2026年4月3日に、米空軍・第48戦闘航空団・第494戦闘飛行隊所属のF-15Eストライクイーグルが、イラン上空で撃墜された。パイロットは数時間後に救出されたが、後席に乗っていた兵装システム士官(WSO : Weapons Systems Officer)が救出されたのは2日ほど後のこと。この救出劇で鍵を握ったデバイスといえる、CSEL(Combat. Survivor Evader Locator)の話を書いてみる。→連載「軍事とIT」のこれまでの回はこちらを参照
なぜ撃墜後のパイロット位置は特定できるのか?救難通信機の進化
ビーコンとは何か?電波で位置を探す仕組み
救難用の通信機については、以前に第552回で少し取り上げたことがあったが、あまり詳しくは書いていなかった、たまたま今回、それが本番で役に立った事例が発生したことになる。
第552回で出てきたAN/PRC-90救難用通信機は、純然たる通信機。音声通話の周波数が282.8MHzと243.0MHz、ビーコンの周波数が243.0MHzで、いずれもVHF(Very High Frequency)に属する。このうち243.0MHzは “guard channel”、つまり救難用の共通周波数に指定されている。
ビーコンは、救難機が救出対象者(サバイバー)を見つけ出すために使用する。救難用通信機でビーコンを作動させて、その電波を救難機の方向探知機で受信すれば、サバイバーがどちらの方向にいるかが分かる。そしてサバイバーの頭上を通過すると方位が反転するから、それでおおまかな位置が分かる。サバイバーとの間で無線交信が可能なら、「いま頭上を通過したぞ」と知らせてもらう手も使える。
あとは、音声通話で状況や所在地を確認したり、本人確認をしたりといった話になる。そういった基本機能は、後継機となったAN/PRC-112の初期型も同様だった。
いずれも個人で携行できる小型通信機だから、送信出力はそんなに大きくない。その通信機の通信可能範囲内まで救難機がアプローチできなければ、救難も何もあったものではない。被撃墜の際に僚機が一緒にいれば、「どの辺に墜ちた」と報告できるが、常にそれを期待するのは虫が良すぎる。
なぜGPSが必要だったのか?自己位置把握の限界
それにサバイバーの側にしても、(しかるべき訓練を受けているにしても)自分の現在位置を精確に把握して味方に知らせるのは骨が折れる。しかも、周囲にいるであろう敵の捜索隊から身を隠しながら、それをやらなければならない。
そこで1990年代に、まずGPS(Global Positioning System)受信機を組み合わせて、サバイバーの自己位置把握を改善した。AN/PRC-112にGPS受信機を組み合わせたのが、AN/PRC-112B、いわゆる “Hook-112”。
1998年6月にボスニア上空で米空軍のF-16がSA-6地対空ミサイルに撃ち落とされたときには、パイロットは民生品のGPS受信機を持っていて、それで得た位置情報を無線で送っていたらしい。しかし、救難用通信機にGPS受信機を一体化すれば、荷物は減るし、ダイレクトに座標を送れる。
なぜ音声通信は危険なのか?テキスト通信が導入された理由
また、ビーコンも改良した。AN/PRC-90のビーコンは、単に誘導用の電波を出すだけのアナログ式だったから、識別情報がない。敵が悪用しても見分けがつかないから、サバイバーに加えて救難機まで危険にさらすことになりかねない。
そこで、406MHzのUHF(Ultra High Frequency)電波を使用するビーコンを導入するとともに、ビーコンから固有のシリアルナンバーみたいな識別情報を送信できるようにした。
しかし、まだ話は終わらない。音声通話をすれば当然ながら声を出さなければならないから、それでサバイバーがいるとバレる可能性がある。聴き取る方はイヤホンを使えばいいが、サバイバーが声を発する必要性はなくならない。
そこで、テキスト・メッセージ機能が登場した。事前に登録してある複数の定型文の中から選んで送信するだけで、「敵に捕まりそうだ」「負傷したが移動はできる」といった具合に、サバイバーの状況を知らせることはできる。また、パイロットが負傷したり意識を失うなどして、機器を操作できる状態にない場合でも、地上側からメッセージを送って、自動応答を受けられるようにした。
CSELとは何か?衛星通信で救難を成立させる仕組み
どうやって位置情報は届くのか?UHF衛星通信の流れ
こうした進化を取り込むことで、今のCSELシステムに行き着いた。単に航空機搭乗員に救難用無線機を持たせるというだけの話ではなく、位置標定から救出までの流れをシステム化している点がキモである。
まず、搭乗員が携行する通信機はロックウェル(現ボーイング)製のAN/PYQ-7に進化した。中核となるのはGPS受信機とVHF/UHF通信機で、見通し線通信だけでなく、UHF衛星通信にも対応する。寸法は高さ7.8in×幅3.2in×厚1.6in、質量は31.8オンスで、バッテリは19~21日ほどもつとされる。
AN/PYQ-7は音声通話や406MHzのビーコンに加えて、テキスト・メッセージの送受信もできる。登録してあるメッセージは23種類。
また、GPSで得た現在位置の情報をUHF衛星通信でアップリンクできる。これはUFO(UHF Follow-On)またはMUOS(Mobile User Objective System)といったUHF通信衛星を介して、AN/GRC-242ベース・ステーションという名の基地局に送る。
その通信は周波数ホッピングと短時間のバースト通信により、敵による傍受を困難にしている。しかし、電波を出しっぱなしにすればリスクは増えるし、バッテリの減りが早くなるから、本番では間欠的に通信することになるのだろう。
その情報は、救難活動を統括するJSRC(Joint Search and Rescue Center)に送られて、救難作戦計画を立てる際の基本になる。キモは、デジタル・データ通信によって位置情報がダイレクトにJSRCに届くこと。もちろん、通信は暗号化されるが、「緊急」ボタンを押すと、国際共通周波数で平文の通信も行える。
敵に見つからないのか?暗号化と運用上の工夫
AN/PYQ-7には、作戦地域ごとに事前にデータを用意しておく「安全地帯」に関する情報を参照したり、救難機がピックアップする地点まで誘導したりする機能もある。こうしたミッション固有のデータをAN/PYQ-7にプログラムするため、CPE(CSEL Planning Equipment)を用意している。
もちろん、救難機がサバイバーのところに接近してきたら、見通し線圏内通信に切り替えて、直接、無線でやりとりする。無線でやりとりして、「秘密の質問」で本人確認を行う手順は、昔から使われている。
この、見通し線の無線通信を容易に、確実にすることを考えると、サバイバーは見通しのいい高所に陣取る方が好ましい。実際、ボスニアで撃墜されたF-16のパイロットは、捜索を逃れながら高所に向けて移動したとの話がある。
ただ、GPSに対する妨害や欺瞞の問題が顕在化していることを考えると、GPSに全面的に依存するのはリスクがある。昔ながらの救難手順も使えるようにしておくことが肝要だろう。
なお、AN/PYQ-7と同様に衛星を通じてサバイバーの位置情報を送信できる製品として、エルビット・システムズのPRC-648 PLB(Personal Locator Beacon)がある。地上波用のビーコンと音声通話には121.5MHzおよび243MHzのVHFを、衛星経由の送信には406MHzのUHFを使用する。ただしこちらは「非戦闘任務用」との位置付け。
井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナ4ビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。このほど、本連載「軍事とIT」の単行本第6弾『軍用通信 (わかりやすい防衛テクノロジー)』が刊行された。



