2013年10月より、電気自動車カーシェアリングサービス「チョイモビ」が横浜市ではじまった。このサービスは、スマートフォンで事前予約することで、街中のちょっとした移動に超小型の電気自動車を利用できるといった試みだ。移動の質を高めるための、まちづくりの実証実験でもある。

好評となっている「チョイモビ」サービスの企画を担当する日産自動車の小林氏と、ITを使ったものづくりで開発支援を行うプロトラブズ社長トーマス・パン氏の両者の対談インタビュー、「モノづくりからコトづくりへの実践」。後編となる今回は、「チョイモビ」から日産が目指すゼロエミッション社会にまで話が及んだ。

使命はゼロエミッション

小林慎吾氏(以下 小林氏): 我々のチームは、「ゼロエミッション企画チーム」です。EV(電気自動車)が受け入れられる「ゼロエミッション社会」を整え、日産ならではのEVの価値を発掘・創造し、人々の生活を豊かにするというミッションを掲げています。「チョイモビ」は、このミッションのための一つのピースなんです。まず、新しい社会の中で価値をつくる。そこで得た賛同が、自然と業績に反映する。こんな順番で考えています。

トーマス・パン氏(以下 パン氏): ゼロエミッションというレベルの高い挑戦をされているわけですが、まだまだガソリンやディーゼルエンジンが主流である今の状況からそれを達成するには、どのようなハードルがあるのでしょうか?

小林氏: 例えば、私たちは「リーフ」という排気ガスを出さない電気自動車をつくりました。これを広めるには、全国に充電スポットを設置する必要があります。インフラ整備は、簡単なことではありません。
また、電気自動車というのは、車として「走る」ことだけではなく、「エネルギーマネジメント」の領域にも踏み込み始めました。単に「ガソリンではなく、電気で走る車を発明しました」というだけではなく、新しい付加価値を発掘・創造する必要があるんです。それは例えば、電機メーカーやハウスメーカー、太陽光パネルの設置業者などと協力し、「パッケージソリューション」として提供していくということです。今まで誰もやったことがないので、すごくチャレンジングですし、やりがいもありますね。

電気自動車は「クルマ」だけでは終わらない

プロトラブズ合同会社社長&米Proto Labs, Inc.役員 トーマス・パン氏

パン氏: ということは、既に市販しているリーフもゼロエミッションの企画の大きな柱ということであることは明らかですが、具体的な使命や提案があれば教えてください。

小林氏: まず第一の使命としては、我々が直接販売しているわけではありませんが、リーフを活用した新しい価値をつくることです。リーフには、相当な電気を蓄えることのできるバッテリーが入っています。これを家と繋いだり、ビルと繋いだり、複数台を繋いでコントロールすると、非常に効率的にエネルギーを使うことができます。そうすればコストが節約できますし、災害時にはバックアップ電源としても使えます。このように、リーフは単なる車ではないと考えているんです。

パン氏: 確かに、車は動く住環境空間のように「第二のリビング」みたいになってきているところがありますね。

小林氏: ええ。電気自動車なら排気ガスが出ないので、家の中まで入ってリビングの一部として使うこともできます。あるいは、病院の中まで患者を運ぶことだってできるかもしれません。

実際に、一昨年の10月に「LEAF to Home」という、リーフから家に給電するサービスをスタートしました。そのおかげで、我々のコンセプトを明確に伝えることができた結果、日本だけではなく、ヨーロッパやアメリカからも、ほぼ毎日のように、「電気自動車を使ってエネルギーマネジメントをやりたい」というお問い合わせをいただきます。

パン氏: それは、リーフという市販車が世に出たことで、すぐに実践できるというモチベーションの下で、新しい関係性が生まれつつあるということですね。?

小林氏: ええ。実際に乗っていただいて「いいね」と思ってもらうのと同じように、実際にモノを出して、使ってみてもらわないと、机上の戦略的理論だけでやっても、なかなかうまくいきません。

パン氏: 確かに、私も、チョイモビの車を1台持って帰りたいと感じています(笑)。実は、以前オートバイに乗っていたんですが、転倒事故を起こしかけたことがきっかけでやめました。四輪車は安定性があり、長く乗れるこのサイズはぜひあってほしいと思います。

小林氏: 窓がないので「寒いよ」という意見もいただくのですが(笑)。あまり大きくすると軽自動車になってしまうので、ポジティブなフィードバックをやる気の源泉にしながら、今後も進めていきたいと思います。

「実際に試す」ことからアイデアの革新がはじまる

日産自動車 ゼロエミッション企画本部
主管 小林慎吾氏

小林氏: 実は「チョイモビ」は、半年で立ち上げたサービスです。私の社会人生活の中で、こんな離れ技は今までありませんでした。綿密な計画を立てても、いざ実行段階に来ると、毎日のように予測していなかったことが起きます。それをどうやって解いていくのか、格闘の日々です。

パン氏: まさにソフトウェアの世界と同じですね。いくら予想を立てても、その通りに進まなければ、用意したプランは役に立ちません。斬新性を含めた新製品をまず作って試してみながら、発生する問題を管理しながら解決していく方が、革新的なプロジェクトには効率的だと思います。

小林氏: 確かに、革新的なアイデアにチャレンジする時は、モノや仕組みを実際に試して、そこから得られた「実践知」を基に次を考えるという、試行錯誤的アプローチが重要ですね。ただ「まずやってみてから話をさせて下さい」が伝わらないときもあるのですが(苦笑)

パン氏: しかし、日産さんほどの会社規模になっても、「やってみなければ分からない」という起業家精神から、実際にこのチョイモビのようなプロジェクトを立ち上げられるということは素晴らしいと思います。

ITの時代は、モノをつくって待つ必要がなく、やりながらその場でソフトウェアでプロセスを改善したりできます。新しいモノづくり・コトづくりにはスピードが求められますね。私どものお客様がまさに同じ立場で、その即対応が必要なニーズにお応えできるよう、日々努めています。

小林氏: あるアメリカのベンチャー企業は、アイデアを社内でプレゼンする際に「プロトタイプを見せること」を課しているそうです。それを見ながら全員が、こうしたらもっと面白くなるなど、熱い議論を重ねて、アイデアを磨いていました。

私がその事例を知った時、彼らは針金や粘土や発泡スチロールでプロトタイプをつくっていましたが、ITによるものづくりを行えば、より短期間に、高度なかたちをつくることができますよね。それは、「実際に試す」プロセスを高速回転させ、アイデアを現実のものにしていくために欠かせないことでしょう。プロトラブズさんは大変重要な役割を担ってらっしゃると思います。

モチベーションの源泉は、信じた未来を創ること

小林氏: チョイモビは、今はなんとなく格好よく走っているようにみえますが、裏にはお恥ずかしいエピソードがたくさんあります。実験段階で会員カードをかざしても車が反応せず、開発者がいるフランスと日本を何度も行き来したこともありました。実は何度か、もうやめようかと思ったこともあります(苦笑)。でも、奇跡的に生き延びることができました。

パン氏: 私は、会社経営の現実はシンクロナイズドスイミングに近いと考えています。水面上で見えている部分は美しいですが、水面下では必死になっているので、決して美しいとは言えない場合が多いです(笑)。だからこそ、高い志を持って続けていく姿勢には強く共感できます。チャレンジ無くして、得られるものは無いですからね。

小林氏: 我々の志は、ゼロエミッション社会を創ることです。そのために、新しいことをなんでもやろうというスタンスでいます。だから、モチベーションの源泉は、「自分が信じたもの・共通の正しい将来に向かって進んでいるんだ」という思いですね。それがないと動けないとしみじみ思います。その志が、日々の問題解決能力に繋がっています。

今後、チョイモビを他の都市に移植する時も、たぶん同じやり方じゃできないでしょう。住んでる人も、自治体も土地柄も違いますから。また一品モノの取り組みになると思います。

パン氏: 素晴らしいビジョンだと思います。チョイモビ、いつか持って帰らせていただく日が来ることを、楽しみにしています(笑)

小林氏: はい。私も将来、ああいう車を所有したいと思っています(笑)