ピケット picket という言葉がある。例えば、労働争議のときに「ピケを張る」という言葉が出てくるが、これは「監視要員を立てる」という意味。つまり、ピケットとは見張り・監視、あるいはそれを行う人員という意味になる。→連載「軍事とIT」のこれまでの回はこちらを参照

レーダーでピケット

古来、見張りは人間の目玉(業界ジョークでいうところのMk.1アイボール)で行われてきたが、このセンサーにはあいにくと、夜間・悪天候では使いづらいという難点がある。そこにレーダーが登場したことで、昼夜・全天候下で使える見張りの手段となった。

陸上では、大形で長い探知可能距離を持つレーダーを固定設置して「レーダーサイト」とする事例が多いが、洋上では固定設置というわけにはいかない。そして、艦上に搭載したレーダーは設置高が艦の設計に左右される。傾斜したときの復元性を維持するために、重心高が上がらないようにする観点からいえば、レーダーのアンテナが大きく、重くなるほどに、高所には設置できなくなる。

高所に設置して探知可能距離を拡大する手が使えなければ、レーダーそのものの位置を敵地に向けて前進させるしかない。陸戦では陣地の前方に少数の兵員を送り込んで見張りを受け持たせる場面があるが(いわゆる前哨)、それと同様に、レーダーを搭載した艦を艦隊主力の前方に進出させて、対空見張りを担当させようという考えができた。

それがいわゆるレーダー・ピケット艦。太平洋戦争の末期に米海軍が多用した手法だが、近年(?)でも、1982年のフォークランド紛争において英海軍がやっている。英海軍の空母には、米海軍が持っているような早期警戒機がなく、上空から “神の眼の視点” で監視してくれる手段がなかったからだ。

水上艦だけでなく潜水艦も

米海軍は太平洋戦争の末期に、日本陸海軍による熾烈な航空攻撃にさらされた。そうした経験から対空見張りを重視するようになり、レーダーを搭載した駆逐艦を艦隊の前方に出してレーダー・ピケットを担当させたわけだ。

ところが、レーダー・ピケット艦は真っ先に攻撃される宿命を持っている。任務の関係から、敵軍に近いところまで進出しなければならない上に、味方の掩護を十分に受けられない。だから太平洋戦争では、米海軍のレーダー・ピケット艦は少なからぬ損害を出している。

とはいえ、他に代替手段もないということで、戦後もレーダー・ピケット艦の配備は続けられた。そしてとうとう、レーダー・ピケットを専門に担当する艦までこしらえた。駆逐艦をベースとしてレーダーを載せたので、艦種記号は駆逐艦を意味するDDにレーダーを意味するRをくっつけて「DDR」となった。もちろん、ゲームの名前とは何の関係もない。

そこで出てきたアイデアが「水上にいる駆逐艦だから攻撃されるので、ヤバいことになったら海中に潜れる潜水艦にしたら?」というもの。ウソのようなホントの話、レーダー・ピケット担当潜水艦として、既存の潜水艦を改造するだけでなく、レーダー・ピケット専用設計の通常動力潜セイルフィッシュ級や、原潜トライトンまで造ってしまった。

ただ、通常動力のセイルフィッシュ級は速力が遅く、艦隊に随伴するには不十分。ことに空母は、発着艦の際には全速航行するから、通常動力潜水艦がどんなに頑張っても追いつけなくなる。そこで原子力化したトライトンができたわけだが、この艦は米海軍の原潜としては極めて珍しいことに、原子炉を2つ載せていた。

  • レーダー・ピケット原子力潜水艦「トライトン」(SSRN-586)。巨大なセイルの中にレーダーを収めている。意図した通りの使われ方をしたことはほとんどなかった 写真:US Navy

レーダーを載せた艦上早期警戒機が出現

ところが、トライトンが就役した1959年頃になると、すでにレーダーを載せた艦上早期警戒機が出現していた。最初はグラマンE-1トレーサー、続いてグラマンE-2ホークアイ。飛行機の方がスピードが速いのは当たり前の話で、艦隊の動きについて行くのに不便はない。

ところが足の遅い潜水艦だと、艦隊が大きく進路を変えたときについて行くのが大変だ。レーダー・ピケットの任を務めるためには艦隊の前方に展開しなければならないが、針路が大きく変われば、その「艦隊の前方」にあたる海域の位置が大きく変わる。そこを急いで移動しなければならないが、そもそも足が遅い。

それに、レーダーの位置が高い早期警戒機は、当然ながらカバー範囲も広く、潜水艦が浮上して作動させるレーダーの比ではない。そうなると「レーダー・ピケット艦なんて要らないのでは」という話になるのは当然の帰結。トライトンは就役からほんの10年で予備役入りとなってしまった。

  • E-2Cホークアイ。海上をノロノロ移動する艦艇よりも、レーダーを搭載する早期警戒機を空母から飛ばす方が、見通せる範囲は広いし、運用の柔軟性も高い 撮影:井上孝司

レーダー・ピケット潜水艦で難しいところ

こうして無用の長物と化したレーダー・ピケット潜水艦だが、メカ的には面白いところがある。

まず、探知距離が長い大形の対空捜索レーダーを載せなければならないが、それを使用するのは浮上してレーダー・ピケットの任務に就いているときだけ。潜航中はしまっておかなければならない。では、どこに?

もちろん、対空捜索レーダーで使用する大型のアンテナを収容できる場所はセイルしかない。とはいえ通常サイズのセイルでは納まらないので、レーダー・ピケット潜水艦は、その他の用途の潜水艦と比べて大きなセイルを備えることとなった。

  • 米海軍のレーダー・ピケット潜水艦「ラッシャー」(SS-269)。これは1943年に竣工したガトー級潜水艦を改造したもの。セイルとその後方にレーダーのアンテナが見える 写真:US Navy

もちろん、アンテナをむき出しにしたまま潜航すれば抵抗が増えるし、損傷の可能性もある。それを避けるためにセイルに収容するのは正しいやり方だが、セイルが大型化すれば、これはこれで抵抗を増やす原因になる。

それに、大きなアンテナを回転させるだけでなく、昇降させるメカを組み込まなければならない。セイルの内部は耐圧殼の外であり、海水は出入りできるし水圧もかかる。そんな場所に昇降・旋回のためのメカを組み込まなければならないのだから、設計の苦労は増える。

そうやって手間と経費をかけても、アンテナが海面に近いところにある事実は変わらないので、ことに低空になると、レーダー単体の探知距離はあまり伸ばせない。早期警戒機が出現した途端にレーダー・ピケット潜水艦が放逐されたのも宜なるかな。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。このほど、本連載「軍事とIT」の単行本第3弾『無人兵器』が刊行された。