2018年8月26日16時ちょうど、エメラルド・グリーンの海とさとうきび畑に囲まれた種子島宇宙センターから、黄色味がかった煙が立ち上った。数秒遅れて轟音が鳴り響き、セミの声や波の音をすっかりかき消す。煙はやがて空の雲と同化し、耳が轟音に慣れ始めたころ、すべてが終わり、ふたたび日常が戻ってきた。

宇宙航空研究開発機構(JAXA)はこの日、新型の固体ロケット・ブースター「SRB-3」の地上燃焼試験を実施した。SRB-3は、開発中の大型ロケット「H3」のブースターや、改良型の「イプシロン」ロケットの第1段に使われる予定で、今回の試験を経て、さらに設計を煮詰め、あと2回の試験を行い、そして宇宙へ挑む。

  • SRB-3の燃焼試験の様子

    SRB-3の燃焼試験の様子 (筆者撮影)

固体ロケット

まずはじめに、固体ロケットについて簡単に触れておきたい。

ロケットは、燃やすための燃料と、ものが燃えるのに必要な酸素(酸化剤)を合わせた「推進剤」を自らの機体の中にもち、その推進剤を燃やして、発生したガスを噴射して飛ぶ乗り物である。

ロケットにはいくつかの種類があり、そのうち宇宙ロケットに使われているのは主に「液体ロケット」と「固体ロケット」の2種類。液体は文字どおり推進剤が液体のものを、固体も同様に、推進剤が固体の状態のものを指す。

液体ロケットは、燃料に液体水素やケロシン、酸化剤に液体酸素を使うものが主流となっている。最大の特徴は、推力(噴射する力)を変えたり、途中で噴射を止めて、また再開したりできることで、さらに比推力という、燃費のような指標の数値も高い。ただ、液体水素や液体酸素は極低温なので取り扱いが難しく、またポンプやバルブといった複雑な部品も必要になる。

一方、固体ロケットは主に、燃料にポリブタジエンというゴムの一種と、酸化剤に過塩素酸アンモニウムという物質、さらに性能を上げるためにアルミニウムを混ぜて固めたものを推進剤としている。最大の特徴は液体ロケットより大きな推力を出せることで、また構造が簡単で、長期の保存もできる。ただし比推力は液体より劣り、噴射を途中で止めることもできない。

つまり、液体は効率や制御性がいいもののエンジンの仕組みや運用が複雑になり、固体は力持ちな一方で燃費や使い勝手は悪いといった、一長一短がある。どちらが優れているというわけではなく、開発したいロケットの目的や、もっている技術などに合わせて使い分けられている。

  • 固体ロケットと液体ロケットの違いやそれぞれの特徴

    固体ロケットと液体ロケットの違いやそれぞれの特徴 (C) JAXA

「液体水素エンジン+固体ロケット・ブースター」の特徴

日本が現在運用している大型ロケットの「H-IIA」と、H-IIAを改良して打ち上げ能力をさらに高めた「H-IIB」では、液体酸素と液体水素を推進剤に使う「LE-7A」ロケットエンジンを第1段にもち、ブースターとして固体ロケットの「SRB-A」を装着するという構成をしている。

液体酸素/液体水素のロケットは、比推力は非常に高いものの、推力が弱い。そこで固体ロケットのSRB-Aを使って、足りない推力を補っている。ブースター(booster)とはもともと「後押しする人、後援者」という意味で、ロケットの補助ロケットという意味にもなったが、SRB-Aはまさにその名前どおりの役割をもっている。

この構成は、日本が初めて純国産で開発した大型ロケットである「H-II」から、伝統のように続いている。なぜ、この組み合わせが使われ続けているのか、筆者はH-II時代の技術者から現役の技術者まで、多くの人々に聞いたことがあるが、その見解はさまざまで、「正解はひとつじゃない」というのが正解と言えよう。

まずH-IIが開発された1980年代は、米国ではスペース・シャトルが飛んでいた。スペース・シャトルもまた、液体水素のエンジンを中心に、固体ロケット・ブースターで装着した形をしており、むしろこの構成の先駆けともなった機体である。また、将来的には完全再使用ロケットの時代が来ると考えられていたことから、比推力が高く、推進剤を燃やしても水しか出ないため再使用もしやすい液体酸素/液体水素のロケットが主流になるのは、ある意味で当然だった。H-IIの構成は、規模こそ違えど、シャトルと完全に同じであり、同時期に欧州で開発された「アリアン5」も同じ構成を採用。ロシアも固体ロケットこそ使わなかったが、やはり液体水素エンジンを中心に据えたロケットを開発している。

つまり液体水素エンジンに固体ロケット・ブースターという(あるいはそれに準じた)構成は、将来性があると考えられ、そして世界的な潮流となったのである。

  • 液体+固体ロケットのさきがけとなったスペース・シャトル

    スペース・シャトルは、液体水素エンジンを中心に据え、足りない推力を固体ロケット・ブースターで補うという構成の先駆けとなり、H-IIをはじめ、世界的な潮流を作り出した (C) NASA

その後、シャトルのようなロケットが難しいことがわかると、2000年代以降にはケロシンやメタンといった、炭化水素系の燃料のロケットが主流になり始めた。炭化水素は、比推力はやや落ちるものの、推力が高かったり、扱いやすかったりと、液体水素とはまた異なる利点が多くある。たとえば新進気鋭の民間企業スペースXはケロシンやメタンを燃料に使うエンジンを造っており、同じく民間のブルー・オリジンも液化天然ガス(LNG)を使うエンジンを開発している。

しかし、日本には炭化水素系ロケットの技術は少なく、新たに開発するには時間もお金もかかる。またロケットの機体やエンジンを変えればいいというわけでなく、発射場などにも抜本的な改修が必要になる。そのため、液体水素エンジンの技術を使い続けざるを得ないという事情、制約がある。

ところが、まったく別の見方もある。たとえば「ひとつのロケットでさまざまな打ち上げ能力を実現する」ということを考えると、液体水素ロケットは最適解でもある。というのも、液体水素を使う機体は軽いため、ブースターの装着本数によって打ち上げ能力を増やしやすく、結果的に運用に柔軟性が生まれる。たとえばH-IIAは、SRB-Aの装着数を2基か4基かで変えることで、比較的軽い衛星から重い衛星の打ち上げまで対応ができるようになっている。

そして、現在開発中の次世代大型ロケット「H3」でも、この構成が踏襲されている。H3の第1段には、H-IIAの第2段に使われていたエンジンの技術を活かして開発する、よりパワフルで安全な液体水素エンジン「LE-9」を装着。その周囲に、やはり固体ロケットのブースターを装着する。

  • 固体ロケット・ブースターの装着数を変えることで柔軟性を実現するH-IIAやH3

    H-IIAやH3では、固体ロケット・ブースターの装着数を変えることで、さまざまな打ち上げ能力を実現している。これは液体水素を燃料に使うロケットの特徴でもある (C) JAXA

この背景にはもちろん、現在の日本に、大型ロケットに使えるエンジンが液体水素系しかないという事情もある。しかし一方で、「固体ロケット・ブースターの装着本数で打ち上げ能力を柔軟に変えられる」能力を受け継ぐとともに、さらに進歩させようとしているという見方もできる。

H3は、H-IIAと同じくブースターの装着数を2基か4基かで選ぶことができ、4基の場合はH-IIBとほぼ同じ打ち上げ能力をもつ。さらにH3は、LE-9エンジンの装着数も2基か3基かで選ぶことができ、3基の場合はブースターを装着せずに離昇することもできる。これによりH3は、H-IIAよりも小さな打ち上げ能力から、H-IIBほどの大きな打ち上げ能力まで、ひとつのロケットで柔軟に対応できるようになっている。

たしかに世界では、液体水素を燃料に使うロケットは少なくなり、メタンなどが主流になりつつある。しかし、まったく異なる系統のロケットを、いまから新たに造るのは、予算や人材、そして時間など、さまざまな制約があるため難しい。である以上、いまできることの中で、最適解を見出すしかない。

そこにおいて日本には、液体水素ロケットに関する高い技術があり、さらに液体水素のロケットには"柔軟性"という特徴もある。それを研ぎ澄ませることで、他のロケットとは異なるもうひとつの「優れたロケット」という答え、あるいは他にはない特徴、価値を生み出そうとしているのである。

そして、H3ロケットに装着され、その柔軟性の一端を担うことになる固体ロケット・ブースターとして開発されているのが、今回種子島で燃焼試験が行われた「SRB-3」である。

  • H3の想像図

    H3の想像図。この画像では4基の固体ロケット・ブースター「SRB-3」を装着している様子が描かれている (C) JAXA

(次回に続く)

参考

JAXA | H3ロケット用固体ロケットブースタ(SRB-3)実機型モータ地上燃焼試験の結果について
概要|SRB-3 | エンジン | JAXA 第一宇宙技術部門 ロケットナビゲーター
H3 | ロケット | JAXA 第一宇宙技術部門 ロケットナビゲーター
H3 | ロケット | JAXA 第一宇宙技術部門 ロケットナビゲーター
固体燃料と液体燃料で方式に違いがあるのはなぜですか? | ファン!ファン!JAXA!

著者プロフィール

鳥嶋真也(とりしま・しんや)
宇宙開発評論家。宇宙作家クラブ会員。国内外の宇宙開発に関する取材、ニュースや論考の執筆、新聞やテレビ、ラジオでの解説などを行なっている。

著書に『イーロン・マスク』(共著、洋泉社)など。

Webサイトhttp://kosmograd.info/
Twitter: @Kosmograd_Info