Lip-Bu Tan率いる新生Intelがシリコンバレーのサンノゼにて最近開催した「Intel Foundry Direct Connect」についての記事を興味深く読んだ。

現在最も注目されている最先端プロセス“Intel 14A”や、独自開発のパワー・ビアを含む先端パッケージング技術などを披露し、大変に内容の濃いものとなった。昨年末の突然のCEO辞任劇から5か月が経った現在、新生Intelを率いるのは以前Intelの取締役会に在籍したLip-Bu Tanである。前任のPat Gelsingerとどのような違いを見せるのかと注目したが、「顧客第一主義」を最重要課題に据えてIntelの企業文化の大変革をはかるという大胆なものであった。

「顧客第一主義」を前面に押し出した新CEO、Lip-Bu Tan

Tan氏の発表は新CEOらしく、昨年末に退任したGelsinger氏との違いを強調するものになった。

具体的な技術・製品・ロードマップの説明というよりは、今後のIntelをどう変えてゆくかという企業文化の変革に関するものが多かった。その骨子は次の様なものである。

  • ロードマップの完全な実行
  • 意思決定プロセスを加速させる組織のフラット化
  • 「顧客第一主義」への企業文化の大変革

ロードマップに関しては、x86アーキテクチャーの新製品およびIntel 18A/14Aと呼ばれる先端プロセス技術と先端パッケージ技術が内容として盛り込まれているが、これらはGelsingerが4年にわたる任期中に進めてきたプロジェクトであり大きな変更はないが、組織のフラット化はさらなる人員削減を伴う大きな外科手術的なものになるだろう。

IntelはGelsingerの任期中にも1万5000人の人員削減を行ったが、これからさらに削減するとなると組織論そのものから変えていく必要がある。多くの部門管理者をTan氏の直属とすることにより、CEOに全権が集中するNVIDIAのような組織を目指しているような印象を持つ。これを行うためにTan氏自らが多くの事項に直接関係する覚悟を宣言した形となり、Tan氏の並々ならぬ決意を感じた。

Tan氏はさらに踏み込んで、Intelの企業文化を「顧客第一主義」に変革すると宣言した。

常に独自の圧倒的な技術に支えられ、圧倒的なキャパシティーで他社を寄せ付けなかった孤高Intelの企業文化とは、長年Intelに挑戦を続けたAMDに24年間在籍した私にとっては、常に「Intel第一主義」であったと感じるので、新CEOが、最も重要な事項として「顧客第一主義」を挙げたことには正直驚いた。この大きな決断は、現在Intelが鋭意進めている先端プロセスとそれを移植した巨大キャパシティーを基盤とするファウンドリ会社の成功を目指しての発言と見える。

「偏執狂だけが生き残る」、独特の強烈な企業文化を誇ったIntel

「Intelの企業文化」という話題ですぐに思いつくのは、Intel中興の祖としてよく知られる故Andy Groveだ。

1970年代、一時はDRAMを中心とするメモリー製品で世界市場を掌握したIntelではあったが、日本半導体メーカーの猛攻を受けて市場から撤退、その当時はまだ大した市場がなかった汎用マイクロプロセッサーに完全に軸足を移し、その後に訪れたパソコンブームに乗って急成長したIntelはあっという間に世界最大の半導体ブランドとなった。

現在のIntelに至るまで、業界で知られるIntelの企業文化は、その成長をCEOとして主導したAndy Grove自身が著したビジネス書『偏執狂だけが生き残る』にはっきりと定義されている。その文化は、市場での独占的なポジションを「偏執狂的に」死守することであった。x86アーキテクチャーの盟主として、パソコン・サーバー市場のCPUビジネスをほぼ独占する絶対的なポジションを確保したIntelにとっては、直接の顧客であるPC/サーバーのブランドは、IntelのCPU製品を組み込んで市場に展開する「ディストリビューター」以上のものではなかった。

  • 「Pentium」

    Intelのパソコン市場での存在感を絶対的なものとしたCPUブランド「Pentium」

そのブランド戦略を端的に表現したのが長年Intelが巨額のマーケティング費用を投じて展開した“Intel Inside”キャンペーンだった。このキャンペーンの骨子は、IntelのCPUはPC/サーバー製品を駆動するCPUの唯一のブランドで、その他のブランドは重要ではないというはっきりとしたメッセージだった。キャンペーンに投じられる巨額のマーケティング予算から分配される補助金の原資は、実はIntelの独占的地位から生み出される巨額の利益だったが、Intelに真っ向から挑んだAMDにとって、このキャンペーンは製品技術での競争と同等のチャレンジとなって、常に大きな壁となった。

  • パソコンのブランド指標として認識されたIntel Insideのロゴマーク

    パソコンのブランド指標として認識されたIntel Insideのロゴマーク (著者所蔵品)

こうした背景を考えると、今回のTan氏が打ち出した「企業文化の大変革」、という新たな方向性はかなり大胆であるが、前CEOのGelsinger氏の発想からは出なかったものとして注目に値する。

長い時間がかかる企業カルチャーの変革と今後のIntel

前述したIntelの偏執狂的な企業文化は、Intel従業員のDNAのようなものとして長年受け継がれてきた。そのIntelが今変わろうとしている。

  • 7nmプロセス相当の技術「Intel 4」を用いて製造されたウェハ

    7nmプロセス相当の技術「Intel 4」を用いて製造された自社プロセッサ向けウェハ。これまではIDMとして自社製品の製造を基本的に考えれば良かったが、ファウンドリでは他社の半導体を製造する黒子に徹する必要がでてくる

確かにかつて保持していた市場における圧倒的な存在感はない。x86アーキテクチャー市場はAMDにかなり侵食され、CPU市場ではArmアーキテクチャーが勢力を拡大している。特筆すべきは、かつてIntelがその巨額の利益を享受していたサーバー市場は主役がCPUからGPUへ移ってしまい、世界最大の半導体ブランドとなったのはNVIDIAである。

この状況において、Intelはこの10年間遅れを取った先端プロセスノード開発の分野で起死回生を図る。まずはIntel 18Aによるx86製品でAMDに侵食された市場を取り返さなければならない。また、Intel 14Aをロードマップ通りに完成させ、Intelファウンドリ会社の核となる技術分野でTSMCとの差を急激に縮めなければならない。しかし、そのためにはかつて敵対した顧客との信頼関係構築が何よりも肝要となる。「顧客第一主義」を前面に打ち出した新CEO、Lip-Bu Tanの手腕が試される。大掛かりな企業文化大変革の今後を見守りたい。