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前回は全面ガラス球で、超深海に1~2日滞在可能、最大6人が乗船できる有人深海調査船「しんかい12000」構想についてお聞きした。詳細を聞けば聞くほど実現が楽しみになる。いつごろの実現を目指しているのか、課題は何か、磯崎芳男 JAMSTEC海洋工学センター長に迫る。
国のプロジェクトとして議論がスタート
―現在はどういう段階でしょうか?
磯崎:我々JAMSTECだけでなく、国のプロジェクトとして扱ってほしいといろいろなところでお話ししてきました。「しんかい12000」という名前を広め、世論を喚起したかったのです。そのような活動の中で日本学術会議の速やかに実現するべき「重点大型研究計画」(2014年3月公表)に応募して、27件の中に選んでいただきました。
そしてこの7月に開催された文部科学省・海洋開発分科会で「次世代深海探査システム委員会」が設置されることになりました。
―それは素晴らしい! 会合はいつ開かれるのですか?
磯崎:第一回が近いうちに開かれるようです。会議では無人探査も含めた深海探査システムとして何が必要か、ということを学識経験者も含めて議論されるようです。
―今までは議論の俎上にあがっていなかった「しんかい12000」について、国の問題としての議論がようやく始まるわけですね。大きなステップアップですね
磯崎: はい。有人無人も当然議論されると思いますが、次世代に何が必要かという議論が始まる第一歩だと思っています。
―ちなみにもし「しんかい12000」を建造した場合、予算規模はどのくらいですか?
磯崎:学術会議の検討では、トータルでざっと約500億円と想定しています。300億円が「しんかい12000」で、200億円が母船です。ちなみに「しんかい6500」は125億円、支援母船よこすかが75億円。トータルで200億円です。
―日本の国際宇宙ステーションに対する年間予算が300数十億円ですから、それと比較すると2年分弱ですね
磯崎:そうですね。私たちも費用対効果の意識をもって、6Kと比べて長い時間、多くの目で見れば新しいものを発見するチャンスが増えると伝えていきたいと思っています。
技術的課題はガラス球
―技術的な課題として、気になるのはフルビジョンのガラス球ですが
磯崎:ガラスは非常に強い材料です。東京タワーの展望台の床にガラスがありますよね。あそこは誰も立ち入りを制限していません。飛び跳ねても大丈夫なのです。上海のテレビ塔の床にはガラスがいっぱい広がっています。本当はガラスは強いのです。何が問題かといえば、強いけれどパリンと一瞬で割れること。鉄は粘りがあるのですけどね。
―東京の町工場が作った「江戸っ子一号」はガラスを使って水深7800mまで潜りましたね
磯崎:そうですね。ただ「江戸っ子1号」は無人の探査機です。「しんかい12000」は人が乗りますから、万が一にも割れてはいけない。ガラスには高級時計のサファイアガラスなどいろいろな種類があります。きれいに磨けば強いのですが、傷があると弱くてパリッといってしまう。製造するときの傷がなく、磨いて表面の凹凸がないガラスがあれば、強いと思っています。
世界では1000mぐらい潜れるアクリル製の潜水船があります。ダイオウイカのテレビ番組の撮影用に使われていた潜水船です。周囲が見えるのでレジャー用で使われていますね。JAMSTECの研究者も乗ったことがあって、「買ってくれ」と言われていますよ(笑)。
―アクリルではダメなのですか?
磯崎:無理ですね。水深1万mで強度を確保しようとすると、とてつもなく厚いものになってしまうのです。
―水深12000メートルの水圧はどのくらいになりますか?
磯崎:指の先に1.2トン、小型乗用車一台が乗るぐらいの圧力がかかります。でも見込みとしてはガラス球で行けると思っています。アメリカのガラス会社がガラスを作る装置、磨く装置を一生懸命作っています。
―アメリカで作るのですか?
磯崎:できれば日本でやりたい。ガラスだっていろいろなものがあるはずです。これから出てくるかもしれないし、現状はこうだからではなく、貪欲に探していきたい。次に起こる技術開発は何か、研究者だけでなく、技術者もこれから起こることにアンテナを高くして、嗅覚を研ぎ澄まし、「五感+アルファ」で探しにいきます。
―今一番の課題はなんですか?
磯崎:やはりガラス球です。トップに来るのは安全性。人が乗りますから。研究者がその場にいる感覚を得ることと安全性とのバランスをどうとるか。最初からあきらめるわけにはいかない。狙うのはあくまでフルビジョン、フルデプス。そこに挑戦する。でも安全性は譲れない。「ちょっと危ないけど、まぁいいや」は絶対にない。最後は石橋を叩いて渡ります。
超深海は謎だらけ - もっと深い場所があるかも!?
―耐圧殻の大きさは変わりませんか?
磯崎:だいたい同じです。期待しているのは中に載せるものをいかに減らせるか。たとえば酸素ボンベを外置きにしたり、コントロールボックスを電子パネルにして薄くすれば、中は相対的に広くなります。内径2mが1.9mになれば、強度(の設計)が楽になります。
―浮力材を積んで浮かせるという6Kのシステムの考え方は変わりませんか?
磯崎:基本的に同じです。ただガラスは軽いので、浮力材が少なくてすみます。浮力材が少なくてすめば全体がコンパクトになりますね。
―地上との通信は変わりますか?
磯崎:今は6Kから画像を10秒に一枚の割合で、音波を使って送っています。「しんかい12000」では1秒に1枚の画像送信を目指しています。音響通信の中の圧縮度を高める。光やレーザーは使えないし、音波のスピード自体はどうにもならないので詰め込むデータを多くする考え方です。
―本当に興味深いプロジェクトです。目標としてはいつごろの実現を目指していますか?
磯崎:もちろん国での議論を踏まえての話ですし、その上で予算が認められるということも必要になります。もし、「しんかい12000」を建造することになれば、10年規模のプロジェクトとなると考えています。5年ぐらいは技術開発、さらに製造して動かすのに5年くらいはかかるでしょう。
―早く建造が決まるといいですね
磯崎:もし建造するとなれば、早ければ早いほどいいですが、最初から300億円が必要ということではありません。最初に少しずつでもやれるところから技術開発を進めていって5年経って「これでいきます」と言えるようにしたい。まずは技術開発のために、ステップバイステップで始めさせてほしいとお願いしていきます。今も自分たちの予算で準備を少しずつ始めています。小さい窓を試作しようとか、どんなガラスがいいかとか。
―しんかい12000で見えてくる超深海の世界を見るのが今から楽しみです
磯崎:地球は生き物だと思うのです。我々が知っている世界はほんの一部です。まだ知らないポイントが存在するかもしれない。マリアナ海溝よりさらに深い場所だってあるかもしれないし、これから出来る可能性だってあります。
―だから「しんかいは12000」と(マリアナ海溝の1万911mより)余裕を持たせているのですね。将来への贈り物だと
磯崎:そうです。深く潜ることも大事ですが、海底に長くいる「時間軸」の考え方も必要です。研究者は潮汐の変化に合わせた生物の営みを見るために海底に6時間いたいと言います。現在の3時間では中途半端なのです。12時間あれば、満潮や干潮の時間サイクルに応じた変化が見られます。
今は人間側の事情で潜航時間が決まっていますが、生物側の生活時間スケールに合わせて観察できることになります。私が子供の頃はSF「海底二万哩」のノーチラス号を「なんてすごい!」と憧れていましたが、今は現実が先を行っているのですよ。