コメディアンのLouis C.K.がニューヨークのビーコンシアターで行ったライブを自分の手で映像化し、専用のWebサイト「LouisCK.net」を立ち上げてダウンロード販売した。価格は5ドル。その発売から3日間の売れ行きと収支を簡単に報告した。まとめると以下の通りだ。

支出合計: 520,000ドル

  • 170,000ドル (ライブ2回分の撮影)
  • 32,000ドル (LouisCK.net構築)
  • 318,000ドル (PayPalの支払いなど諸経費)

収入合計: 720,000ドル

  • 170,000ドル (ライブのチケット販売)
  • 550,000ドル (ダウンロード販売:110,000コピー)

わずか3日間で約200,000ドル(約1,560万円)の利益をあげた。

Louis C.K.をご存じない方も多いかと思うが、社会と人の風刺を得意とする実力のあるスタンドアップ・コメディアンだ。ビーコンシアターは1929年にオープンした歴史のある劇場で、規模は2829席。そのようなところで独演できるぐらい米国では人気がある。ライブ当日は映画・TV会社がパフォーマンスを収録する時と同じような体制で、6台のカメラを用いて撮影した。できあがった映像はDVDとして販売できるぐらいの品質だった。

Louis C.K.が個人で事前に200,000ドル以上を投じた規模であるものの、このダウンロード販売は実験的な試みに過ぎない。DRMフリーで、地域コードに縛られない形で、しかも5ドルという安価な値段でライブ映像を販売する。それで利益を得られるのか。海賊行為の被害に遭えば、事前の投資分を失うかもしれない。それでもファンが自分をサポートしてくれるか確かめたかった。

ライブ映像販売のために自ら立ち上げたLouisCK.netで、販売結果を報告するLouis C.K.

3日で200,000ドルの利益に、ネットやメディアの反応は拍手を送っている。だが、実はLouis C.K.が映画・TV会社に権利を売却して得られる金額よりも少ないそうだ。権利を売り渡せば、自分は何もしなくてもDVDが完成するが、自主制作はそのために膨大な量の仕事をこなさなければならない。儲けだけをだけを考えれば、楽な道ではない。しかし、DVD販売だとファンが支払う金額は定価で20ドル程度で、地域コードの縛りがある。自主制作ではすべてを自分でコントロールできるし、ファンの金銭的な負担が5ドルで済み、しかも世界中の人に作品を届けられる。大変な作業ではあったが、今回の結果をLouis C.K.は気に入っているようだ。

自主制作コンテンツのダウンロード販売の成功を報告するLouis C.K.のコメントを読んで、2000年に人気作家スティーブン・キングが「The Plant」のオンライン自費出版に挑んで大失敗したのを思い出した。結果を比べると隔世の感である。

10年前には通用しなかったDRMフリー

キングはThe Plantを執筆しながらインターネットで1章ごと公開し、その各章に1-2ドルの値段を付けた。ダウンロード数に対して支払いが75%を超えている限り連載を続ける。技術的にDRMフリーだが、支払いが75%を切った時点で連載打ち切りになるから"結末"がDRM代わりである。なかなか面白い仕組みで最終回まで行くのではないかと期待したのだが、第2章で75%を割り、キングが猶予を与えたにもかかわらず支払い率は回復せずに、とうとう第4章で打ち切りになった。

Louis C.K.の5ドルに比べるとキングのThe Plantは若干高めではあるものの、印刷書籍よりは安い。なによりすぐに読めるのはファンにとってうれしいことだ。内容が悪かったのならともかく、キング作品である。品質に関して疑う余地はない。キングとLouis C.K.の自主提供はほぼ同じ条件だったと言えるが、結果は真逆になった。何が違いを生じさせたのかと考えると、やはりネットを通じたファンとのつながりの有無だろう。キングの時代はWebサイトを通じて作者が一方的に発信し、プロジェクトへの協力を求め、あとは販売結果を受け止めるしかなかった。Louis C.K.はTwitterを活用して継続的にファンと交流しながらプロジェクトを浸透させた。ファンが疑問を感じれば、すぐにLouis C.K.に伝わり、それをリアルタイムで解決できる。もちろんTwitterを使えば何でも上手く行くというものではなく、自主販売プロジェクトをサポートしたいと思わせる空気をネット上に作ったLouis C.K.の自己プロデュース力が最も大きな要因だが、それを作れたのもファンと直接的につながれる仕組みがあるからこそだ。キングの時はファンとの距離は離れたままで、スティーブン・キングというネームバリューを持ってしても、ファンも一緒に新しい作品提供方法を作っていこうというような盛り上がりにはならなかった。

個人がスターバックス・カードをネットで公開、その顛末は...

今はそれがLouis C.K.のような有名人でなくても、誰でもちょっとしたアイディアと努力で可能になる。今年の夏に、モバイル分野のコンサルタントであるJonathan Stark氏が、自分のスターバックスのストアカードの画像をインターネットで公開する実験を行った。カードにはバーコードが印刷されていて、その写真をスマートフォンに転送した人たちが、その画像を見せるだけで米国内そして海外のスターバックスでも買い物ができるかを試したのだ。実際に何人かがStark氏のカードでコーヒーを買えた。ある日、Stark氏はスターバックスカードの残高が上がっていることに気づいた。銀行カードと連携させていたので、誰かがパスワードを見破り、勝手に自分の口座からスターバックスカードをチャージしたのだと思って青くなった。しかし、そうではなかった。バーコードの画像またはスターバックスカードの番号だけで店のPOSまたはStarbucks.comでチャージできる方法があり、誰かが寄付してくれたのだ。Stark氏は飛び上がって喜んだ。

そこでカードの画像と共にチャージする方法も公開した。すると、Stark氏のカードはひとり歩きを始めた。使う人がいれば、足す人もいる。最高潮時は1週間で19,000ドル以上の取引がカードを使って行われた。そのうち、誰でも簡単に使えて誰でも簡単にチャージできる仕組みは寄付に役立つのではないかというような議論が起こり、逆にオークションサービスを使ってカードの利用を換金できるというような指摘もあったが、Stark氏のカードが残高ゼロになるまで使い尽くされて捨てられることはなく、最終的にスターバックスがカードアカウントを停止(カードの共有は利用規約違反)するまで、誰でも使えるカードとして使われ続けたのだ。

Jonathan Stark氏が公開したスターバックスカード

カードが生きながらえたのは、Stark氏がTwitterとFacebookを駆使したからだ。カードの収支の変化がリアルタイムでツイートされるようにし、残高がなくなりそうになると支援を求めるツイートが自動的に送られた。Facebookはカードに関わる人がコミュニケーションを深める場として使われた。Twitterのフォロワーは9,000人を超え、多額のチャージがあると喝采が起き、コーヒーに釣り合わないような額を誰かが使うとブーイングされた。カードアカウントの単なるバランス・データの変化に、多くの人がドラマのようなものを感じた。

これからStark氏と同じようにストアカードを公開しても、同じ結果にはならないだろう。実験的な試みだったから共感して協力した人が多かったはずだ。重要なのは、アカウントが停止されるまでカードが使い続けられた……それを支える空気をTwitterなどを通じて作れたことだ。11年前は、スティーブン・キングでも第4章までしか行けなかったのだ。相手の顔が見えなかった時には、こうしたポジティブな空気をネット上で育むのは難しかったが、それが今は不可能ではないものになっている。