今回も前回に引き続き、BAEシステムズでHMD(Helmet Mounted Display)付きのヘルメット製品を担当しているフィル・バーナバ氏に伺ったお話をもとに進めてみたい。第582回で、「2024国際航空宇宙展」(以下JA2024)においてBAEシステムズが展示していたHMDを紹介しているので、そちらも併せて御覧いただければと思う。

  • いささか旧聞に属するが、これはBAEシステムズがJA2016で展示していたストライカーII HMD付きのヘルメット 撮影:井上孝司

HMDでなければできないこと

前回にも説明したように、HMDには「どちらを向いていても情報を得られる」という利点がある。しかもその際に背景の映像と重畳できるから、状況認識の面でもメリットがある。

格闘戦用空対空ミサイルでは、シーカーの視野角を拡げて、オフボアサイト能力、つまり前方だけでなくもっと広い範囲で敵機を捕捉・交戦できる能力を持たせるのが一般的になった。すると、真正面ではないところにいる目標を指示する機能が必要になる。

そこでHMDが役に立つ。パイロットが敵機の方を見て、「HMDに表示されたレチクルを敵機に合わせたところでロックオン・発射」とすれば解決できる。これはすでに一般化している技術。

  • AIM-9X(写真)みたいな当節の格闘戦用空対空ミサイルでは、真正面以外のところにいる目標を指示するために、HMDを活用した目標指示の機能が不可欠 撮影:井上孝司

こうした事情からすると、将来の戦闘機ではHUDよりHMDという方向に進むと考えられる。その便利なHMDは、果たして戦闘機だけのものなのか。

戦闘機以外でもHMDの出番はある?

理屈の上では、戦闘機でなくてもHMDというハードウェアの搭載は可能だ。しかし、それに見合った利点があるかどうかが問題になる。例えば、輸送機の操縦士がHMD付きのヘルメットを被っていても、「周囲をグルグル見ながら状況認識し続ける」ニーズがどれだけあるか。

そういう意味では、ヘリコプター、とりわけ攻撃ヘリコプターにニーズがありそうだ。と思ってバーナバ氏に訊ねてみたところ、ヘリコプターにはヘリコプターなりの難しさがあるという。

地面に近いところを飛ぶヘリコプターでは、地面と意図せざる接触をしないように、地面あるいは建物や樹木などとの距離を常に意識しておかなければならない。そして、目視で距離感をつかむには、2つのカメラを用意する必要がある、と説明された。要するにステレオカメラ、スバル車のEyeSightと同じ話になる。

そのカメラは、パイロットの頭が向いている方に指向し続けなければならないから、ヘルメットに組み込む必要がある。組み込むカメラの台数が増えれば、構造は複雑になり、電気配線は増えて、ヘルメットが重くなり、お値段が上がる。もっとも、ヘリコプターは機動の際に、戦闘機ほど大きなGはかからない点は有利だが。

重くなるといえば、実際にHMD付きのヘルメットを被って試してみたところ、フィッティングの話を抜きにしても、けっこう大きくて重たいものだなと感じた。

「それは井上さんの頭が小さくて、筋肉を鍛えてないからですよ」と大笑いになったのだが、実際の現場では「女性の戦闘機操縦士もいますけれど、特に重さが問題になったことはないですね」とバーナバ氏。もちろん、軽く作るに越したことはないにしても。

HMD付きヘルメットの機能を生かすと……

HMDの話から発展して、バーナバ氏は3Dオーディオの話もしてくれた。

ヘルメットの左右には、無線の交信や警告音声のために使用するスピーカーがひとつずつ組み込まれている。民生用のステレオと同じ理屈で、その左右のスピーカーから出す音声をコントロールすれば、ある音が特定の方向から聞こえる、といったことができる。

すると、「僚機の操縦士が無線で話した声が、僚機がいる方向から聞こえる、といったことが可能になる」とバーナバ氏。それなら、レーダー警報受信機(RWR : Radar Warning Receiver)が敵機・敵艦の射撃管制レーダーから出た電波を探知したときに、電波の送信元がいる方向から警告音声を流すことだって可能だろう。

「7時の方向に敵の地対空ミサイル!」なら「7時の方向から警告音声が聞こえる」という按配になる。もともとRWRは、受信した脅威の方向を割り出して表示する機能があるから、それを3Dオーディオの制御と組み合わせれば実現できる理屈となる。

HMD付きのヘルメットは頭の向きを検出する機能があるから、操縦士が真正面以外の方向を見ていても、それに合わせて警告音声を出す向きを調整できるだろう。

  • 冒頭の写真と同じヘルメットの後ろ側。表面に並んでいる突起が、位置や向きを検出するためのデバイス 撮影:井上孝司

なお、すでに軍用機の分野でも導入事例があるのが、ノイズキャンセリング機能。筆者は長距離の国際線に乗るときに、必ず私物のノイズキャンセリングヘッドホンを持って行くようにしている。たぶん、騒音のひどさでは軍用機の方が上だろうから、メリットは大きそうだ。

SFじみた話になるが、操縦士が頭の中で考えていること、あるいは身体の状態みたいな情報を検出する仕組みをヘルメットに組み込むことができれば、また新しい可能性が拓けるかもしれない。そうなるともはや、映画『ファイアーフォックス』の世界である。

ただ、アイデアとして面白い、技術的に面白い、技術的に達成のし甲斐がある、というだけで実際に開発に取り組めるのかというと、それはまた別の話。あくまでカスタマーが求めるものを作らなければならない、とバーナバ氏は念を押す。

戦闘機の操縦士が使うヘルメット、あるいはそこに装着するHMDに何か新しい機能を付け加えるのであれば、それは戦闘機が放り込まれる実戦の場で役に立つ、戦闘を勝利に導く役に立つものでなければならない。技術者の趣味で装備品の研究開発をやってはいけない。

まず、現場で「こういう戦い方をすれば、勝利に持って行けると思うが、それを実現するにはこれこれの能力・機能が足りない」「現時点で、これこれの能力を欠いているせいで不利な状況に置かれている」という課題を出す。それを受けて、問題解決のためにRDT&E(Research, Development, Test and Evaluation)を進める。それが本来あるべき姿だ。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。このほど、本連載「軍事とIT」の単行本第5弾『軍用センサー EO/IRセンサーとソナー (わかりやすい防衛テクノロジー) 』が刊行された。