前回まで12回にわたり、陸上の電波兵器を取り上げてきた。今回から、システムの統合化について書いていく。
本連載では普通、新しいテーマに切り替わったときは、最初に「概論」を書いている。しかし今回は趣向を変えて、発端となった製品分野の話から始めてみたい。そして次回に、概論を取り上げる予定である。
ということで、今回のお題は「統合化された電子戦システム」である。→連載「軍事とIT」のこれまでの回はこちらを参照。
BAEシステムズという会社
しばらく前に、BAEシステムズで電子戦関連製品を担当している方からお話を伺う機会があった。
「えっ、BAEシステムズって飛行機を作ってる会社じゃないの?」と思われそうだが、それはイギリスの話(BAE Systems plc)。業界再編を繰り返した結果として、同社は航空機も艦艇も装甲戦闘車両も手掛けている。
そのBAEシステムズは、企業買収などを通じてアメリカ市場でも大きな地歩を築いている(BAE Systems Inc.)。そこで大きな比率を占めているのが、各種防衛電子機器部門の分野。具体的には、GPS(Global Positioning System)受信機、敵味方識別装置(IFF : Identification Friend or Foe)関連機材、そして電子戦システムである。
また、モデリングやシミュレーションの分野にも力を入れている。この辺の話はまた、機会を見つけて取り上げてみたい。
そのアメリカのBAEシステムズが、米空軍のF-15EX向けに開発した電子戦システムがAN/ALQ-250 EPAWSS (Eagle Passive/Active Warning Survivability System)。F-15EXのみならず、日本がこれから実施するF-15Jの近代化改修でも導入することになっている。
同社はこのほか、F-35用のAN/ASQ-239電子戦システムも手掛けている。そしてこうした最新の電子戦関連製品について、「うちの製品は統合化された電子戦システムである」というところを非常に力説された。
例えば、ESとEAのシステムがバラバラだと?
以前にも本連載で取り上げたことがある通り、電子戦は3分野に大別される。レーダー電波の逆探知や電子情報収集といったES(Electronic Support)、レーダー電波や無線通信などを妨害するEA(Electronic Attack)、妨害に立ち向かう能力を実現するEP(Electronic Protection)。
これらの機能を実現するシステムや製品は、もう何十年も前から存在している。ただ、分野ごとに別個のシステムや製品を載せて、別個に作動させる時代が長く続いていた。だから、実戦の回想記でも架空戦記でもいいが、戦闘機のパイロットが、対空ミサイルに追われて「何回もボタンを押してチャフを射出して……」みたいな記述が登場する。どうして、そんな話になるのか。
いまどきの戦闘機なら、普通はレーダー警報受信機(RWR : Radar Warning Receiver)が付いている。敵軍が使用する射撃管制レーダー、あるいはミサイルが搭載する誘導用レーダーの電波をRWRが逆探知すると、警報を発する。初期のRWRは警報音をビービー鳴らすだけの代物だったが、その後、脅威の方向や種類まで教えてくれるようになった。
しかし、教えてくれるだけである。
その後に何をどう使って対処するかを考えるのはパイロットだ。レーダー誘導ミサイルなら、偽目標を作り出すにはチャフを撒く必要があるから、チャフ散布を指示するボタンをバシバシ叩く。あるいは、妨害装置(いわゆるECM : Electronic Countermeasures)を作動させる。そういう話になる。
そこでは「警報が出る→脅威の種類を読み取る→適切な対処手段を選ぶ→それを実行する」というサイクルが回る。間にパイロットという生身の人間が介在して。
そこで余計な時間を要したり、状況把握や対処手段の選択を間違えたりしたら命に関わる。しかも、その間も飛行機は操縦しなければならないし、さらに他に何か、追加のタスクが割り込んでくるかもしれない。
しかし、RWRみたいなES分野のシステムと、ECMみたいなEA分野のシステムが別個に載っていて、互いに無関係な存在のままでは、パイロットが仲を取り持つしかない。
ES・EA・EPの機能を統合化すると
それなら、ES・EA・EPの機能を統合化して、一つの「電子戦システム」にまとめ上げればいい。パイロットの代わりを務める「電子戦管制システム」という名のコンピュータを用意して、そこにESの機能やEAの機能をつなぐ。
そして、ESのシステムから入ってきたデータに基づいて状況を判断して、適切な対抗手段すなわちEAのシステムを作動させる。そういうソフトウェアを書いて走らせればいい。また、敵が仕掛けてきた妨害を打ち破る場面では、EPのシステムも必要になるだろう。
関連する機能をバラバラに作動させて、間を人間が取り持つ代わりに、連結・連携させて一元的に機能させる。そのことの重要性を分かりやすい形で示しているのが電子戦の分野だといえる。
そして、それを具体的な製品に落とし込んだ一例が、冒頭で名前を挙げたBAEシステムズのEPAWSSであり、AN/ASQ-239であるというわけだ。
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F-35のAN/ASQ-239統合電子戦システムは、EA・ES・EPの機能を統合して一元的に管制・機能させる 引用:(米議会調査部門報告書 “U.S. Airborne Electronic Attack Programs: Background and Issues for Congress Updated May 14, 2019 ”
電子戦システムの能力は、カタログ・スペックに現れるような数字だけで決まるわけではない(秘匿性が高い分野だから、カタログ・スペックの数字がどこまで事実に沿っているかという問題はあるのだが)。
実戦で有用性を発揮させるために、どんな仕組みを用意して、どんな工夫をしているかが問題なのである。個別の機能だけが優れていても不十分なのだ。
著者プロフィール
井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。このほど、本連載「軍事とIT」の単行本第4弾『軍用レーダー(わかりやすい防衛テクノロジー)』が刊行された。