これまで、さまざまな観点から「艦載コンピュータ」について取り上げてきた。その内容は、基本的には武器系、つまり戦闘システムに関わる分野であった。しかし、艦艇は「フネに武器を積んだもの」であるから、まずフネとして機能できなければ話は始まらない。そこで、その「フネとしての機能」に関わる、武器系以外のコンピュータについても触れておこうと思う。→連載「軍事とIT」のこれまでの回はこちらを参照

フネを動かすとなると出てくる「測位・航法」

艦船を動かす際には、まず自身が備えている航行用の装備、つまり機関や舵といったものを制御したり、動作状況を把握したりする必要がある。近年では機関もコンピュータ制御のものが増えているから、そこでまた、コンピュータの出番が増える。

そして、フネをどのように動かすかという話になると、測位・航法という話が入ってくる。まず、現在の位置がどこかを正確に把握した上で、目的地までどういう針路をとって航行すればよいか、という話になる。

すると、現在位置を知る手段として六分儀と天測歴、磁気コンパスやジャイロコンパス、GPS(Global Positioning System)受信機、慣性航法システム(INS : Inertial Navigation System)などといったアイテムが出てくる。以前なら、LORAN (Long Range Navigation)やオメガなどといった、無線双曲線航法システムの受信機も登場したところだ。

また、航法のための基礎データを提供する海図も不可欠だ。昔は紙の海図しかなかったが、今は電子海図情報表示装置(ECDIS : Electronic Chart Display and Information System)が広く使われている。さらに、フネの動きを知る手段として、測程儀(ログ)も不可欠となる。

  • 伊海軍の哨戒艦「フランチェスコ・モロスィーニ」の艦橋では、通常時の操艦を担当する前方の正副パイロット席に、電子海図の情報もまとめられている。統合艦橋システムの典型例 撮影:井上孝司

IBSとINSの登場

航法は、単に目的地に向けて一直線に進めば良いとは限らない。途中に陸地があるかもしれないし、座礁の原因となる暗礁があるかも知れない。何らかの事情で、通航できる航路が決められているかも知れない。だから、海図のような基礎資料は不可欠だ。

こうしてさまざまな機器・装置の名前を挙げてきたが、これらが単にバラバラに存在しているのでは、使い勝手がよろしくない。

まず外に出て、六分儀で天体の位置を測り、それを天測暦と照合して位置を出す(GPSや無線航法システムの受信機なら、緯度・経度がいきなり画面に出てくるが)。その位置を海図に書き込み、目的地までどういう針路をとって航行するかを決める。

そして、航行しながら現在位置を常に確認して、変針点に来たら舵を操作して変針する。こうしたプロセスの過程で、複数の担当者の間で情報と指示が行ったり来たりする。

  • 左は、ある護衛艦の環境に設置されていたLORAN受信機(撮影時はまだLORANが運用中だった)。緯度と経度の数字が表示されている様子が分かる 撮影:井上孝司

そこで、ミスや錯誤が入り込んだら海難事故の元である。そこで今は、船橋(軍艦なら艦橋)で操船・操艦に関わる機器を集約・統合した、統合船橋システム(IBS : Integrated Bridge System)の導入が一般的になった。

それを国際的な標準化仕様としたのが、統合航法システム(INS : Integrated Navigation System)。船級(総登簿トンが100t以上の航洋船舶について、船級協会から与えられる等級のこと)に応じて、どんな機器をどれだけ備え付けるかが決まっている。当然、こうしたシステムを機能させる際にはコンピュータとネットワークが不可欠なものとなる。

  • 米アーレイ・バーク級駆逐艦の機関操縦室。航行用のガスタービン主機や発電用ガスタービンの動作も、コンピュータで集中制御・管理するようになった 撮影:井上孝司

そこに武器系の情報を連接すると

ここまでの話は、商船でも軍艦でも基本的に同じである。軍艦といえども、「戦の道具」である前に、まず「フネ」として機能できなければ始まらない。ただし軍艦の場合、こうした操艦・航法関連の機材と、戦うための機材である武器系は、それぞれ別個に存在しているものだった。

ところが最近、この両者を一体化する事例が出てきている。つまり、「艦の現在位置を知るための電子海図」と「戦うための戦術状況図」を別個の機器で別個に表示するのではなく、一緒にしてしまう。

一つの画面上に、航行に必要な情報も、友軍の艦艇や航空機の位置に関する情報も、存在を探知した敵軍の艦艇や航空機の位置に関する情報も、みんな一緒に表示する(もちろん、必要に応じて表示する情報の種類は変えられるのであろう)。

また、その情報を艦橋にだけ封じ込めるのではなく、艦内ネットワークに流すとどうなるか。しかるべき表示装置を用意することで、艦内のどこでも同じ情報を共有できるようになる。艦長が艦長室に引っ込んでいるときに何かまずい事態が起きたら、艦長はとりあえず自室の表示装置で状況を確認して指示を飛ばせる。艦橋に駆けつけて、初めて状況が分かるよりも好ましい。

これを実現するためには、武器系の情報と、航行・艦制御系の情報を連接するか、あるいは同じシステムの上にまとめる必要がある。同じフネの中のことだから、単一のネットワークを用意して、そこにすべての機器をつないでしまう方が合理的となる。そうすると、ネットワークがシンプルになるだけでなく、機器構成の合理化にもつながる。

例えば、測位情報は航法のためだけに使用するものではなく、武器の分野でも必要とする。それなら両者で別個にシステムを持つよりも、同じ測位システムから、必要に応じて必要なところににデータを流す方が理に適う。

船舶自動識別システム(AIS : Automatic Identification System)の受信機を作動させれば、周囲にいる行合船の情報を知ることができる。それは航行の観点からすれば「衝突回避」の手段であり、武器系の観点からすれば「状況認識」の手段となる。どちらでも必要とされる情報だから、同じネットワークを通じて共有する方が理に適う。

逆に、AISの送信機は自艦の位置を常に放送するものだから、測位システムとつながっていなければ仕事にならない。それなら、AIS送信機と測位システムを同じネットワークにつないで、後者から前者に測位情報を流せるようにすればいい。

第511回第512回以前に取り上げた、伊海軍の哨戒艦「フランチェスコ・モロスィーニ」の艦橋の話を思い出してほしい。測位・航法・武器系の情報を統合して扱うことで、錯誤が減り、省人化につながる。同艦は、その典型的な事例といえよう。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。このほど、本連載「軍事とIT」の単行本第2弾『F-35とステルス技術』が刊行された。