電子戦(Electronic Warfare)というと、正規軍同士の交戦ではおなじみである。ところが、正規軍が不正規戦を戦う場面でも電子戦が関わってくることがある。

ところで電子戦って

と書き始めたところで気付いたのだが、これまで、電子戦について本連載でちゃんと取り上げたことはなかったようだ。第43回で、情報収集活動のひとつとして電子情報(ELINT : Electronic Intelligence)の収集について触れた程度だった。

ということで、電子戦についてかいつまんで説明しておこう。読んで字のごとく「電子による戦い」である。対象となるのは、レーダーと無線通信が双璧である。

…と、これだけでは説明になっていない。現代の業界の定義に基づいて列挙すると、以下のような話である。

  • 電子攻撃(EA : Electronic Attack)
    敵対勢力が使用しているレーダーや通信に対して、妨害電波をぶちかましたり贋信号を送り込んだりして、正常な、意図した通りの動作ができないように妨害する。強力なマイクロ波で物理的に破壊してしまうEAもある。いわゆるECM(Electronic Countermeasures)。

  • 電子防禦(EP : Electronic Protection)
    敵対勢力が仕掛けてくるEAに対抗して、レーダーや通信機が正常に機能できるようにする。耐妨害性の実現、といいかえてもよい。レーダーであれば周波数変換、通信機であればスペクトラム拡散通信の導入といった手が考えられる。妨害電波は特定の周波数を狙い撃ちにすることが多いので、そこから外れれば妨害されない可能性があるという理屈だ。もちろん、それら以外にもさまざまな手法があるだろう。

  • 電子戦支援(ES : Electronic Support)
    EAやEPを実現するために必要となる情報の収集。EAであれば、敵対勢力が使用しているレーダーや通信機、あるいはそれらが発信する電波(周波数や変調方式など)に関する情報が必要になる。EPであれば、敵対勢力が使用している妨害手段に関する情報が必要になる。いわゆるESM(Electronic Suppoert Measures)。

不正規戦で電子戦でどう関わるか

では、こういった話が不正規戦にどう関わってくるのか。

無線機ぐらいは使うだろうが、どんなに人手と資金が潤沢な武装勢力やテロ組織や反政府組織でも、レーダーや妨害機材まで持っているとは考えにくい。第一、ハードウェアだけ持っていてもダメで、それを使いこなすための知識や訓練、そしてESによって収集する情報が不可欠である。それは正規軍でなければ手に入れられない。

ところが、武装勢力やテロ組織を相手にしてEAを仕掛ける場面はあるのだ。その一例が、即製爆弾(IED : Improvised Explosive Device)の起爆妨害である。

すでに過去の本連載でも触れているが、IEDを遠隔起爆させる手段として、改造した携帯電話などを利用する、無線式のリモコンを使用する事例が多い。有線では電線をいちいち引っ張らないといけないし、起爆担当者は電線が届く範囲にいなければならない。その点、無線を使う方が有利である。

一方、IEDの起爆を阻止する側から見ると、無線の方が妨害しやすい。有線だと電線を見つけてちょん切らなければならないが、無線なら妨害電波を使える。そして相手が携帯電話を改造しているのだと分かっていれば、携帯電話で使いそうな周波数の電波に的を絞って妨害すれば、「当たり」が出る可能性は高まる。

さらに徹底するのであれば、ES用途の電子情報収集機材を用意して、IEDの起爆に使っていそうな電波を収集したり、発信源の位置を突き止めようと試みたりする。それによって、起爆ボタンを押す前に犯人を見つけ出して拘束、あるいは射殺するとか、起爆ボタンを押しても機能しないようにするとかいった手を講じるわけだ。

実際、米軍はイラクやアフガニスタンでIED攻撃に悩まされたため、CREW(Counter RCIED Electronic Warfare)と呼ばれる妨害電波発信機材を持ち込んだり、電子情報収集機を飛ばしたりしていたという。

CREWの後継・JCREWを背中に背負った米軍兵士(US Navy)

このほか、敵対する相手が無線機でやりとりしているのであれば、当然ながらそれを妨害する手も考えられる。市販の民生用無線機、たとえばCB無線機みたいなものを使っているのであれば、軍用の無線機と比べたら妨害しやすいのではないだろうか。

電子の話ではないが…

電磁波の範疇からは外れるが、ついでの話をひとつ。

IEDと並んで悩まされているもののひとつに、狙撃がある。狙撃手は物陰に身を隠して一発必中の銃弾を放ってくるので、対処が難しい上にダメージが大きい。ただ、姿を隠すことはできても、射撃の際に生じる音・衝撃波・銃口炎までは隠せない。

そこで、その音や衝撃波を探知することで、狙撃手の居所を掴むことができるのではないか、という考えが出てきた。そこで、前回にも登場したBBNテクノロジーズ社が開発したのが「ブーメラン」という狙撃源探知システムである。

これは車両からマストを立てて、その上にマイクを7本取り付けた構成だ。マイクロホンの指向性が強ければ、もっとも強いシグナルを受信したマイクロホンの方に狙撃手がいるということになるし、マイクロホンごとに音の到達時間差をとって計算処理を行えば、さらに精確な位置標定が可能になるだろう。マイクロホンは三次元的に突き出しているから、立体的な位置標定ができる。

これが狙撃を探知すると、音声による警告を発するだけでなく、「○時の方向」という形で位置情報をディスプレイに表示する。その情報に基づいて、物陰に身を隠したり、狙撃手を捜したりするわけだ。

米陸軍で広く用いられている、ブーメラン狙撃源探知システム(US Army)

さらに、センサーと表示装置を小型化して個人携帯を可能にしたタイプも登場している。製品事例としては、BBNテクノロジーズ社製のブーメラン・ウォーリアXと、キネティック・ノースアメリカ社製のSWATS(Shoulder-Worn Acoustic Targeting System)がある。

どちらもシステム構成は似ていて、「肩の部分に取り付けるセンサー」「ヘルメットに取り付ける音声警告用のイヤピース」「腕の部分に取り付ける小型の表示装置」「電池」といった内容だ。

執筆者紹介

井上孝司

IT分野から鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野に進出して著述活動を展開中のテクニカルライター。マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。「戦うコンピュータ2011」(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて「軍事研究」「丸」「Jwings」「エアワールド」「新幹線EX」などに寄稿しているほか、最新刊「現代ミリタリー・ロジスティクス入門」(潮書房光人社)がある。