AI半導体で世界市場を掌握するNVIDIA。そのCEOであるJensen Huangは最近フランスでのイベントに登壇した。その際の発言と、それに続くいくつかの発言が大きな話題になっている。自社の年次イベント「GTC」で基調講演に登壇したJensen HuangはAIの今後に関する非常に興味深い発言をしたが、欧州訪問中の米メディアとのインタビューでの「今後のNVIDIAの売上予測には中国市場の数字を全て除外する」との発言は米中の覇権競争の厳しい現実を語っている。

GTCパリに登壇したJensen Huang

ついこの間台湾で開催されたComputex TaipeiでプレゼンをしたJensen Huangは、その翌週にはフランスのパリで開催された自社のイベント「GTCパリ」にキーノートとして登壇した。

  • 「GTCパリ」のキーノートに登壇したJensen Huang
  • 「GTCパリ」のキーノートに登壇したJensen Huang
  • 「GTCパリ」のキーノートに登壇したJensen Huang (出所:NVIDIA)

世界最大の半導体ブランドとなったNVIDIAのCEOは、現在世界で最も忙しいビジネスリーダーである。GTCでは今まで「実用化はかなり先」というスタンスだった量子コンピューターについて、「実用段階についてかなり重要な局面を迎えている」、と積極的な発言をして注目を浴びた。

NVIDIA CEO Jensen Huang Live GTC Paris Keynote at VivaTech 2025

従来型のコンピューティング方式を量子コンピューター開発の補完的環境として提供する“CUDA Q”についてのごく限られた情報が発せられたが、世界のAI開発現場の最前線を行くNVIDIA、そのCEOの発言ともなれば誰もが注目する。Huangは将来的なコンピューティングのビジョンを語るのに加えて、フランスのAIスタートアップ企業Mistral AIと提携して最先端のBlackwellチップを大量にクラスター接続するクラウドプラットフォームの構築も発表した。この発表についての記事を読んでいて、私は「Jensen Huangは中国市場を見限ったのでは?」、と感じた。

「今後のSales Forecastから中国市場を除外する」と発言したHuang

HuangはフランスでのGTCの後にイギリスに立ち寄ったが、その時に米国の有力メディアCNNのインタビューを受け、「今後のNVIDIAのSales Forecastから中国市場は除外する」という重大な発言を行った。

それまでのHuangは中国向けにダウングレード開発したH20を何とか輸出しようとトランプ政権に働きかけていたが、その目がないと見るや中国市場に見切りをつけて米国、日本、アジア、中東そして欧州市場を積極的に開拓する方向に舵を切ったという印象を持つ。

実際、NVIDIAの最新の決算ではH20の開発と製造にかかったコストを全てマイナス計上し、150億ドルという巨額の引当金を決算に反映したばかりだ。熾烈な開発競争を繰り広げるAI半導体各社の動きを考えれば、自身の力ではどうしようもない地政学的リスクを覚悟しながら、さらに株主にコミットメントをすることは最早不可能と判断した結果だろう。

ビジネスにとって重要なことは不確実性を現実的に回避する事だ。そのためには自社の現状と、それが置かれている市場環境を正確に把握することが不可欠だ。「当分の間、中国市場を除外する」というHuangの大きな決断の背景には、世界を駆けまわるHuangの技術開発現場についての鋭い洞察力が働いている。Huangの最近の発言を追っていくと、5月の中国訪問で主要な業界人たちとの会合で、中国国内でのAI開発について開発現場は予想をはるかに上回る成果を上げている事実を確信したのだと考えられる。米国との差を急速に縮める中国の開発現場の実態である。

中国がNVIDIAを見限った?

そんな背景の中、ごく最近さらに興味深い記事がWeb上に出た。出所が複数あり、それらの内容は全く同じ記事であるが、同内容は既存のよく知られたメディアでは取り上げられてはいないので、真偽は甚だ曖昧だがその内容はかなり衝撃的である。

「中国はNVIDIAを始めとする米国製先端半導体の輸入禁止を決定」、と題するこの記事では、中国がGPU/CPUを含む先端半導体の自国内での開発にめどが付いたため、技術的独立を宣言した、という内容になっている。記事にはすでに何度も報道されているHuaweiによるAIチップ“Ascend 910”のほかにも、聞きなれない中国内のスタートアップ企業によるAIチップが列挙されており、x86アーキテクチャーを踏襲したCPUも含まれている。

まさに「中国がNVIDIAを見限った」という衝撃的な内容である。しかし、記事を注意深く読んでみると、中国政府がこうした発表をしたとは書いていないし、内容を補足する実際のコメントなどは一切ないので、この記事は中国での開発現場の現状を極端に表現した記事だと見るのが妥当であろう。

しかし、最近Jensen Huangが繰り返し述べている「米国による半導体輸出規制は、中国内における技術革新を加速しただけで政策的には失敗」という発言を考えると中国の技術的独立が時間の問題であることは確かである。Jensen Huangの鋭い洞察力は中国をNVIDIAの市場と見るだけではなく、今後の競合となることを意識したのだと考えられる。

中国エンジニアによる先端半導体チップ設計の分野は相当高度なレベルに達していることは充分に伺えるが、中国の半導体技術独立についての唯一の保留分野は製造分野だろう。最近の調査会社Trend Forceの発表によれば(マイナビ記事挿入)、世界のファウンドリ企業のランキングの中で、中国企業はダントツトップのTSMCと2位のSamsungに続くSMICの1社のみで、そのシェアは6%である。このキャパシティで巨大な中国市場を満たすことは不可能である。もしかすると中国にはSMICレベルのファウンドリ企業が勃興しているのかもしれないが、我々が認識できる範囲は限られている。

今後の趨勢を注意深く見てゆく必要がある。