チーム・コミュニケーションを円滑にするビジネスのサポートツール「Slack(スラック)」。コロナ禍におけるリモートワーク文化が進んだことも相まり、近年は多くの企業が導入を始めている。では、Slackはどのように企業のコミュニケーションを円滑にしているのだろうか。今回は日本の医療保健系大学で初の全学導入を果たした教育機関である学校法人藍野大学(以下、藍野大学)の事例を紹介する。→過去の回はこちらを参照。

従来のコミュニケーションツールを活かしたSlack利用

藍野大学では、大学のみならず、専門職大学や短期大学、高等学校の各教職員・学生に向けにEnterprise Gridの約3,000アカウントを導入する取り組みを、2022年4月からローンチした。準備期間は約5カ月。昨年12月からパイロット運用を行い、利用者への講習やワークフローの構築を行いながら、現在は20のワークスペースを管理・運営している。

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「導入以前からコミュニケーションツールは使用していたんです」と語るのは、学校法人藍野大学副理事長の山本嘉人氏。常任理事会でSlack導入を提案したメンバーの1人だ。

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    学校法人藍野大学 副理事長の山本嘉人氏

「教職員間では2016年からサイボウズのGaroonを活用し、裁量労働制である教授や学長の勤怠などを可視化させていました。また、学生と教員間のコミュニケーションをとるためのツールも導入していたんです。それらを運用するなか、2017年にカルフォルニア大学ロサンゼルス校を訪問した際、Slackが導入されているのを偶然見かけ、ずっと頭の中では導入を前向きに考えていました。そして2020年、コロナ禍でリモート授業に切り替わって学生と直接的な意思疎通ができない状況に突入しました。そこで、既存のシステムを無駄にしないまま、全学的にコミュニケーションを統合できるようなツールの追加を検討することになったんです。『Slackを活用するなら今だ』と考え、導入に踏み切りました」(山本氏)

藍野大学におけるSlack利用の特徴は、既存のツールを併用していることだ。Slack導入のプロジェクトマネジメントと、運用のグランドデザインを行なっている法人事務局総務センター係長・津田周一氏は次のように説明する。

「機能によってはSlackに置き換えている部分もありますが、ワークフローやスケジュール管理、施設管理などはGaroonを利用しています。今後もLMS(学習管理システム)やポータルなどは、連携させていきたいとは思っていますが、あくまで一本化するのではなく、各ツールの利点を活かしながらSlackを運用していく方針です」(津田氏)

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    学校法人藍野大学 法人事務局 総務センター 係長の津田周一氏

構築中の思わぬ気づきと、乗り越えた先に気づいたメリット

もともと、閉域網内(関係者のみがアクセスするネットワーク)のクラウド上で基幹システムを構築していたこともあり、新たなSaaSを導入することに対しては「あまり現場からも抵抗がなかった」と津田氏。導入までのプロセスは早かったが、セキュリティ面の構築で、現場では一苦労があったという。

「ワークスペースの構築に関しては、実際に手で動かしてみないと分からない点が多く、試行錯誤を重ねました。特にEnterprise GridにSSOを挟まないとログインできない、ということが当初は分からなくて。『ワークスペースを作ったのに入れない!』というトラブルはありました。しかし、Gluegent GateというSSO(シングルサインオン)を導入していたほか、一部学校でGoogle Workspaceを導入していたこともあり、Slackのアカウント発行と同時に、全利用者分のGoogle Workspaceアカウントも発行することにしました」(津田氏)

「費用面で思わぬ出費があった」と苦笑いする津田氏。しかし、Google Workspaceを導入したことによるメリットもあった。法人事務局総務センターで広報を担当する秦茜氏は、次のように語る。

「Slackのエピソードとは少し離れてしまうのですが、各利用者にGoogle Workspaceのアカウントも付与され、Google Driveによる共同編集ができるようになったことは、学内でも思わぬ評価を得ました。特にSlack上でスプレッドシートを共有しながら、ハドルミーティング(音声通話)で細かい打ち合わせを行う、という利用方法はよく見かけますね。そもそも学校と本部で建物が違ったりもするので、Slackを導入したことでやりとりを行うための行き来が少なくなったことは、ストレスフリーに感じています。コミュニケーションが取りやすくなったこと、そしてリアルタイムに同時作業ができるようになったことで、各学校との連携が取りやすくなりました」(秦氏)

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    学校法人藍野大学 法人事務局 総務センターの秦茜氏

それぞれの学校で風土やカルチャーを反映した利用方法が

では、全学的に利用率を高めるために、藍野大学ではどのような取り組みを行ったのだろうか。秦氏によると、導入当初はSlackというツール自体の知名度が低く、そもそも「何ができるツールなのか」ということも周知されていない状態だったという。

そこで、教職員・学生用にそれぞれログインマニュアルと活用ガイドラインを作成。学生用に関しては、スマホで閲覧することを想定した編集を行った。

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    学生向けマニュアルの一例

「スクリーンショット画面を用いて、なるべくわかりやすい説明を目指しました。気をつけたのは『Slack初心者』にも伝わる表現を使うこと。パイロット運用中、今までSlackを使ったことのない人へマニュアルとガイドラインをチェックしてもらい、不明点や伝わりにくいところをヒアリングしながらアップデートしていきました。現在も随時更新は重ねているところです」(秦氏)

Slack利用を推進するためのアンバサダーも、職員の中で26人、学生は計50人弱ほど選出。実際に教職員・学生が一斉にログインし、操作に慣れてもらう時間なども確保した。レクチャーを行う際、学生にはネットリテラシーに関わる注意事項やルールなども周知するようにしている。

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    プライベートチャンネル含め、チャンネルの作成は主に管理者が行う。チャンネル名と招待するアカウントを入力し申請する

「個人情報の公開や誹謗中傷など、最低限のマナーは徹底するようにアナウンスしていますね。たとえプライベートチャンネルでも管理者には中身が見えていること、NGワードはチェックしていることなどは十分に伝えるようにしています」と秦氏。

ただ、運営本部である法人事務局で定めるルールは、そういった最低限のガイドラインにとどめている。

「大学や高校、短大などそれぞれの学校に、具体的な利用方法・ルールは委ねているんです。ルールをガチガチに決めている学校もあれば、まったくルールを課さず教職員・学生に利用方法を委ねている学校もあります。年齢や学校の種別、風土やカルチャーが反映されていて面白いですね」(津田氏)

コミュニケーションスピードの加速と、今後への期待

本格導入から4カ月が経とうとする現在、徐々に各学校内ではSlackが浸透しつつある。特にSlackコネクト(外部アカウントとの連携機能)は、全学の情報システム周りの管理で役立っている、と津田氏は語る。

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    藍野大学全体におけるSlackのワークスペース

「Slack自体のアフターサービスを担当者に相談できるだけではなく、ネットワーク工事関連のパートナーなどとSlack上でやりとりできることで、対応スピードがメールよりも早くなったように感じます。今後は管理者チャンネルやアンバサダーチャンネルなどでユースケースや良いところを共有し、各学生が入学して良かったと思えるデジタルキャンパスを作りたいと思います。また、卒業してもSlackのようなデジタルツールを使える知識や技術を身につけてほしいです」(津田氏)

そして、今後の見通しについて山本氏はSlack利用の方針を次のように述べていた。

「もともと重視していたのは、学生との双方向でコミュニケーションがとれること、効率化に貢献すること、規模感などが異なる中で各学校種をまたいだ連携が取れること、そして定量的エビデンスやアナリティクスを活用した直感に頼らないデータから明らかになった事実に基づき教育活動のPDCAを回せることです。この4つのポイントを実感し、はじめて『導入してよかった』と言えるのでは、と考えています。また、先ほど津田からも『デジタルツールを使える知識や技術を学生に身につけてほしい』とありましたが、今後は一般企業とも交流し、産学連携での活用も期待しています」(山本氏)