チーム・コミュニケーションを円滑にするビジネスのサポートツール「Slack(スラック)」。コロナ禍におけるリモートワーク文化が進んだことも相まり、近年は多くの企業が導入を始めている。では、Slackはどのように企業のコミュニケーションを円滑にしているのだろうか。今回は、Slack活用により全社的な業務改善を目指す東映アニメーションの事例を紹介する。

有償版に踏み切ったきっかけ、現場の1/3がSlackを利用する状況

東映アニメーションが、社の公式ツールとしてSlack Enterprise Gridを導入したのは、2020年1月のこと。そもそもSlack Enterprise Gridとは、大規模かつ複雑な組織向けの有償版Slackであり社内の複数のワークスペースを接続できるのが特徴である。東映アニメーションでは手がける作品やプロジェクトごとに社内外の関係者が複雑なやり取りを行う。コミュニケーションを円滑に行うことは、経営層からも課題として上がっていた。

「どのコミュニケーションプラットフォームを導入すべきか検討してほしい、という声は上層部だけではなく、現場からも情報システム部へ上がっていました。しかし当時の現場の状況を知る限り、Slack以外を考えられなかったですね」と語るのは、Slackの導入をリードした情報システム部 課長の賀東敦氏。実は正式に導入が決定する以前から、Slackを多くの社員が導入していたのだという。

東映アニメーション 情報システム部 課長の賀東敦氏

東映アニメーション 情報システム部 課長の賀東敦氏

「2019年11月時点で、東映アニメーションでは全社員のうち1/3の社員がSlackを活用していて、70近くものワークスペースを利用していました。中には社外とのコミュニケーションのために、有料ワークスペースを利用する社員も。だから、新しいツールを導入するよりも、すでに使っているユーザーの多いSlackを導入した方が利便性は下がらないだろう、と思いました」(賀東氏)

しかし、公式のSlack Enterprise Gridに一本化していく準備期間中、現場が無秩序にアンオフィシャルなSlackを利用することは、情報セキュリティ面でリスクがある。そこで賀東氏は以下のような暫定運用ルールを作成し、リテラシーの牽制と並行しながら、公式ツールを統合するロードマップを敷いていったという。

・コミュニケーションツールはSlackを使うこと

・ワークスペースのオーナー・管理者は必ず情報システムのメンバーを入れること

・定められたルールの通り設定すること

ステータスの自動変更機能でリモートワークにも対応

東映アニメーションでは、正式導入前に個々人が活用していたワークスペースをアーカイブ化し、基本的にはEnterprise Gridのワークスペースに統合する方向へと舵を切った。現状のワークスペース数は、プロジェクト別・作品別に全部で120件弱。それに加え、趣味や雑談のことについて自由に語れるワークスペースを社員に開放している。

また、東映アニメーションのSlackには大企業ならではの活用方法も。約200人ものスタッフが在籍する3DCGを扱う部署・デジタル映像部では、出退勤の管理にSlackを活用する。

東映アニメーション 制作本部 テクノロジー開発推進室代理 兼 システムテクノロジー課長 経営戦略本部 情報システム部 課長の山下浩輔氏は、その活用方法について「コロナ禍でテレワークを行う社員も増える中、出退勤が入り乱れることが課題でした。『あの人今日来てるの?』という確認がすぐに取れず現場が混乱するので、緊急事態宣言に合わせて慌てて整備しましたね。

東映アニメーション 制作本部 テクノロジー開発推進室代理 兼 システムテクノロジー課長 経営戦略本部 情報システム部 課長の山下本浩輔氏

東映アニメーション 制作本部 テクノロジー開発推進室代理 兼 システムテクノロジー課長 経営戦略本部 情報システム部 課長の山下浩輔氏

最初はSlackのステータスを手動で変更するルールを設けました。しかし、手動だと忘れることが多いので、勤怠用のWindowsアプリを自前で作成し、ログインすると自動的にステータスが変更できるようにしました」と説明する。

画像左上が勤怠用ウィンドウズアプリ。ユーザー名と勤怠状況を送信することで、Slackのステータスへ自動的に反映される

画像左上が勤怠用ウィンドウズアプリ。ユーザー名と勤怠状況を送信することで、Slackのステータスへ自動的に反映される

また、Slackには休暇や遅刻用のチャンネルを作成し、データベースアプリが自動的にチャンネルへ「休みます」「遅れます」といった勤怠情報を書き込む仕組みを導入しているという。

勤怠チャンネル「お休み遅れます報告」

勤怠チャンネル「お休み遅れます報告」

「最初は『〜がスタジオへ入りました』といった出勤情報も自動反映されるようにしたのですが、それだと欲しい情報が埋もれてしまいます。なので、あくまで休暇・遅刻や早退に特化したチャンネルにすることで、遠隔でも社員同士がどこにいるかが把握しやすい状況を生み出しました」(山下氏)

Slackを活用した新たな制作方法で生まれた『URVAN』

さらに2021年2月には、Slackを活用した新たな試みにも踏み切った。東映アニメの新規IP(Intellectual Property:キャラクターの著作権や商標権などの知的財産権)研究開発チームである「PEROs」(ペロズ、Prototyping and Experimental Research in Oizumi Studio:大泉スタジオにおける試作開発と実験的研究)は、長崎国際大学の協力を経て、約5分間の実験映像『URVAN(ウルヴァン)』を発表した。

このプロジェクトでは、データ共有ツールである「Box」、オンラインミーティングツール「Zoom」、そしてSlackの3つのITツールを活用。コロナ禍におけるITを活用した新しい制作方法を提示している。制作過程の中で、Slackは進捗状況の共有や、課題解決の場を担っていたという。

「進捗状況の共有や新たな課題が発生した時の共有にSlackが使われていました。そのおかげで、定例ミーティング以外のところでも順調にプロジェクトが動いたと聞いています。もちろん、今弊社で制作している『ONE PIECE』や『プリキュア』シリーズのようなテレビアニメ作品でも、ZoomやBox、Slackは活用されています。しかし、どうしてもアナログなやり取りを採用せざるを得ないのです。一方、『URVAN』では完全に3つのツールに軸足をおき、オンラインコミュニケーションがメインでした」(賀東氏)

「コロナ禍でロケハンにも行きにくくなった状況下で、ピンチがチャンスになったように思います。特に、東京から映像作品の舞台である佐世保までは、飛行機を使っても半日の移動になります。コミュニケーションを密に取りながら現地でロケハンをしてもらい、データをオンラインで共有してもらえば、それだけで工数が削減できた。3つのツールを強化して使える機会が生み出されたことで、リモートでも業務を円滑に進めるための力がつきました」(山下氏)

経営戦略のあり方に風穴を開けた実感がある

そして、正式な導入から約1年半が経過しようとする現在。次のステップは「社内に必要な情報をSlackに集約することだ」と賀東氏は今後の展望を語る。

「Zendeskというナレッジをマネジメントする仕掛けを用意し、その窓口としてSlackを活用できないか検討しています。最終的にはSlackをチェックさえすれば、すべての情報が網羅できるような状態を目指したいです」(賀東氏)

一方で、今後取り組むべき課題はセキュリティ面だという。同氏は「クラウドネットワークデータセキュリティサービスのNetscopeを展開しているところなのですが、今後はCASB(キャスビー、Cloud Access Security Broker:クラウドサービスの利用を監視して、適切なセキュリティ対策を行うソリューション)のDLP(Data Loss Prevention:情報漏えい対策)機能を使い、Slackを介した情報漏えいがないように対策していこうと思います」と話す。

そして「現段階でも、情報公開前の画像を直接載せることがないよう、Slack上ではBoxでリンク化してから載せるなど、ステークホルダーに対する利益を保護する取り組みは進めようとしています。人依存ではなくゼロトラストの概念でシステム的に制御していきたいです。また、コミュニケーションのスピード感が向上したからこその問題もあります。弊社には海外法人が3拠点あるのですが、日本側の誰かがコメントすると、相手方はそれを会社の決定として動いてしまうのです。風通しが良すぎるからこそ、正しい意思決定が阻害されてしまう。ルールやガイドラインを敷く必要性を感じています」と、今後の課題点を挙げている。

しかし、Slackを導入したことで「これから社内を変えていくチャンスが生まれている」とも賀東氏は語る。

「従来、大規模な組織だからこそコミュニケーションに関する課題がありましたが、Slackを公式ツールとして導入したことで、経営戦略チームが社内へのマインド共有の再設計について関心をもつようになりました。例えば、弊社では社内メディアとして社内報を冊子で配布したりしているのですが、手間がかかっている分、新作のリリース情報などの情報鮮度が古くなってしまいます。ただ、Slackで社内共有すれば、リアルタイム性をもって、全社で作品を応援することができます。経営戦略のあり方に風穴を開けた実感があるからこそ、目指すのは全社のマインドチェンジを促してもらえるようなプラットフォーム。今後もSlackコミュニケーションを通して、社員の士気を上げるような環境を作っていきたいなと思っています」(賀東氏)