場所も増えている。アルコール離れが進んでいるのは事実であり、中でも米ビール産業は大きな危機感を抱いている。でも、「楽しみたい」という人々の欲求に変わりはない。酔う酔わないではなく「飲んで楽しむ」が追求されるようになったことがビールメーカーを含むドリンク産業の新たな可能性になっている。