Samsungの5G戦略に見えるグローバル市場における微妙な事情

最近の経済誌で報道されたSamsung Electronicsの5G戦略の記事には、グローバル市場における微妙な事情が透けて見えてくる。

報道によるとSamsungは5Gをサポートする基地局などのインフラ機器の世界戦略において、まずは日本、米国、韓国、インドにフォーカスをするという。スマートフォン端末で世界のシェアをリードするSamsungではあるが、現行の4G市場での基地局のシェアは10%程度に過ぎない。それを、これら主要国の市場を積極的に取りに行って2倍の20%まで上げる戦略である。基地局ビジネスはB to Cの薄利多売の市場ではなくB to Bの市場であり、利益率もはるかに高い。スマートフォンの中に使われるCPU・メモリの市場で大きなシェアを持つSamsungが基地局市場に積極的に打って出て次世代通信のビジネスを総取りしようという重要な戦略である。しかし半導体、スマートフォンで世界をリードするSamsungもそのプラットフォームが5Gに移ればその主導権を他の企業に持って行かれるリスクがある。

この発表ではグローバル市場における下記のような微妙な事情が見て取れる。

  • フォーカスする国から中国が抜けている。中国は国を挙げて半導体、携帯機器、通信インフラ、電子決済インフラ、スパコン、AI、2次電池、そしてEVと、次世代の社会インフラを国産化するのに躍起になっている。なにしろ14億人(あるいはそれ以上)の人口を持った国内市場を抱えるのだから最強である。Google、Apple、Facebookなどの世界的ITプラットフォーマーでさえ、中国市場の開拓には苦労している。世界的企業のSamsungと言えども最初にターゲットとするにはいかにも分が悪いということであろう。
  • フォーカスする地域からヨーロッパも抜けている。ヨーロッパには高速通信インフラの2大巨頭であるフィンランドのNokiaとスウェーデンのEricsonがいるからだ。
  • 日本での通信キャリアのパートナーはKDDIだ。最大手のNTTドコモはすでにフィンランドのNokiaと手を組んでいる。

2時間のビデオを現在の4Gで送るに約6分かかるのが、5Gでは3.6秒になるという。この驚異的な転送速度はいろいろな社会インフラを変えてゆく大きなポテンシャルを持っている。各国も今年の後半から来年にかけてサービスを開始する予定らしいが、大容量のメモリと同じで、通信帯域の拡張はだれもが歓迎するところであって自然と期待が高まる。

その中でも、もっとも期待されるのはリアルタイム性を要求される自動運転であろう。昨年から続く半導体需要の旺盛さは、今年に入っても衰えるところがない。長年シリコンサイクルのアップ・ダウンで痛い目にあった経験のある私にとっては、傍観者ではあるがハラハラドキドキで見ている。しかし市場関係者の声では、スマートフォンの在庫で多少調整は入るものの、それと並行して成長著しい自動車部門が手堅く支えているので、もはや常勝のスーパー・サイクルと言われるほどである。

5Gを積極的に取り込み世界をリードすることを狙う中国

先日のニュースで、安倍首相がバルト3国の1つエストニアに訪問した際に、安倍首相自身が電子政府を進めるエストニアのE-Residenceシステムを使ってエストニアの国籍(電子居住権)を取得しているということが報道された。スイス政府も仮想通貨での納税を可能とするなど、IT先進国の動きが目立ってきている。

エストニアやスイスは人口が少ないため、法整備は比較的に簡単にできるのが強みであろう。しかし、リアルビジネスでこれからのIT全体を先導するのは何と言っても中国だろう。エストニアの人口は130万人である、それに比較して中国はその1000倍以上、しかもその世界一を誇る人口を一手に束ねるのは一党独裁の中国共産党である。共産党が国を挙げて有無を言わさず法整備をすすめれば、技術面でのイノベーションと並行して向かうところ敵なしである。中国の戦略は以下の通りである。

  • まず先進のITプラットフォーム技術を国産化する。半導体はこの技術国産化の大きな柱の1つである。中国はシリコン・インゴット、ウェハから先進デバイス設計に至るまでの川上から川下までのすべてのサプライ・チェーンを強化している。
  • 国内技術育成と並行して法整備も進める。EV/自動運転をはじめとして、再生可能エネルギー、電子決済、サイバーセキュリティなど技術イノベーションだけでは解決できない実際のビジネスに不可欠な法整備の部分を、一党独裁の強みを生かして驚異的なスピードで推進する。
  • 国内技術、法整備が整えば海外ベンダの参入も受け入れるが、その場合は法律でもってローカル・コンテンツ(現地調達率)を上げさせることを条件とする。これにより、14億人を抱える巨大市場はいよいよ活性化される。市場が活性化されれば競争が促進され、技術はますます磨かれ、価格は下落する。
  • 国内市場で十分に競争力を持った技術+価格でもって、満を持してグローバル市場に打って出る。

マーケティングのイロハ通りにすべてを進めているのだが、そこには一部の隙も無い。あるとすれば中国共産党の一党独裁がいつまでこのまま継続可能かということくらいであろう。

これらの手法は日本もかつて採用した成長のシナリオであるが、日本の場合は中国ほどの市場規模がなかったし、残念ながら少子化によって成長が止まってしまった。アメリカ企業は技術的に未だに主導権を握っているが、トランプ政権の自国中心主義の政策にてこずっているように見える。

技術革新がいくら先行しても、それが実際の市場で採用(Deployment)されなければそれ以上に発展しない。しかし中国ではこれらの先進技術がいち早くサービスレベルに移行されることが予想される。これらの先進技術の国内化の戦略の中心にあるのが5G広帯域通信インフラであることは明白である。世界屈指の実力を持つSamsungでさえも中国市場には一筋縄に参入できない事情は十分に理解できる。

著者プロフィール

吉川明日論(よしかわあすろん)
1956年生まれ。いくつかの仕事を経た後、1986年AMD(Advanced Micro Devices)日本支社入社。マーケティング、営業の仕事を経験。AMDでの経験は24年。その後も半導体業界で勤務したが、今年(2016年)還暦を迎え引退。現在はある大学に学士入学、人文科学の勉強にいそしむ。

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