海戦や航空戦では、「探知手段としてのレーダー」「無線通信」「レーダーや無線通信を対象とする電子戦」という、電波兵器の三点セットがフルに使われている。では陸上はどうかというと、第541回でも書いたように、陸戦でレーダーを用いる機会は少ない。しかし無線通信や電子戦は多用される。→連載「軍事とIT」のこれまでの回はこちらを参照

陸戦で多用される無線通信

陣地を構築して、基本的には動かない塹壕戦であれば、有線の電話でも使い物になるかも知れない。しかし基本的に、地上軍は陸上を走り回るものだから、それに合わせて電話線を架設していたのでは大変だ。

  • 多数の車両が走り回る機動戦を適切に指揮しながら勝利につなげるには、無線通信が不可欠 写真:US European Command

よって、陸戦でも無線通信が多用される。見通し線圏内の近距離通信なら超短波(VHF)や極超短波(UHF)、遠距離なら短波(HF)や衛星通信という陣容で、この辺は海や空と同じことになる。

ただし、車載式ならまだしも、個人で携行する無線機となると、サイズや重量に関する制約が大きくなるのは、陸戦に特有の事情。

無線通信の妨害

その無線通信を妨害すると、妨害された側にとっては困ったことになる。上に報告を上げることはできないし、命令を下達することもできなくなる。それでは神経線を絶たれたも同然で、最前線の部隊は眼に見える範囲で状況を判断して、自分の判断で動くしかなくなる。

これは妨害電波を出して無線通信を機能不全に陥らせるわけだから、EA(Electronic Attack)の一種といえる。もちろん、妨害に際しては敵軍が使用している無線通信の電波と同じ周波数の妨害波を出さなければならない。

すると妨害された側は、周波数を変換して対処しなければならないが、送信側と受信側が同調して周波数を変換しなければならない。さて、「周波数をいくつに変える」という伝達をどうするか。無線通信が妨害されていたのでは、無線通信で伝達するわけにはいかなくなる。

ともあれ、この分野では「妨害装置」と「妨害に強い無線機」が主要アイテムとなる。妨害への対処としては、スペクトラム拡散通信の利用も一案であろうか。実際、SINCGARS(Single Channel Ground and Airborne Radio)やHave Quickみたいに、周波数ホッピング通信を利用している軍用通信機がある。

無線通信の位置標定

陸戦における電子戦としては、無線通信の発信源を対象とする位置標定もある。離れた2カ所に傍受装置を設定して、受信した敵軍の無線通信の入射方位を調べる。その方位線を交差させたところが、発信源の位置となる。

これは主として、敵軍の指揮所や司令部の位置を突き止める際に用いる手法。指揮所や司令部の位置が分かれば、そこに砲撃を仕掛けたり、航空攻撃を要請したりできる。攻撃がうまくいけば、敵軍の「首をはねた」状態になる。

すると、前述した無線通信の妨害との関連もあり、「敵軍の無線通信を傍受して、周波数などの情報を調べたり、発信源の方位を標定したりする機材が欲しい」という話になる。交差方位による位置標定を精確に行うには、無線機の設置位置を精確に把握する仕掛けも欲しい。

対して指揮所や司令部を設置する側は、無線機やアンテナを手元に置かずに、離れた場所に置くことが必須となる。無線機やアンテナなら代わりを手に入れることはできるが、指揮官や幕僚の代わりは簡単に手に入らない。

IED、ドローン、GNSSの妨害

第72回などで取り上げたことがある、IED(Improvised Explosive Device)すなわち即製爆発物の起爆妨害も、陸戦における電子戦の一分野といえる。IEDは遠隔起爆式にすることが多く、そうなると無線通信が不可欠だから、その無線通信を妨害すれば起爆できなくなる、という理屈。

そこで使用する、例えばCREW(Counter RCIED Electronic Warfare)みたいなIEDジャマーは、21世紀に入ってから急速に導入された新種の装備。アフガニスタンやイラクにおける戦争で、IEDが猛威を振るったのを受けてのことだ。

そして、近年になって増えてきた新手のジャマーが、C-UAS(Counter Unmanned Aircraft System)用途、早い話がドローン妨害。これも遠隔操作やデータの送信に無線通信を利用しているし、測位にはGPS(Global Positioning System)をはじめとする各種GNSS(Global Navigation Satellite System)を使う。

それなら、その無線通信や電波による測位を妨害すれば、UAVを無力化できるのではないかというわけだ。また、GNSSに対する妨害はC-UASだけに限った話ではなく、敵軍の個人や車両の測位、あるいはGPS誘導を用いる精密誘導兵器の妨害にも使える。この分野で面白いのは、妨害するだけでなく、贋信号で欺瞞する手口も用いられるところ。

ともあれ、敵軍が大きく依存しているGNSSを機能不全に陥らせることができればありがたい。そこで、GNSSを妨害・欺瞞するシステムを開発したり、ばらまいたりする国が現れる。そうなると、対抗のために妨害や欺瞞に強い受信機を開発することにもなる。「矛と盾」の故事を地で行っている。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。このほど、本連載「軍事とIT」の単行本第4弾『軍用レーダー(わかりやすい防衛テクノロジー)』が刊行された。