毎年恒例の米TIMES誌「世界で最も影響力のある100の企業」2024年版を読んでいたら、半導体業界からは常日頃私がフォローしているAMD、Intel、NVDIAが選ばれていて、IntelのCEOであるPat Gelsingerへの長めのインタビュー記事が出ていた。かなり長い記事だったが思わず一気に読んでしまった。ついこの前まで「世界最大の半導体企業」として20年間業界に君臨してきたIntelは現在大きな問題を抱えている。かなり弱含みの第2四半期の決算と同時に大規模な人員削減を発表したIntelのCEOの頭に去来するものは何か。

Time誌に掲載されたGelsingerのインタビュー

Gelsingerは80486を始めIntelの全盛期を支えた歴代プロセッサーの設計などに関わり、CTOまで上り詰めた、まさにIntel生え抜きのプロセッサー・エンジニアである。その後、Intelを退社しEMCやVMwareでの経営の経験を積み、3年前IntelにCEOとして舞い戻った。

Gelsingerの復帰には、生産プロセス技術での躓きや複合的な問題を抱えながら漂流し始めた巨大企業Intelを再建するという大きな使命が与えられた。Gelsingerの復帰は、往年のIntelをよく知る業界人たちには非常に好意的に受け入れられ、「Intel復活」への期待は大いに膨らんだ。

CEO就任後間もなくGelsingerが発表した復活計画は「IDM 2.0:IntelをTSMCに伍するファウンドリ会社に育てる」といういかにもIntelらしい大胆なもので、業界は大いに驚かされた。

  • Intel CEOのPat Gelsinger氏

    Intel CEOのPat Gelsinger (出所:Intel)

折しも、半導体サプライチェーンを自国内に取り込むという米政府からの巨額の補助金を受けながら、果敢に研究開発と設備投資に資金をつぎ込むIntelであるが、本業のプロセッサービジネスで競合のAMDとNVIDIAに遅れを取り、今年は通年で赤字となる予測で、今後の成り行きについては株主を含め業界人の多くが懐疑的になっている。確かに、Gelsinger復帰後すでに3年以上経つ現在でもIntelには復活を示す目立った成果が見られない。そんな状況で敢えて受けたTIME誌の独占インタビューでGelsingerが強調するのが、半導体ビジネスの長期戦略性である。「半導体ビジネスは四半期で状況が変化するほど容易なビジネスではない。IDM 2.0は取締役会が承認した5年計画だ。現在Intelはその目標に向かって着実に実績を上げている」と強調するGelsingerであるが、足元の業績はかなり悪化していて大規模な人員削減を含む大きなコストカットを強いられている。

Gelsingerが熱っぽく語るのが、1985年のIntelの歴史的大転換である。それまでの主力であったDRAMビジネスから撤退し、マイクロプロセッサーに資源を集中するという大英断を下したのが当時のCEO、Andy Grove(2016年没)だった。その大転換後IntelはPC/サーバー市場の急成長に乗って大企業となり、「世界最大の半導体企業」の冠を20年以上守り続けた。半導体業界のレジェンドとなったGrove直系の秘蔵っ子と言える存在であるGelsingerの語りは、存亡の危機にあるIntelのCEOとして生き残りをかけた大転換の決断を主導する責任者としての凄味がある。そこにはシリコンバレーを代表する世界的企業としてのIntelのプライドが満ちていて、「Intel復活」という大役を果たせるのはGelsinger以外には考えられないという印象を持った。

  • Intel中興の祖と言われるAndy Grove

    Intel中興の祖と言われるAndy Grove (著者所蔵イメージ)

40年前とは大きく変わった半導体市場

しかしGelsingerが語る「Intelの大転換」の成功には大きな壁が立ちはだかる。40年前のDRAM撤退の原因となったライバルは東芝、日立、NECなど日本のメモリー半導体企業であったが、現在Intelが立ち向かう状況は構造的に複雑なものになっている。

現在のIntelのライバルは、x86 CPU分野での仇敵AMD、ファウンドリビジネスで世界市場の60%以上のシェアを持つTSMC、それにAIブームに乗って「世界最大の半導体企業」というIntelの冠を奪ったNVIDIAである。40年前の半導体業界は、設計と製造を一貫して行う垂直統合型のIDMビジネスモデルが主流であったが、現在ではファブレス企業とファウンドリ企業が緊密に協業する構造となっている。高度に装置産業化している半導体ビジネスは、四半期ごとの決算にとらわれない長期戦略がカギだ、というのはドレスデンをはじめとする自社ファブを売却(後にGlobalFoundries社となる)してファブレスとなったAMDに長年勤務した経験から私的には非常に納得がいく点だが、構造変化が激しい現在にあって、IntelのIDM 2.0での復活には下記の懸念点がある。

  • ファウンドリ市場で独走を続けるTSMCとIntelの間にはプロセスノード技術で2世代以上のギャップが生まれている。このギャップをどうやって埋めるか。
  • 世界最大の半導体企業として業界に20年君臨したIntelだが、ファウンドリビジネスの経験は皆無である。他企業との緊密な協業を前提とするファウンドリのビジネスモデルでIntelは業界から支持を得ることができるだろうか。
  • IDM 2.0が結果を出すのは早くても2025年の後半と考えられる。その時の市況はTSMC以外の巨大ファウンドリ企業を必要とする規模になっているかはわからない。しかも足元のビジネス状況は非常に厳しい。CPUではAMDにシェアを奪われ、AI半導体の主導権はNVIDIAが持っている。IDM 2.0実現に必要な資金投入の継続は可能なのか。

AI分野が今後の半導体ビジネスを牽引する中心プラットフォームとなるのは明らかだが、最も利益率の高いデータセンターやクラウド側のビジネスの中心はすでにNVIDIAに握られている。

AIは今後エッジ側にその普及の主軸を移すと考えられるが、エッジ側のAI半導体ビジネスは基本的に組み込み分野で、利益率の上限は限られている。インタビュー記事で、GelsingerはGAFAMなどのプラットフォーマーが自社開発するAIチップの生産委託ビジネスを期待しているという発言があったが、この分野はあくまでカスタム仕様のビジネスで、歴史的に大きなセグメントになったことはない。この辺の事情はGelsingerが一番心得ている事だと察する。

「計画は順調に推移している」、と繰り返すGelsingerであるが、何が頭に去来しているのかは本人のみぞ知るである。