はじめに

「もし、自分の部署に新入社員がやって来たら、どうすれば良いのか」――そろそろ、こういったことを考える人も多いことでしょう。

企業において、人材育成は重要な課題のひとつと言えます。ところが、『こうすれば、うまくいく』という明確な方法はなく、育成する側/される側、それぞれに合った方法を模索しながらの、困難なやり取りとなります。それが「組み込みエンジニア」というプロフェッショナルな人材の育成ともなれば、なおさら困難を極めることでしょう。

本連載では、開発現場において実際にどういった人材育成を行っているのか、どういう姿勢で取り組んだらうまくいくのかについて、3組の「育成した側/された側」を見ていきます。

第1回目である今回は、新人を"育成した側"である遠藤さんを取材しました。

現在は、カーナビゲーションシステム(以下、カーナビ)のマンマシンインタフェース部分の開発リーダーを担当しています。私は入社14年目になりますが、これまでは集中制御システムのコントロールボックスや、鉄道会社の運行指令盤など、おもに映像情報の表示系に関わる開発に携わってきました。最近では、カーナビの開発需要が急増していて、会社としても人員増強が急務となりました。そこで、2007年5月に私たちのチームはカーナビチームと合流しました。
したがって、カーナビについては私も含めてほかのメンバーもまだ経験が浅いのですが、社内にはカーナビの専門家も多くいます。また基本的にインタフェースの部分はほかの組み込み系技術と共通するところが多いので、新しい製品と格闘しつつも、楽しく仕事に取り組んでいます。

デバイスの中身はブラックボックス?! まずはものづくりへの興味を引き出すことが重要

私のミッションは、開発チームのリーダーとしてチーム全体をまとめていくことと、若手のエンジニアの育成です。私が入社したころは、「組み込み」や「エンベデッド(Embedded)」という言葉は今ほど普及していませんでしたが、ソフトウェアのエンジニアでも、マイコン基板をいじったり、はんだごてで機械を組み立てたりすることが好きな人たちが多かったような気がします。ソフトウェアを書いて、それを使ってハードウェアを制御することにおもしろみを感じた世代です。ソフトウェアの動作を確認するためには、オシロスコープやICE(インサーキットエミュレータ)などさまざまな計測機器やツールを活用しました。

ところが、最近のソフトウェアエンジニアは、「ものをつくりたい」という気持ちよりも、むしろパソコンや携帯電話といったデバイス(製品)自体に関心があって、「デバイスを使ってWebサイトにアクセスして何かをする」というような興味からエンジニアを目指してやって来た人が多い。つまり、デバイスの中味はブラックボックスになっていて、どうやってそのデバイスを制御するかということには、興味がないか、興味があっても、その方法を知らないままで入社する人が多いのです。もちろん、オシロスコープの使い方も知らない人がほとんどです。

このままでは制御用のソフトウェアを作ることはできないので、まずはこのような新人たちに、制御用のソフトウェアのなんたるかを知ってもらい、興味を持たせるというところから新人の育成は始まります。

動くはずのプログラムが動かない - その苦労が大切

新人の育成において、まず大切なことは『設計』『実装』『テスト』という一連のプロセスを身をもって体験してもらうことです。このプロセスは、今後何を開発するにあたっても役立つと思うからです。各プロセスにおよそどのくらいの工期が必要なのかという見積もりについても、まずは自分ひとりで考えてもらいます。最初からその工期どおりにうまくいくはずもなく、必ず途中で失敗することは分かっているのですが、最初は何も言いません。それは、みずから失敗を重ねてこそ、初めて体得できるものがあるからです。もちろん、開発現場を新人に任せるにはリスクが伴います。新人の業務進捗を把握し、遅れをリカバリーできる体制は整えています。

入社2年目ぐらいになれば、客先常駐という形で実際の開発の現場に加わってもらうこともあります。文字どおり「客先でもまれる」ことが彼らにとって得がたい体験になっています。

当社は、3年前から新人研修の一環として、組込みシステム技術協会主催のソフトウェアデザインロボットコンテストである「ETロボコン」に新人がチームを作って参加しています。ここでは、プログラムどおりにハードウェアが動かない、実環境のさまざまな外的要因でロボットがコースアウトしてしまうといったことを彼らは痛いほど経験します。さらに、チームのリーダーシップやマネジメントについても多くのことを学んでいるようです。

私は、ETロボコン参加チームの取りまとめとして参加しました。と、いっても実際に活動したのは、新人と指導員役の入社2年目の社員です。「組み込み」は決して失敗してはいけない世界――製品によっては人の命にかかわることになりますから。それをETロボコンで疑似体験し、「失敗」を肌身で感じ、成長していく後輩を頼もしく感じました。とくに指導員役の成長には、目を見張るものがありましたね。

ハードウェアを知ることで、より優れたソフトウェアが書けるようになる。ソフトウェアを知ることで、より優れたハードウェアをつくることができる。ひとりの力ではできないことも、人を束ね、人を動かすことで達成できる――それらもまた組み込み開発のおもしろいところです。こうしたOJTやイベント参加を経て、一刻も早く、ものづくりの醍醐味に触れてもらえれば、人材育成の最初の段階は『成功』と言えます。

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今回は組み込みエンジニアを目指して入社してきた新人を"育成した側"の遠藤さんのお話を伺いました。次回は、遠藤さんから"育成された側"である惣島さんが登場します。お楽しみに。

"育成した側"の遠藤さん(右)と"育成された側"の惣島さん(左)

執筆:広重隆樹(編集工房タクラマン) / 編集協力:宮澤省三(エム・クルーズ)
写真:簗田郁子 / 取材協力:日立アドバンストデジタル

※ 次回は2月4日に掲載いたします。