洋上では、艦艇にレーダーなどの電測兵装を搭載する。空の上なら航空機に搭載するのが基本だが、たまに気球に搭載する等の例外も発生する。では陸上はどうかというと、地上に固定設置する場合、車載する場合、そして車載ではないが移動式にする場合の3パターンが考えられる。→連載「軍事とIT」のこれまでの回はこちらを参照。
車載式と移動式
このうち固定設置については、第542回でレーダーサイトの話を書いたので割愛するとして、残り2パターンについて考えてみたい。
レーダーサイトにレーダー、あるいはその他の電波兵器を固定設置するのであれば、モノが大がかりになっても対応できる。その極めつけが、巨大な送信用アンテナを必要とする超長波(VLF : Very Low Frequency)や極超長波(ELF : Extremely Low Frequency)無線通信の送信所ということになろうか。
また、長崎県の針尾にある旧日本海軍の送信所は、周囲の地上から、あるいは長崎から壱岐に向かう飛行機から遠望できるぐらいの巨大施設だ。現在は、空中線は撤去されているが、それを支持するためのコンクリート製の塔が3基、残っている。近くを飛ぶ飛行機から見下ろすと、それと分かるぐらいに目立つ。
何かに乗せて移動を実現するレーダー
では、地上に設置するが移動可能なレーダーとは何か。アンテナは架台に載っているが、地上に固定されているわけではなく、必要に応じて持ち上げてトレーラーか何かに載せれば移動可能という話になる。例えば、浜松の航空自衛隊・浜松広報館で屋外展示されている、ナイキJ地対空ミサイル用の目標捕捉レーダーがそれ。
ただ、これとペアを組むナイキJも相当に大がかりなミサイルであり、そのままサッと動かせる構造にはなっていない。基本的には、決まった場所に配置して使うもので、移動しようと思えばできます、というレベルであろうか。なお、そのナイキJも浜松広報館で屋外展示されているので、現物のサイズ感は確認しやすい。
トレーラーで牽引するレーダー
そのナイキJの後継として導入したのが、御存じMIM-104パトリオットだが、こちらは発射機もレーダーも車輪付きのトレーラーに載っている。だから、牽引車さえ用意すれば迅速に移動できる。ただし安定のために、発射機についてはアウトリガーを展開して「踏ん張る」構造。
パトリオットは、陸上を走り回る地上軍に随伴して防空の傘を差し伸べる使い方も考えられるから、移動しやすい設計になっていないと仕事にならない。
また、パトリオットよりも上のレイヤーを受け持つ長射程のミサイル、たとえばTHAAD(Terminal High-Altitude Area Defense)でも、発射機やレーダーは車載化されている。このうち発射機は10連装で、米陸軍が持つ最大級のトラック・M977 HEMTT(Heavy Expanded Mobility Tactical Truck)から派生した、M1120 HEMTT LHS(Load Handling System)の荷台部分に載せている。
ペアを組むAN/TPY-2レーダーは牽引式で、前後に2軸の台車を備えた構造。トレーラーにレーダーを載せたというより、レーダーの前後に車輪を履かせたという方が実態に近い。たまたま間近で現物を見る機会に恵まれたが、前後に移動用の車輪をつけたAN/TPY-2は、へたなマイクロバスより大きいぐらいだ。
車載化に際しての制約
ともあれ、何かを車載化しようとすると、それを載せるトラックやトレーラーが一つの制約要因になる。載せられるモノの重量も寸法も、トラックやトレーラーの能力次第だが、それが走る道路も、特にサイズの面で制約要因になる。また、軍用だと空輸するときのことも考えなければならないので、輸送機に載せられるサイズ・重量にまとめることも求められる。
アンテナを寝かせて対処
そこで車載式レーダーでは、パトリオット用のAN/MPQ-53やAN/MPQ-65がそうしているように、移動の際にはアンテナを寝かせる構造にすることが多い。すると、アンテナには起倒を可能にする仕掛けを組み付けなければならない。
時々、自衛隊の一般公開イベントでパトリオットが出てくることがあるが、レーダーのアンテナは立てた状態になっているのが普通。ところが、マサチューセッツ州アンドーバーにあるRTX社レイセオン部門(旧レイセオン・ミサイルズ&ディフェンス)の事業所では敷地の一角に、アンテナを畳んだ状態の実大模型が置かれていた。
機器を分割して対処
また、スペースや重量の制約から、すべての機器を一体にするのではなく、分割する場面も出てくる。例えば、レーダー本体、管制ステーション、電源車といった具合に分けて、使用するときはこれらをケーブルでつなぐ。ただし、野戦環境で使用するものだから、ケーブルやコネクタは、風雨にさらされたり、土埃が舞ったりする場面も考慮して設計しなければならない。
面白いのは、ノースロップ・グラマンが米海兵隊向けに開発したAN/TPQ-80 G/ATOR(Ground/Air Task Oriented Radar)。トレーラーにアンテナが載っているというよりも、アンテナに台車を履かせたという風体になっている。1軸構成なので、設置の際には牽引車を切り離すとともにアウトリガーを展開するようになっている。そうしないと傾いてしまう。
そしてG/ATORも、レーダー本体(REG : Radar Equipment Group)、通信機材(CEG : Communications Equipment Group)、電源車(PEG : Power Equipment Group)が、それぞれ独立した車両になっている。CEGは機材がコンパクトなので4×4車両のHMMWV(High Mobility Multi-Purpose Wheeled Vehicle)に、PEGは機材が大がかりなので6×6トラックのMTVR(Medium Tactical Vehicle replacement)に載せている。
HEMTTにしろHMMWVにしろMTVRにしろ、他のさまざまな用途で使われている汎用品。これは大事なところで、専用の車体を仕立てたらスペアパーツの種類も、運転・整備訓練の手間も増える。既製品の共通車体を最大限に活用することも、陸戦用の装備では重要である。
著者プロフィール
井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。このほど、本連載「軍事とIT」の単行本第4弾『軍用レーダー(わかりやすい防衛テクノロジー)』が刊行された。