Google GlassでGoogleのパートナーになっているメガネのオンラインショップWarby Parkerでメガネを買った。レンズ込みで95ドル(約9750円)。品質は高いとは言いがたいが、値段以上であることは間違いない。実用度は高く、郵送でやりとりする無料の試着、購入後のフォローアップ、Webサイトの使い勝手などサービスは最高だった。

米国のメガネ業界に革新をもたらしたWarby Parkerは、創業者2人の「なぜメガネはiPhoneよりも高いんだ?」という疑問から始まった。米国でiPhone 5sは2年縛りの契約を結べば199ドルから。たしかに、ブランドもののメガネを作るよりも安い。もちろん、その値段は2年間サービス契約に縛り付けるからであり、iPhone 5s 16GBモデル本体の本当の価格は649ドルである。メガネはiPhone 5sよりも高くはない。でも、値札のトリックであっても「199ドル」の威力は絶大で、iPhone 3Gの時に2年縛り199ドルで購入できるようになったのがiPhoneの快進撃のきっかけの1つになった。

必要な人は必ず購入してくれるから、高くても売れる。良いものを、より安く、より便利に提供する努力を米国のメガネ業界は怠ってきた。工夫すれば、安物ではない実用的なメガネをもっと適切な値段で提供できるというのがWarby Parkerの主張である。iPhoneよりも高かったら、人々は2年に1回しかメガネを新調しなくなる。気分やファッションに合わせて、メガネを楽しんでもらえるようになる価格が95ドルというわけだ。実際、筆者も95ドルだからWarby Parkerを試してみようと思った。そして使って見て、Webサービスでメガネを買うという体験の面白さを実感できた。

メガネとiPhone、まったく関係ないようでいて、しかし毎日の生活に必要なメガネの値段を考える上で、iPhoneを引き合いに出されると、不思議と納得できるから面白い。

Appleに残された時間は60日!?

NikeがFuelBand部門の人員削減を行ったことから、同社がフィットネス用ウェアラブルデバイス市場から撤退するという噂が広がった。Nikeはすぐに噂を否定。人員削減は小規模で、ハードウエア開発からサービスとソフトウエア軸足を移すものの、FuelBand事業は継続される模様だ。

Nikeは自社でのハードウエア開発を縮小し、ソフトウエアとサービスにシフトするという

FuelBandはJawbone Upと共によく売れているウエアラブルデバイスなので、この噂は当初、驚きを持って受け止められた。一方で、人々がウエアラブルに対して抱いていた疑念も一時的に強めた。疑念というのは、メディアやアナリストが焚きつける"ウエアラブルの年"の到来である。

例えば、先週Global EquitiesのTrip Chowdhry氏がCNBCで「Appleは製品を持って舞台に上がるか、それともこのまま消えていくか。残された時間は60日だ」とコメントしたのが話題になった。どういうことかというと、6月に開催するWWDCでAppleがiWatchを示せなかったら、急成長しているウエアラブル市場で存在感を示せず、革新性という同社の看板を失うリスクに直面するという。

「あと60日」と断言する根拠が不明だが、そもそもChowdhry氏が主張するようにウエアラブル市場が急成長しているかというと、少なくとも米国で、その気配はない。確かに昨年から色んな製品が登場しているけど、そうした製品を使いこなしているのはごく一部に過ぎない。Forrester Researchのオンラインコンシューマ調査では、何かしらのウエアラブルを使用しているのは5%だった。個人的には普段見かけるユーザーの割合よりも多いような気がしたが、それでもオンラインコンシューマに絞った上での5%だ。

IDCの予測によると、今年のウエアラブル市場は1920万台、4年後の2018年には1億1200万台近い市場に成長するというが、2013年のスマートフォンの出荷台数は前年比38%増の10億台である。2018年時点でウエアラブル市場は、昨年のスマートフォン市場の10分の1程度でしかない。さらにIDCは、Google Glassのようなスマートウエアラブルは「助走期間が長く、数百万規模の出荷台数に到達するのは2016年」としている。

ウエアラブルの普及に時間がかかる原因の一つが消費者の心理だ。Forrester ResearchのJ.P. Gownder氏は既存のウエアラブル製品の8割から9割が失敗すると予想している。アーリーアダプターの関心は引いても、それが一般には広がらない。すでに携帯電話が普及していて、携帯電話に対するユーザーの不満を解決したスマートフォンと違って、ウエアラブルは全く新しいデバイスであり、多くの消費者は何の役に立つのかイメージできていないから手を出さない。価格も課題になっている。

NPDの調査によると、ウエアラブルを知っている人のうち「買ってみるだろう」と回答した人は28%。「われわれのリサーチでは、高い年齢層や裕福な層にユーザーを制限する"価格"が普及の障害になっている」と述べるのはGfKのAnne Giulianotti氏だ。新しいデバイスを苦にしない若い層にアピールするのも課題の1つである。

スマートフォンやタブレットに飽きてきたガジェット好きが食いつくから、ウエアラブル製品は話題になる。そんな反応に甘えるだけで、消費者のライフスタイルを変えるようなインパクトを与えられていないのがウエアラブルの現状である。Warby Parker登場前の米国のメガネ業界のようだ。ユーザーが抱える問題を解決してくれるソリューションを、ユーザーが新しいことに気軽に挑戦できる価格で提供する……そんな製品が出てこなければ、ウエアラブルは急成長どころか、いつまでもニッチを抜け出せないままになってしまう。

しばらく前にKGI SecuritiesのアナリストであるMing Chi Kuo氏が、iWatchのハイエンド・モデルが数千ドルになる可能性を指摘したが、そんな価格帯ではウエアラブル市場の足場固めどころか、Apple TVとは違う意味で"ホビー"製品になっていまいそうだ。単純に価格だけを考えたら、消費者の心理にアピールできるのは199ドル以下。最初は少しぐらい高くなったとしても249ドルぐらいまで。もし200ドル以上だったら「なぜウエアラブルがiPhoneよりも高いんだ?」と疑問を持つ人が出てくると、個人的には思う。

今年から米国では、医療保険制度改革によって全ての国民に医療保険加入が義務づけられた。新システムの成否のカギは「治療より予防」。国民一人ひとりが病気にかからないように日頃から健康に気づかうようになれば、国の補助金支出は抑えられる。医師との健康管理のために使うウエアラブルを割引価格で購入できたり、または保険料の引き下げにつながるのなら、ウエアラブルの導入に関心を持つ人が増えるだろう。フィットネスバンドなど、今年は普及フェーズへのきっかけをつかむチャンスなのだ。ガジェットとしてではなく、ソリューションとしてよく出来たウエアラブルを、この夏は見てみたいものだ。