半導体に関する報道を一般紙でも毎日見かけるようになった昨今、各国の戦略家にとって半導体サプライチェーンの確保は経済安全保障上の重要課題である。

UAE(アラブ首長国連邦)が最近TSMCとSamsung Electronicsという2大半導体メーカーと接触した、という内容の記事があった。その記事の中でアブダビの投資会社Mubadala Investmentの名前を見かけて大変に興味を持った。

中東産油国の経済事情

アブダビに首都を置くUAEは他の産油国と同様、その国家財政収入の大半を石油資源の輸出に頼る特殊な構造をしている。このような国家では国内的生産セクターがなくても、必要なものはすべて輸入することで国家経済が運営されるため、国内産業の発展が限られる。「天然資源の豊富さと経済繁栄の間には負の相関関係がある」、と言われる所以で、その逆が日本のような天然資源が限られる国家の国内産業発展の例である。

とはいえ、天然資源には限りがあり、産油国の指導部は「石油後」の産業育成について戦略的な考えを巡らせている。将来的にさまざまな産業分野を国内に取り込もうと世界中にアンテナを張り巡らせる中で、科学技術は最も重要な部分となる。その1つの例が再生可能エネルギーによる発電で、太陽光/風力発電によって国内の電気需要を満たそうという努力を続けてきた。そうした状況で、近年のAI技術の急速な発展と社会への広がりがUAEの半導体サプライチェーン取り込みへの投資意欲を増大させた事は充分に考えられることだ。米国の有力紙記事によると、UAEがTSMC、Samsungと個別に接触してUAE国内での半導体工場建設について協議したという

GlobalFoundries(グローバルファンドリーズ)誕生秘話

UAEが半導体製造分野に関わるのはこれが初めてではない。2009年の創業以来、世界のファブレス顧客を取り込んで、TSMC、Samsungに次ぐファウンドリ会社としての生産キャパシティを誇るグローバルファンドリーズ(GF)の最初の工場はAMDがドレスデンに建設したFab.30だった。当時のAMDのCEOだったヘクター・ルイズが著した伝記『SLINGSHOT』には、トップレベルの裏事情が詳細に書かれているので読み返してみた。ヘクターがCEOであった期間、AMDでは下記の大きなプロジェクトが推進された。

  1. ATI Technologiesの買収とグラフィックス技術のAMDへの取り込み
  2. AMDのファブレス企業化
  3. 独禁法違反に基づくIntelへの損害賠償訴訟

私自身、これらのすべてのプロジェクトには現場で関わっていて、その最中には感想を持つ暇などなかったが、今から思うとこれらの大プロジェクトは貴重な経験であったと思う。ヘクターの自伝には当時のCEOとしてのトップレベルの活動が生々しく記されていて、現場にいた私としては「そういうことだったのか…」という感想を持つ場面が多い。

自伝によると、2005年ころ、AMDはCPU技術だけでは多様化する将来のコンピューターニーズには対応しきれないと判断し、グラフィクス技術を企業買収により取り込むことを計画していた。最初のターゲットはNVIDIAであったが、度重なる交渉の中で、Jensen HuangがCEOのポジションを主張したので物別れに終わった。その後、AMDはカナダのATI社との交渉を開始し、2006年に買収が実現した。

  • その後のAMDにつながったATI買収

    これまで培ったCPUに、ATIのGPUを加えたことが、その後のAMDにつながった。写真は筆者所蔵のATIロゴ入りキーチェーン

買収後、AMDはATI社が持つグラフィクス技術を積極的に取り込み、CPU+GPUのヘテロ構造のAPUが可能となった。この買収なくして現在のAMDは考えられない。ATI社買収の過程で、CEOのヘクターを含むAMDの幹部たちは、ファブレスだったATI社のコストモデルを分析しその優位性を認識した。その結果、AMD自体もファブレス企業に移行することを模索するようになった。自社ファブを構えるAMDは、巨大企業Intelとの熾烈な設備投資競争で常に劣勢に立たされ、優秀なCPUデザインを持っていても生産能力でIntelに打ち負かされてしまうことの繰り返しであった。ATI社のようなファブレス企業に移行すれば、設備投資の重い足枷から解放されると考えたのだ。AMDはすでにドイツのドレスデンに最先端のロジック工場Fab.30を構えていたが、Intelがいずれ微細加工技術とキャパシティの積極的な追加投資でAMDを圧倒することは明らかだった。Intelに対抗する設備投資継続が必要な事態は変わらないが、AMDにはそれを維持する資金力がなかった。

  • 当時ドレスデン工場への訪問者にAMDが配っていた記念品

    当時ドレスデン工場への訪問者にAMDが配っていた記念品 (著者所蔵品)

ファウンドリ事業を独立化させるためには何といっても巨額の資金が必要であった。極秘に編成された少人数のチームが投資家の策定に世界中を奔走した。ブラジル、中国、ロシアの巨大投資会社等にもあたった。ヘクターが前職のモトローラ社時代に付き合いのあった東芝にも話を持ちかけたが、結局、交渉は実らなかった。そんな中、俄かに浮上したのがUAEの投資会社Mubadala Investmentだった。

「技術を持つAMD」と「資金を持つMubadala」、一見単純に結びつきそうな組み合わせだが、実際のビジネス締結までにはなかなか至らなかった。というのも、Mubadalaには世界中から技術主導の案件が舞い込んでいて、それを捌く中間管理職の審査で滞ってしまい先に進まない。そんな中、ヘクターの秘密プロジェクトの一員だったヨーロッパ担当の役員が、当時AMDがスポンサーしていたF1のフェラーリチームの社長とのランチの際に相談した。「なかなかUAEの中枢に達することができないのだが、何かいい案はないか?」。

すると、フェラーリチームの社長は「ちょっと待ってね」と言って席を立って、10分ほどすると戻ってきて、「いま携帯電話でUAEの皇太子と話したんだが、Mubadalaは興味があるらしいよ。後はよろしく」、と言ってランチを終えた。その後話がトントン拍子に進んでAMDのドレスデン工場を基軸とするグローバルファンドリーズ社の2009年の設立に至ったという話だ。

国際投資の条件が厳しくなる今後の半導体業界

これらはもう20年近くも前の話になる。今日の経済ブロック化を考えると、半導体に代表される先端技術移転の案件には政治的な要素が付きまとう。政府が安全保障上の理由で介入するので、トップ同士の話では決まらない。報道によれば、UAE国内への半導体工場建設に対して豊富な水の確保を政府が約束したという。高度な人材確保も大きな課題である。益々不安定になる米国と中東諸国の関係も微妙に変化している。

半導体企業CEOのかじ取りはさらに難しくなる。