ストレージが空き容量不足にならないように、既存のファイルやインストールするソフトを管理するのはPCユーザーの常識である。ストレージ容量が32GBしかないデバイスに、10GBを超えるようなゲームをインストールすることはない。でも、それを気にせずに大きなソフトをどんどんインストールできるのが、先月末に発売が始まったばかりの第4世代「Apple TV」の特徴の1つであり、新たな可能性である。
昔話から始めると、2007年に登場した第1世代のApple TVは40GBのHDDを搭載し、iTunesと同期してiTunesライブラリのコンテンツをTVで楽しめるようにするデバイスだった。一言で表現すると「TV用のiPod」。同期させてしまえば、Apple TV単体でコンテンツを再生できたから、筆者のようにMacで音楽やビデオコンテンツ、写真を管理しているユーザーには便利なデバイスだった。しかし、初代Apple TVは売れ行きで苦戦した。価格が299ドルと高かったためだ。「Xbox 360」や「PlayStation 3」に近く、その金額をTV用iPodに支払う人は少なかった。
初代Apple TVが一般受けしなかったのは道理だったと言える。というのも、iPodのようなデバイスは価格が200ドルを下回らないと一般的には普及しないことをAppleは経験として知っていたからだ。2004年にHDDを搭載した小型のiPod「iPod mini」を249ドルで発売し、翌年に199ドルに値下げした途端に出荷数が倍増した。AppleのPhil Schiller氏(ワールドワイドマーケティング担当シニアバイスプレジデント)はかつて、199ドルをiPodの「マジックプライス」と表現した。
2010年に登場した第2世代のApple TVは価格が99ドル、その代わりにHDDを内蔵しないストリーミングデバイスになった。iTunes内の音楽やビデオをApple TVで再生するには、Mac/PCのiTunesを立ち上げておかなければならない。筆者のように第1世代を便利に使っていたユーザーにしてみたら不便になった。でも「99ドルだから買ってみるか」という人は多く、「この値段で、ビデオコンテンツをTVの大きな画面で楽しめるならストリーミングで十分」と評価された。売れ行きもよく、マジックプライスの効果がApple TVでも証明された。
しかし、今振り返ると、同期機能を備えた初代が299ドルだった意味も大きかったと思う。普通の人々が同期機能に299ドルも支払わないことを初代が証明したおかげで、ストリーミングへとスムースに進めたのだ。当時はiPhoneもまだMac/PCが必須だった。同期が常識だった頃である。つまり、第2世代のApple TVは「99ドル」という激安価格を武器に、Mac/PCとコンテンツを同期するという常識を捨てさせ、ユーザーにストリーミングの利用を強いた。
第2世代Apple TVの発売から数カ月後にApple TV版のYouTubeが登場し、Mac/PCからのストリーミングだけではなく、ネットからのストリーミングが頻用され始めた。そして2013年にGoogleがChromecastを投入、Amazonも参入してきた。第2世代のApple TVの登場から短期間で、お手頃価格のストリーミングデバイスの市場が大きく成長し、それによってSpotifyやNetflixといったストリーミングサービスが音楽や映画・TVドラマの楽しみ方を変える下地ができた。
32GBのデバイスでメディアリッチなゲーム
第4世代のApple TVは、32GBモデルが149ドル、64GBモデルが199ドルである。マジックプライスを下回っている。第4世代の最大の特徴は、tvOSを搭載し、サードパーティがApple TV向けのアプリを開発でき、App Storeを通じてApple TVユーザーに提供できることだ。
中でも注目されているのがゲームである。ゲームはApple TVアプリのジャンルの1つに過ぎず、むしろTVでさまざまなジャンルのアプリを利用できるようになることがApple TVアプリの大きな可能性なのだが、そんなまだ体験したことのないアプリよりも「TVにつながるボックス」からゲームを連想するのが一般的である。Apple TVアプリの立ち上げ期において、ゲームは大きな役割を果たすことになるだろう。当然TVで遊ぶゲームだから、スマートフォン向けのひまつぶしゲームのようなものしかなかったら期待外れと言われる。しかし、PCゲームの世界では100GB超のゲームが現れている時代に、Apple TVのストレージ容量は32GB/64GBしかない。
ストレージ容量を消費し過ぎないように、AppleはApple TVアプリのサイズを200MBまでに制限している。これだとリッチなゲームには不足するが、200MBがアプリのすべてではない。200MBを超えるアセットをオンデマンドリソースとして提供できる。これは必要に応じてクラウドからダウンロードする読み込みオンリーのデータである。ユーザーがアプリを入手すると、最大200MBのコアとなるプログラムと共に、チュートリアルなどアプリと共にダウンロードしておくべきタグが付けられたオンデマンドリソース(最大2GB)がダウンロードされる。続いてアプリがインストールされてから、ゲームを開始する上で必要になりそうなタグが付けられたオンデマンドリソース(最大2GB)がバックグラウンドでダウンロードされる。
オンデマンドリソースは一つずつが64MB~512MBのサイズであり、全体のホスティング容量は20GBだ。コアとなるアプリが最大200MBでも、ゲームは構成データの大半がグラフィックスやムービー、オーディオといったメディアアセットであるため、オンデマンドリソースが認められるなら提供できるゲームの幅はぐんと広がる。
オンデマンドリソースのダウンロードはtvOSによってスマートにコントロールされる。たとえば合計24レベルのゲームであっても、全レベルを最初にダウンロードするのではなく、最初に数レベル分をダウンロードし、ゲームが進むにつれて新たなレベルを加えて、完了したレベルのリソースは削除する。オンデマンドリソースのコントロールはゲーム内だけではなく、インストールされているアプリ全体で行われる。数GBサイズのHDビデオを視聴するなどストレージスペースが必要になった時に、tvOSはすぐには必要のない他のアプリのオンデマンドリソースを削除してスペースを作る。そのようにして32GBのストレージでも、大きなデータやリソースを扱うアプリをより多く共存できるようにする。
ただ、この方法だとたくさんアプリをインストールしていたら、別のアプリを使ってゲームに戻る度に、同じレベルのリソースのダウンロードが何度も繰り返されることが起こりうる。それならフラッシュメモリの低価格化が進んでいるのだから、最初から256GBや512GBにするべきだと思うかもしれないが、それではマジックプライスを超えてしまう。一般に普及し得る価格帯のデバイスで、TV向けのさまざまなアプリを扱えることに意味があるのだ。
第2世代のApple TVがユーザーにストリーミングを強いるデバイスだったと考えると、第4世代は32GB/64GBを開発者に強いるデバイスである。デバイスのストレージを大きくするという従来のソリューションではなく、クラウドとデバイスの間をOSがスマートに取り持ち、クラウドとデバイスの密な連携で解決する。クラウドを単なる巨大ストレージとするのではなく、デバイスのストレージのように機能させる。
ゲーム開発者にとって、200MB+オンデマンドリソースは制限であり、現時点でゲーム開発者のApple TV対応が盛り上がっているとは言いがたい。しかし、TV向けにふさわしいゲームを149ドルのデバイスで遊べるなら、ゲーム好きではない普通の人も興味を持ち始めるだろう。スマホゲームがそうだったように、普通の人にゲームをさせるために開発者がApple TVに最適化したゲームに挑戦する価値はあるのではないだろうか。またゲームに限らず、コンテンツ配信やサービス提供などあらゆるジャンルにおいて、この32GB/64GBのデバイスでできることの可能性は大きい。
OS Xを長く使ってきた人なら「Bertrand Serlet」という名前を覚えていると思う。NeXT、そしてMac OS XのOS開発の中心にいた人物で、NeXTと第2期ジョブズ時代のAppleでSteve Jobs氏を支えてきた。Serlet氏が手がけるUpthereというスタートアップが先週ステルスモードから浮上してきたが、その事業内容がまさにクラウドとデバイスの密な連携なのだ。他にもシリコンバレーでは、端末のストレージにクラウドを融合したNextbitのスマートフォン「Robin」が話題になっている。モバイルデバイスとクラウドの関係が大きく進展しそうな兆候がみられる。