Appleが4月2日に「Apple At Work - The Underdogs」というビデオを公開した。Apple製品を活用してチームコラボレーションを成功させるという内容。「つまらなそう」という反応が返ってきそうだが、Appleのカルチャーに少しでも興味がある人なら楽しめるはずだ。普通なら見逃すけど、Appleファンなら笑ってしまう小さな仕掛けがふんだんに散りばめられている。

これを書いている時点でまだ日本語版は用意されていないので、あらすじをザッと説明しよう。タイトルの「Underdogs」は、よく「負け犬」と日本語訳されるが、実際の使われ方はちょっと違う。例えば、スポーツの試合で負けが予想されるチームを「Underdogs」と呼ぶ。負けそうな人達、勝ち目のない人達だ。

ビデオの主人公はさえない4人のチーム。メンバーの1人が駐車場で運転を誤って後ろの車に衝突してしまう。後ろの車から出てきたのはグレン・クローズのような迫力の女性エグゼクティブ。衝突の損賠賠償の方がどうなったのかは分からないが、エグゼクティブと会話できたおかげでチームはプレゼンテーションのチャンスを得る。しかし、準備期間がわずか2日しかない。その間に、MacやMacBook、iPad、Apple Pencil、iPhone、Apple Watch、Siri、AirDrop、Keynote、Microsoft Officeなどを駆使して、コンセプトを形にし、コストを見積もり、プロトタイプを作成、製品をデザインする。

このチームが提案するものは「丸い形のピザボックス」だ。ピザは丸いのに四角い箱だと余分なスペースが多すぎる。ピザの形に適したピザボックスを再発明する。このビデオが面白いのは、さえない会社がまるごとAppleなのだ。本流から外れたアンダードッグ達が一発逆転を狙うのは、Lisa開発が進む中で、黙々と理想のパーソナルコンピュータを作り続けたMacintoshチームのようである。ビデオでは、チームのおじさんメンバーが偶然エレベータで女性エグゼクティブと乗り合わせ、「ノー、ノー、ノー」と企画書らしきものに「No」を連発するのを目の当たりにして震え上がる。「ノー、ノー、ノー」と言えばSteve Jobs氏、同氏の「フォーカスするとは"No"を突きつけること」という言葉を思い出す。

  • アンダードッグスが作り上げた「Round Box」プロトタイプのARプレゼンテーション

    アンダードッグスが作り上げた「Round Box」プロトタイプのARプレゼンテーション

数千の「No」を連発するボスから、アンダードッグスははたして「Yes」を勝ち取れるか。プレゼンテーションがどうなるのかというと、このビデオはミーティングに向かうチームがエレベータに乗るところで終わってしまう。でも、残念感はない。人々が不満を覚えながらも、それがあたり前になっている四角いピザボックスの現状を変えようとする行動が、このビデオのポイントだからだ。

Appleの社食で使われている丸いピザボックス

実は、このビデオの丸いピザボックスは実在する。Appleで考案され、Appleのキャンパスのカフェで採用されている。スライスではなく、ミディアムサイズのピザを丸ごと全部テイクアウトして、外に持って出たり、自分のオフィスに持ち帰れる。持ち運びやすく、台が波状になっていて、熱気を逃がす穴も用意されているので、熱いピザがベチャっとならずに、焼き上がった状態を長持ちさせられる。ちなみにAppleは、このピザボックスの特許も取得している。

  • Appleの特許: US20120024859A1、「Container」

このビデオを見て、「丸いピザは丸い箱に入れて欲しい」と思う人が少なくないと思う。では、なぜ丸いピザボックスを見かけないのだろうか。Appleがデザイン特許をがっちり押さえているから? そうではない。

理由は、段ボールから作る四角い箱は作りやすくて低コスト、折り畳んでたくさんの箱を効率的に保管できるから。箱の中にできる広いすき間によってピザが冷めやすくなってしまうものの、大きい箱の方がピザを入れやすくて取り出しやすい。コスト重視のピザ屋にとって四角い箱は良いことばかりなのだ。だから、安くてうまいが良しとされる庶民のデリバリーピザにおいて、Appleのピザの箱はオーバースペックもしくはオーバーエンジニアリングと言われる。でも、顧客の視点からボックスを選ぶと意見が分かれる。Zume Pizzaのようなお客さんの体験を重んじる一部のデリバリーピザは丸くて保温性能の高い箱を採用している。

「The Underdogs」が公開される数日前に、Appleがワイヤレス充電パッド「AirPower」の開発断念を明らかにした。iPhone、Apple Watch、AirPodsを同時に充電でき、どこに置いても充電できる。生活の中に増える小型デバイスの充電の悩みを解消してくれるアクセサリになるはずだったが、残念ながら、AirPowerはAppleの品質基準に達していないと判断し、最終段階で「No」という決断を下した。

  • 熱や安全性の問題の制限を受ける今日のワイヤレス充電器、広いマットのどこにでもポンと置くだけできちんと充電されるワイヤレス充電マットを目指した「AirPower」

Appleの製品が失敗した時に「オーバーエンジニアリング」と指摘されることがある。AirPowerについても、シンプルなワイヤレス充電器で十分という声がある。でも、充電器の上に置いたのに位置がズレていて気づいたら充電されていなかったり、いくつものデバイスを置き換えて充電する手間に不満を抱いている人は多い。だから、AirPower開発終了が明らかになった後、デザインが良く、複数のデバイスをワイヤレス充電できるパッドの需要が急上昇し、例えばNomadの「Base Station」は5月中旬の入荷分まで売り切れてしまっている。

  • AirPowerほどの利用体験は備えないが、シンプルなワイヤレス充電器に満足しないユーザーから注目されているNomadの「Base Station」

AirPowerは残念ながら、Appleの「数多くのNo」を突破することができなかったが、リアルな「Underdogs」のようで面白かったし、ワイヤレスの可能性を人々に想像させた。"失敗してもApple"な製品だった。