前回は、指揮管制装置のデモを見せていただいた具体例として、デンマークのシステマティックが手掛けている「Sitaware」と、シンガポールのSTエンジニアリングが手掛けているBMS(Battle Management System)を取り上げた。
今回はその続きで、指揮管制装置に人工知能(AI : Artificial Intelligence)を組み合わせるとこんなことができます、という話を。→連載「軍事とIT」のこれまでの回はこちらを参照。
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シンガポールのチャンギ空港に着陸する直前に撮影。特にここは混雑している海域だが、海の物流を支える数多の船舶が洋上を航行している様子をなんとなく実感できる。その中には、好ましからざる船が紛れ込んでいることもあり得る 撮影:井上孝司
海洋作戦向けのSitawareもある
前回に紹介した「Sitaware」は陸戦用だったが、実はこのシリーズには海洋作戦向けの製品もある。それが「Sitaware Maritime」。
彼我のユニット(洋上では個々の艦船ということになる)の位置やステータスに関する情報を得て表示するほか、指揮下にある艦船を組み合わせて任務部隊(TF : Task Force)を編成する、つまり戦闘序列を形成する機能もある。ただし陸戦の場合と勝手が異なるのは、洋上では民間の船舶も多数が航行していること。
その民間の船舶は、すべてが善玉とは限らない。ちょうど昨年から今年にかけて、バルト海で海底ケーブルが何者かに切断される事案が相次いでいる。その犯人として疑いの目を向けられたのが、ロシアなどの国の商船だ。一見したところでは無害に見える商船が、実は錨を海底に降ろしてウロウロと走り回り、海底ケーブルをちょん切っている……そんな構図である。
また、日本の近海では北朝鮮の「瀬取り」行為を監視するミッションが行われている。この場合、2隻の船舶が近接して、しばらく並んで同一針路・同一速力で航行しているはずだ。
今は、一定の条件に該当する民間のフネはすべて、船舶自動識別システム(AIS : Automatic Identification System)の搭載と作動が義務付けられている。AISのデータを受信して表示できるWebサイトがいくつかあるので、見てみて欲しい。いかに多くの船舶が洋上を行き来していることか。
そのすべてについて、いちいち所属、出発地、目的地、その間の航跡などを調べて回ろうとしても、到底、無理な相談である。そこで「Sitaware Maritime」が登場する。
参考 : AIS搭載義務船(海上保安庁・第十管区Webサイト)
Sitaware Maritimeでできること
前述したように、「Sitaware Maritime」は海洋作戦向けの指揮管制システムである。
軍艦が搭載する指揮管制システムは、自艦、あるいは複数の艦で構成する戦隊や艦隊の交戦を支援するためのシステムだが、「Sitaware Maritime」はもっと上のレイヤーを担当する。つまり、海域全体の状況を把握するとともに、どの艦をどこに差し向けて何をやらせるか、という意思決定を支援するためのツールである。
そして、状況把握の手段として、さまざまな情報源を活用する。海洋監視任務に従事している艦船や哨戒機からの探知報告だけでなく、前述したAISの情報も活用する。
デモで見せていただいた画面では、商船も軍艦も一緒くたに表示されていて、「MarineTraffic」みたいなAIS情報表示Webサイトと似た状況になっていた。それを漫然と眺めていても、「怪しい動きをしている悪玉」を見つけるのは無理である。
AIで怪しい動きをするフネを抽出
そこでAIを活用する。その膨大な艦船について動きを調べて、怪しい動きをしているフネだけを抽出するためにAIを活用する仕組みである。
そこで、瀬取り監視を考えてみる。前述したように、瀬取りをするためには2隻の船が近接して、並んで同一針路・同一速力で航行しなければならない。普通の商船は単独航行するもので、そんなことはしない。よって、「並んで同一針路・同一速力で航行している」フネを拾い出せば、瀬取りの疑惑があると分かる。
海底ケーブル切断の方はどうか。海底ケーブルが通っている場所は、既知の情報である。そこで、その「海底ケーブルが通っている場所」を普通の巡航速力で真っ直ぐ突っ切っているフネは「善玉」と判断できよう。一方で、海底ケーブルが通っている場所で速度を落として行ったり来たりしているフネがいたら、「悪玉」の疑いがもたれる。
そんな真似をするフネが、そんなにたくさんいるわけではないだろう。それをAIの力を借りて抽出する。そして該当するフネについて、AISの情報を調べて、所属、出発地、目的地、船名、航跡といったデータを確認する。
ただし悪玉の船なら、AISの情報を偽って発信しているかもしれない。最初は正しい情報を発信していても、途中でニセの情報に変更する可能性もある。そうした矛盾は、AISの情報を追うことで判明するかもしれない。
指揮管制システムから手持ちの資産を動かす
ただし、指揮管制システムだけでは「悪玉らしいフネがいる」ことまでしか分からない。ところが、指揮管制システムは、指揮下にある資産を動かすための指令を出す機能も備えている。
そこで、例えばMQ-9Bシーガーディアンみたいな無人洋上哨戒機、あるいは有人の哨戒機や艦艇を現場に差し向ける指示を出す。艦艇だと足が遅いが、哨戒機なら足が速いから、現地に駆け付けて当該船舶の映像を撮ることができる。
現物の映像を見れば、AISだけでは分からない情報が得られるだろう。瀬取りをしていれば、ブツの受け渡しをしている現場を押さえられる(かもしれない)し、海底ケーブルをちょん切ろうとしているのならば、錨を降ろしている様子を確認できるとの期待も持てる。そうやって「証拠」を押さえれば、さらに踏み込んだ対応につなげることができる。
単に「このシステムではAIを使っています」ではバズワード遊びにしかならない。ここで挙げた事例のように、具体的な目的があり、それを達成するためにAIを活用することこそが本筋であろう。
著者プロフィール
井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。このほど、本連載「軍事とIT」の単行本第5弾『軍用センサー EO/IRセンサーとソナー (わかりやすい防衛テクノロジー) 』が刊行された。