「カスタマーなどいらない」と豪語したフェアチャイルド

50周年を迎えるAMDの記事を書いていて昔の事を調べていたら、AMD創立当時のいろいろな人の証言などが出てきて大変に興味深かった。

AMDの創立当時という事は、シリコンバレーのベンチャー企業たちによって産声を上げた半導体産業の創世記の話と言ってもよい。

私は50周年を迎えたAMDでその社歴全体のちょうど半分の経験をしたが、入社前の歴史についてはそれ程知らなかった。

いろいろなエピソードに触れる中で、大変に面白かったコメントが複数の先輩AMDの人々から出てきた。それはシリコンバレーの創世記に半導体ビジネス専業メーカーとして隆盛を極めたフェアチャイルドの幹部連中がよく言っていた言葉である。それによると、当時飛ぶ鳥を落とす勢いのフェアチャイルドの幹部は、「カスタマーなどと言う面倒くさい存在がいなければ、我々の営業活動はずっと楽なのに」と豪語していたという。

当時は第一次半導体ブームの最中であり、半導体はいくら作っても供給に追いつかない状態であり、要するに"作るだけ、しかも言い値で売れるのだから面倒くさい要求をしてくるカスタマーなどは放っておけ"、という事だ。

こうしたフェアチャイルドの姿勢に嫌気がさして飛び出した人々がAMD、Intel、National Semiconductor、LSI Logicなどの第2世代のシリコンバレー企業を作ったことはご存知の方も多いと思う。「奢れる平家も久しからずや」と言うように、その後フェアチャイルドは優れた人材を失い、現在ではアナログ半導体の非常にマイナーなブランドになってしまった(フェアチャイルドブランドは現在ではON Semiconductor社の一事業部となっている)。

AMD創業者のジェリー・サンダースは、フェアチャイルドのカスタマーに対する姿勢に疑問を感じ、当時の幹部とひと悶着あって結局首になってAMDの創立に至った。この事実は、今回50周年を記念した社内イベントに登場した83歳のサンダース自身が語っていたことである。

  • フェアチャイルド

    フェアチャイルド社の前に集まる幹部メンバー (著者所蔵イメージ)

AMDの営業とマーケティングの構成

他の半導体会社と同様に、AMDの会社としての構成は、幹部および管理部門、研究開発、設計、製造そして私が所属していた営業+マーケティングとなっていた。今回は、営業とマーケティングの立場を考えながら、それぞれの部門の本音を「営業のきもち」と「マーケティングのきもち」という観点で考察してみたいと思う。

営業のきもち

当然ながら、営業の主たる対象はカスタマーである。営業はカスタマーについてはすべてを知っていなければならない。カスタマーの中にも機能によっていろいろな部門があり、それらの部門には「いかにもそれらしい」人員が張り付いている。幹部、技術部、資材部、製造部、品管部そしてカスタマーの営業+マーケティング部である。これらのファンクションに張り付いているそれぞれに癖のある人々がどのようなことを考えてどのように行動して、どういった意思決定をしているのかというかなり複雑なマトリックス力学をどれだけ理解しているかが、優れた営業とダメな営業を決定づける。それを知ったうえで、自社の技術・製品の価値とカスタマーのニーズの合致点を見出し、カスタマー側と自社側の人間を動かしながらビジネスをまとめ上げるその過程はまさに人間行動学の「芸術」である。

  • Am9300

    AMDが創立して最初に出荷した製品「Am9300」 (著者所蔵イメージ)

カスタマーの要求に対し販売の条件を決定し成約までもっていく過程で、営業にとってまず突破しなければならないのが本社マーケティング部である。

営業が個別のカスタマーの要件に対応するのに対し、マーケティングは多くのカスタマーの「かたまり」である市場の要件に対応する。個別のカスタマーの要件と市場の認識にギャップがある時に営業とマーケティングのぶつかり合いがある。

具体的には価格、納期、スペックなどである。これらの条件を双方の立場から合致させるために時々喧々諤々の議論となる。その時の"営業のきもち"は「事務所から出もせずに市場を分かったつもりでいる頭でっかちのくせに、カスタマーの要求に耳を傾けず、だれにでも自明であるような当たり前の需要と供給の原理を念仏のように唱え続けるダメな奴ら」ということになる。製品力が圧倒的に強い時には、市場の認識と自社の製品の価値についてのギャップが小さいために、これらの議論は不要となるが(私はAMDがx86で初めてIntelを出し抜いて64ビットサーバーCPUであるOpteronを発表した時にこうした幸運な経験をした)、自社製品が常にぶっちぎりの製品力があるわけではない。

マーケティングのきもち

マーケティングの一般的な目的は「製品の総合価値を市場に認識させて、できるだけ多くのカスタマーに高い値段でたくさん売れる状況を作り出す」ことであるが、激しい競合があるのでこの目的は簡単には達成できない。

私がAMDに勤務していた時には競合のIntelが何百億円の巨額を投じて「インテルインサイド」マーケティング・キャンペーンを盛んと行っていたので、市場の認識は大きくIntelに優位に傾いていた。

営業はこうした大規模なキャンペーンには大きな投資が必要でAMDにはそんな余裕はないという厳しい現実にはお構いなしに「マーケティングが仕事をしないから、我々の営業活動が困難になる」という思いを抱く。

この時の"マーケティングのきもち"は「営業は自分がカスタマーに製品の価値を十分に説明しきれないのを棚に上げて、売れない理由をマーケティングのせいにする。こいつらに貴重な資金を渡したらすべてカスタマーへの接待と価格の値引きに使ってしまうだろう」と考える。

半導体ビジネスの特殊性は、製品や用語などすべてが格段に技術集約的なことである。そのために、特に日本の半導体業界ではマーケティングは技術出身者が「やらされる」ことになる場合が多いが、マーケティング業務はそれ自体が科学的・理論的であり高いスキルが要求される。AMDではスタンフォード大学でマーケティングの勉強をみっちりやってMBAを取得したような連中がごろごろいて、もともとその素養がなかった私であるが、彼らとのやり取りで大変に多くを勉強させてもらった。

営業とマーケティングの熱い議論が強靭な会社を作る

自身が営業・マーケティングの出身であったAMDの創業者サンダースは、実はその最初の仕事をエンジニアとしてスタートした。

サンダースはCEOとして開発、技術、製造も含めてすべてのオペレーションに鋭く目を配らせていたが、営業・マーケティングには特別な関心を払っていた。「カスタマーの成功が我々の成功である」、という企業哲学は現在でも通用する優れたものであると思う。営業とマーケティングはカスタマーに対し最適なソリューションを提供することを可能とするための最前線のファンクションとして、時にはいがみ合いながら、時には励ましあいながら熱い議論を常に展開していた。

AMDが巨人Intelに対抗する存在であり続けるエネルギーの源泉は実はこの営業とマーケティングの不断のぶつかり合いにあったのである。

著者プロフィール

吉川明日論(よしかわあすろん)
1956年生まれ。いくつかの仕事を経た後、1986年AMD(Advanced Micro Devices)日本支社入社。マーケティング、営業の仕事を経験。AMDでの経験は24年。その後も半導体業界で勤務したが、2016年に還暦を迎え引退。現在はある大学に学士入学、人文科学の勉強にいそしむ。

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