ますます巨大化するITプラットフォーマーの影響力

最近Google、Facebook、AmazonなどのグローバルITプラットフォーマーの話題が沸騰している。

ざっと見渡しただけでも、下記のような報道が最近の新聞の見出しに踊っている。

  • アマゾンジャパンが取引先に「協力金要求」、公取委が独禁法違反の疑いで立ち入り。
  • EUがグローバルIT企業に対し独自デジタル課税を検討、米国は反発。
  • G20(金融・世界経済に関する首脳会合)で「アマゾン課税」協議へ。
  • Facebookから5000万人の個人データが流出悪用された可能性について米連邦取引委員会が調査開始。

巨大化し市場への影響力をますます強めるITプラットフォーマーへの税務・独禁当局の反撃が始まったように見受けられる。もともとこれらの当局は国ごとの組織であり、横の連携に弱点があったが、グローバルに事業を展開しますます実力をつけてくる企業への危機感を強め、やっと動き出したという感じである。当局がグローバル企業に対し抱く懸念は下記の点である。

  • グローバルに事業を展開するIT企業は節税のために法人税制優遇策を売りにしている国に本社を移し、グローバルの売り上げを集中して管理している。国をまたいで取引されるソフト商品のネット売買の売り上げは、物理的な在庫を持つ必要がないため各国のGDPに反映されないので実態がつかめなくなる。
  • グローバル企業が貪欲にユーザーを取り込むとそれらの企業活動のインフラがプラットフォームに発展し、それ自体が公共社会インフラと化す。多くの企業・個人はその支配下に置かれる構図が出来上がる。結果、自国企業のビジネスが消滅する。これは税制、雇用、自由市場をゆがめる結果となる。
  • これらの企業は不断のイノベーションによって常に新しいビジネスモデルを生み出してゆくので各国の規制は追いついてゆけずその差がますます開いてしまい、最後には国単位の制御が効かなくなる恐れがある。国家という概念に対する脅威となる。
  • クラウド、AIの驚異的な発展で圧倒的な個人情報を収集しているので場合によっては国を超えた影響力を持つ。ユーザーを取り込むサービスを間断なく繰り返すのでその情報量の蓄積は増える一方である。
  • グローバル企業へのユーザー依存度が高まるにつれ政治的な影響力にも発展しかねない。

市場独占について最も敏感に、しかも効果的に反応しているのはEUである。その規制の拠り所となっているのは市場独占によるユーザーへの負の影響である。EUはこういったグローバル企業をその域内に多く持たない。これらの企業はほとんどが米国から発生しているので、EUは域内でのグローバル企業への規制にはより積極的になる。国を代表するグローバル企業へのEU側からの一方的な規制には米国政府は反発している。しかし米国もロシア疑惑ではGoogleやFacebookなどのプラットフォームが政治的に利用されたとし警戒感を強めている。

こうした企業対当局の動きは自由市場での正常なせめぎあいで、お互いの役割がはっきりしていて利益相反の状況が生まれない限り健全な状況であるといえる。しかし、大きな市場規模を持ちながら、そのパワーバランスの構図がかなり怪しくなる恐れがある超大国がある、中国だ。

グローバルの当局の動きが及ばない市場、中国

これらの当局の世界的な協力とまったく独立する巨大市場が中国である。折しも、全人代で憲法改正をし、中国共産党の永久主席となった習近平氏がその権力を強めている状況ではこれからの中国の動きはますます不気味である。

AMD時代に知り合った香港出身の友達が10年前に私に言った言葉を思い出す。「中国にはGoogleも、Facebookも、Amazonもなんだって揃っている。名前が違って中国政府の管理下にあるが、その技術・能力はグローバル企業に決して引けを取らない。世界市場を取りに来るのは時間の問題だよ」。巨大市場に吸い寄せられるように中国市場に近づいたグローバル企業に対し、中国が自国での商売の条件として技術移転を要求した結果、中国は通常であれば何十年もかけて蓄積される技術資産を非常に短期間に獲得した。その政策は見事に成功し、現在の百度、アリババ、微信(テンセント)のような企業によって具現化され、あっという間に中国市場を掌握する存在となった。中国の強みは何と言ってもその桁外れな自国の市場規模と旺盛な需要に支えられた成長率である。14億人の人口を内包する一党独裁の国家が掌握する市場が毎年6~7%のペースで成長すればその影響力は早晩グローバル市場に及ぶことは十分に考えられる。

巨大企業と当局とのパワーバランスの構図で考えると、中国では一党独裁の国家が国民を管理する手段と引き換えに、寡占化した巨大企業の自国での経済活動への保護を取引することも考えられる。それらの企業の新興国などへの海外展開を後押しする可能性もある。

中国では都市部の人が集中するポイントには監視カメラがどんどん据え付けられ、高性能な顔認証システムで膨大な市民の個人データをクラウドに蓄積している。それは市民生活にとっての大きな脅威となる事は確かであろう。それが自国内での問題にとどまっていればそれはその国の問題であり、中国国民の選択にゆだねるしか方法はない。しかし問題は、巨大市場で力をつけた巨大企業がグローバルに事業を展開する段階に発展した時である。中国政府は独自の統治方法を持っていて、それをグローバル・スタンダード(この言葉も米国の変質によりかなりあやふやになってきてはいるが)に合わせるオプションはないと思える。その場合に一般消費者には与えられたプラットフォームにのっとって生活するほかには手がなくなるので、何でも中国流にならざるを得ない状況に陥ることも覚悟しなければならないかもしれない。

監視社会を70年前に見事に予言したジョージ・オーウェル

こんなコラムを書いていてふと思い出して、以前に読んだジョージ・オーウェルのSF小説「1984」(1949年発表)を引っ張り出してきて再度読んだ。舞台は1984年。第二次大戦後に核戦争が起こり、疲弊した地球に独裁国家が成立し、その国家では「テレスクリーン」と呼ばれる双方向テレビで国民の一人ひとりを独裁者「Big Brother(偉大な兄弟)」が監視するという話だ。このテーマはオーウェルが同じ時期に発表した「アニマル・ファーム(動物農場)」でも扱われたテーマで、その後の未来SF小説や映画で繰り返し取り上げられることとなった。独裁者によって世界が蹂躙された第二次大戦後間もない時期だったので、監視社会への強烈な反感・批判を含んだ小説となったのであろう。インターネットも存在していない1949年でその後の世の中の問題を予測するに至ったオーウェルのとてつもない想像力にはただ感嘆する。しかし、それにもまして不気味なのが読み返してみて改めて感じるその現代的な意味である。

吉川明日論一押しの一冊である。

  • ジョージ・オーウェルのSF小説「1984」の表紙

    「1984」は1949年イギリスの作家ジョージ・オーウェルが発表したSF小説。世界中の言語に翻訳され広く知られる。小説に登場する監視者「Big Brother(偉大な兄弟)」はすでに英語の一般用語になっている。写真は著者所蔵の1984の英語版の表紙。各国の言語に翻訳され、時代ごとにさまざまな表紙で出版されている

著者プロフィール

吉川明日論(よしかわあすろん)
1956年生まれ。いくつかの仕事を経た後、1986年AMD(Advanced Micro Devices)日本支社入社。マーケティング、営業の仕事を経験。AMDでの経験は24年。その後も半導体業界で勤務したが、今年(2016年)還暦を迎え引退。現在はある大学に学士入学、人文科学の勉強にいそしむ。

・連載「巨人Intelに挑め!」を含む吉川明日論の記事一覧へ