オンライン書店としてスタートし、オンラインのメリットを存分に活かして世界最大の書店に成長したAmazonが、実店舗の書店「Amazon Books」を米シアトルにオープンさせた。一見すると普通の大型書店だが、Amazonの魅力が凝縮された同社にしか作れないような書店になっている。

Amazon Booksでは5,000~6,000タイトルを揃えるが、その特徴の1つが「データ」である。

たくさんの本を読んできた書店員の経験が活かされるのが実書店の大きな魅力だが、Amazon Booksに並ぶ本は、Amazonのオンラインストアにおけるレーティング、予約・販売実績、傘下の読書好き向けソーシャルサービスGoodreadsでの人気などをベースに決定される。店内にある作品は基本的に4つ星以上で、特別に平均4.8星以上の作品を集めたコーナーが用意されている。また、Amazon Booksでの価格は、Amazonオンラインストアと同じ価格になる。つまり、Amazon Booksは店内が人気作品で埋め尽くされ、それらの新品を割引価格で購入できる本屋だと言える。

Amazon.comで4.8星以上を獲得している本が並ぶ「Highly Rated」コーナー

「役に立った」と評価されたカスタマーレビューとレーティングが書かれたカード

だが、ベストセラーばかりが並んでいるわけではない。たとえば、Stephanie Hosford氏の「Bald, Fat & Crazy: How I Beat Cancer While Pregnant with One Daughter and Adopting Another」は、海外からの養子縁組と自分の妊娠、そして乳がんとの戦いが描かれた重い内容の作品で、Amazon Booksオープン時にAmaozn.comのベストセラーランキングで60万位を下回っていた。だが、56人のレビューすべてが5つ星であるため、販売数は少なくてもAmazon Booksの一冊になっている。こうした良書を発見できるのがAmazonのレビューシステムやおすすめシステムの利点の1つであり、それが実店舗にも活かされている。

店内の本はすべて表紙が正面

Amazon Booksのもう1つの特徴が「コミュニティ」である。Amazonのオンラインストアと連動していること自体、Amazonユーザーのコミュニティを重んじた本屋と言えるが、それ以上に読書愛好家コミュニティのための本屋になっている。

店内の本はすべて面陳列または平積みされていて、背差し陳列はない。つまり、すべて本の表紙がお客さんの方を向いており、お客さんは表紙を確認しながら店内を見て回れる。これだと棚に並べられる本が少なくなるが、背表紙しか見えないとただ本が置いてあるだけになって作品としてアピールされないというのがAmazonの考え。表紙の下にはレビューとAmazonでの平均レーティングが書かれたカードが添えられている。店内は広く、子供用のエリアも用意されているから、子供連れでもゆっくりと本を見て回れる。

また、KindleやEchoといったAmazonのデバイスを扱ってはいるものの、オンラインストアで購入した本をAmazon Booksで受け取るようなサービスは提供していない。オンラインストアのレビューなどは活かしているが、オンラインストアのサービスを補完する実店舗ではなく、あくまでも人々が本に触れ、手に取り、本に親しめる場所になっている。その狙いは、第一号店の場所にユニバーシティ・ビレッジを選んだことからも伝わってくる。ここは、オープンエアで緑に囲まれたライフスタイル型のショッピングセンターである。ワシントン大学も近く、言い換えると、本好きが集まりそうな場所なのだ。

地域の交流の場になるのを重んじたライフスタイルセンターとして設計されたユニバーシティ・ビレッジに第一号店

Amazonが書店の実店舗を開設したのは今回が初めてだが、同社はすでにKindleなどハードウエア製品に触れられるキオスクを各地に設けており、AmazonFreshと連動するグローサリーストアを開設する計画も進めている。これら実店舗展開に関して、Amazonは場所選びに非常に慎重で、実店舗の狙いに合致し、成果を上げられる場所のみに進出している。

Amazon Booksの第一号店は実験的な試みの域を出ないが、期待通りに成果が得られれば、他の地域にも展開するという。そうなったとしても、かつての大型書店チェーンのような展開にはならないだろう。Amazonユーザーが多く、読書愛好家が集まる地域で、Amazonの狙いに合致する施設を選んで出店するはずだ。その点では、AppleのApple Storeに近い。

Appleは、Appleユーザーの活発なコミュニティがあり、同社のイメージに適した場所を厳選することで、少ない店舗で大きな成功を成し遂げた。米小売店で1平方フィートあたりの売上高が最も高く、売上不振の閉店をまだ1店舗も出していない。

筆者が住む街では、経営者が努力している街の小さな本屋はまだいくつか健在だが、大型書店チェーンの店舗は次々に消えていった。本に触れられる場所が激減したこの数年を思うと、その原因であるAmazonの実店舗展開に毒づきたくもなる。だが、本好きに対するAmazon Booksの魅力は認めざるを得ない。もし気軽に行ける範囲にAmazon Booksを開設しくれるなら、残り少なくなった近所の本屋への影響も顧みず、諸手を挙げて歓迎してしまいそうだ。

オンライン大型書店のAmazonだからこそ、大量仕入れによって割引価格を実現できる。オンラインストアのデータに基づいて人気作品を並べ、販売データから細かく仕入れを調整することで、これまで米国の書店を悩ませた在庫の問題も解消される。本に関心を持つ人が集まる地域を厳選して出店するから良好な口コミが広がり、Amazon Booksが読書愛好家コミュニティの発信地になる。それはオンラインストアの利用にも好影響をもたらすだろう。大型実書店の新しいモデルであり、言い換えると、これだけ条件を揃えないと今や大きな実書店は成り立たない。それが米国の書店の現状である。