業務アプリケーションの導入で得られる成果を再考する

中小企業がDXに取り組む最初の一歩として、「企業活動のすべてをデジタルデータで標準化し集約する」ためには、どんな方法があり、そして何が得られるのでしょうか。その方法ですが、一般的にはERP(Enterprise Resources Planning)やCRM(Customer Relationship Management)といった業務アプリケーションの導入が最短距離の解とされています。

業務アプリケーションを導入することで、業務に関するすべてのデータをリアルタイムに取り出して、さまざまな角度の視点で可視化したり、刻々と変化する企業活動を経営層がリアルタイムに把握し意思決定のスピードを上げたりと、いわゆる「経営の見える化」が実現できます。

ただ中小企業にとっては、経営の見える化というキーワードだけでは、多額の投資やITの専門家を必要とするERPやCRMの導入まで踏み切れず、オフィスソフトやグループウェアの普及レベルにしか達していないのが現実です。

  • 中小企業におけるDX 第2回

しかし、業務アプリケーションの導入によるデータの標準化と集約の成果は、なにも経営の見える化だけではありません。実は、業務に関わるもっと基本的な部分で、別の大きな成果を得ることもできます。具体的なサンプル事例を使って以下で説明しましょう。データの標準化と集約によって、営業体制を担当制から次世代の分業制へと変革し、お客様の満足度を高めながらビジネスを拡大することができたケースです。

サンプル事例:データ活用による担当制から分業制への移行

約10年前に創業した社員約20人のとある不動産会社。創業から3年、CRMを導入し、お客様に1人の担当者が一貫して対応する担当制を廃止して分業制に移行しました。

従来は担当者に集中していたお客様の情報が、データ化されて社内で共有できるようになりました。これにより、お客様の最初のコンタクトとなる窓口業務から、要望にマッチした物件の紹介、実際に物件を見に行く内覧、契約、入居までのサポート、入居後のフォロー、これらすべての業務をそれぞれのスペシャリストが分担して業務を進めることが可能になりました。

分業制に移行してからは仕事の効率と生産性が飛躍的に向上しました。お客様の対応遅れや確認不足などが原因のクレームが減少するとともに、成約率やリピート率が向上しました。新たな拠点での展開やビジネス拡大に伴う人材の増強と教育も、以前と比較して効率的になりました。こうした好循環が功を奏し、7年でビジネス規模が10倍程度にまで成長しました。

このサンプル事例では、業務アプリケーションの導入でデータの標準化と集約を実行し、担当制から分業制へビジネスプロセスを変革し、ビジネス規模が拡大しています。

日本においては、1人の担当者が最初から最後まで一貫して対応する担当制が好まれる傾向がありますが、担当者の能力や知識、経験によって業務の品質にどうしても差が出てしまいます。

そのため企業は、仕事のサービスレベルを均質化するために教育プログラムを導入したり、マニュアル化を徹底したりするなど、さまざまな手を打つ必要に迫られます。属人化が進んでしまうと、自分以外の誰かに仕事を引き継いだり、シェアしたりすることが難しく、今後の働き方改革における妨げの一因となるかもしれません。

一方で、分業制は仕事の量と質を平準化できます。1つの案件を業務内容に応じて細分化し、それぞれの業務に応じたスペシャリストが対応する体制なので、教育やマニュアル化も比較的シンプルになり、短期間に人材を育成することも可能です。

また、自分が担当するプロセスの前後にいる、別の業務のスペシャリストと緊密に連携することで相互確認の効果も発揮し、案件の処理忘れや放置など企業の信頼を損なうような事案も排除しやすくなります。さらに、それぞれの業務ごとにスペシャリストを複数人配置することで、仕事のシェアや引き継ぎもスムースに行えるため、働き方に多様性をもたらすことができます。

ビジネス規模を拡大する場合にも、人材の育成に要する期間やコストを担当制に比べて抑えることができるようになるため、必要な業務部門へのスムースな人材投入が可能になります。

人中心からデータ中心の業務モデルへ

このサンプル事例のポイントは、人を中心とした業務からデータを中心とした業務にモデルを大きく変更したことにあります。それは、お客様の情報をデータとして標準化し、そのデータを集約して共有可能にすることで実現されています。

実は、従来の担当制の時と同じデータの考え方のまま分業制に移行してもうまくいきません。これまで、業務の情報は伝達することが基本とされてきました。業務の開始と完了した時の結果を管理者に伝え、その間の状況については担当者の主観を伝えるか、もしくは到達率や達成率を単純な数字に置き換えたもので報告します。

これでは、担当者とその管理者以外は詳しい状況がほとんど分からず、経営者がリアルタイムに状況を把握することはできません。ましてや、ほかのスタッフはさらに状況がわからないため、業務をシェアすることも、誰かが急に代わりになることもできません。

このような状態のまま分業制を導入すると、業務の受け渡しの度に情報不足が生じるため「常にどこかで業務が止まっているが、その原因がどこにあるか分からない」といった事態を引き起こしかねません。

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こういった状況に陥らないためには、情報の扱い方を伝達から集約に変える必要があります。まずは、これまで言葉や文字、数字で伝達されていた情報をデータ化し、だれもが同じフォーマットでやりとりできるように標準化します。次に、そのデータを集約します。

集約されたデータを見れば、すべての人がすべての情報を把握できるようになります。ERPやCRMなどで集約されたデータを中心にして、それぞれの業務範囲を受け持つスペシャリストが必要なデータを参照して仕事をします。業務が完了した時点でデータが更新され、次のプロセスのスペシャリストが同じようにデータを取り出して業務を行います。このような状態が業務ごとにいくつも並行して稼働していれば、分業制への移行は成功です。

これまで企業は、当たり前のように人を中心に据えた業務モデルを採用してきました。人と人が強い信頼関係のもとに緊密につながって仕事をしていくという姿です。もちろん、今後もこうした人のつながりが大切なことに変わりはありませんが、人々の働き方や価値観が多様化してきている現代において、人中心の業務モデルを続けていては強い力を発揮できなくなるかもしれません。

ここでは営業体制の変革を例にとりましたが、データを中心とした業務モデルの変革は、働き方改革、人材不足の解消、事業継続、競合他社との差別化など、中小企業におけるさまざまな課題を解決に導く可能性を持っています。次回は、データ中心の業務モデルへの変革に向けたアプリケーション導入の勘所について解説します。