今回は両用戦に関連する話。両用戦といえば、陸・海・空にまたがる複雑な作戦だから、そこで的確な状況認識と統制を行うためには、情報システムによる支援が欠かせない。だから、第431回で少し触れたように、揚陸艦は両用戦のための指揮統制システムを必要とする。→連載「軍事とIT」のこれまでの回はこちらを参照。
揚陸艦の指揮統制設備
ネットの海をさまよっていたら、たまたま、米海兵隊の「両用戦教範」に行き着いた。それによると、米海軍のワスプ級強襲揚陸艦には、指揮統制に関わる施設やシステムが、以下のようにたくさんある。
- CIC(Command Information Center)。指揮官が陣取る場所
- ITAWDS(Integrated Tactical Amphibious Warfare Data System)。両用戦に関する情報を扱うシステム
- LFOC(Landing Force Operations Center)。上陸作戦の指揮を執る場所
- Ship’s Signals Exploitation Space。通信を司る施設
- JIC(Joint Intelligence Center)。各種情報を集約・配布する施設
- SACC(Supporting Arms Coordination Center)。火力支援の調整を担当する施設
- HDC(Helicopter Direction Center)。ヘリコプターの指揮所
- Helicopter Coordination Center。ヘリコプターの運用を調整する場所
- TACC(Tactical Air Control Center)。航空管制の施設
必要となるすべての機能をひとまとめにしたのでは複雑になりすぎるので、用途別に専門の施設を設けた上で、それらが連携しながら任務を遂行する、というイメージだろうか。
両用戦といっても揚陸艇や水陸両用車で海浜に押し寄せるだけではない。ヘリコプターやティルトローター機で兵員・武器を空輸する場面もあるから、そちらの調整や指揮も必要になる。さらに、戦闘機や攻撃ヘリ、艦艇による支援が不可欠なので、そちらの指揮や調整を担当する施設も必要。といった按配になる。
そうした施設やシステムによる支援を受けながら、敵地の海浜に海兵隊が押し寄せて上陸する……というのが、おそらく、一般的な米海兵隊のイメージであろう。
ところで、EABOとは
ところが数年前から、米海兵隊は「昔ながらの両用戦」とは違う方向性を打ち出している。それがEABO(Expeditionary Advanced Base Operations)。平たくいえば、「敵軍がいない島嶼に対して、迅速に小規模な部隊を送り込み、長射程の対艦ミサイルや地対地ロケットを活用して周辺海域を制圧する」「用が済んだら迅速に移動する」といった考え方。
EABOでは、敵の脅威圏内に乗り込んで行って、情報収集や対艦・対地攻撃の拠点(EAB : Expeditionary Advanced Base)を構築する。ところが現場は敵軍の脅威圏内だから、ひとつところに強固な拠点を構築してとどまるスタイルでは、敵軍によって返り討ちにされる危険性が高くなる。そこで、短時間で任務を終えて、すぐさま撤収して別の場所に移動することを繰り返す。
EABOの教本によると、「目立たず、作戦上の要求に適っている海軍ならびに統合部隊を用いて、海洋制圧・海洋拒否を図る」とある。従来の両用戦は、敵軍が護りを固めている海浜に強襲上陸を仕掛けて、そこを占拠する。つまり、「土地」がターゲットだったが、EABOは「敵軍の艦艇や航空機と交戦して、海空を敵軍に自由に利用させないようにする(拒否)」ことが目的といえる。
すると、小規模ながら強力な火力を持ち、しかも身軽に移動できる部隊でなければ仕事にならない。そして、寝込みを襲われたらたまったものではないし、任務を確実に遂行する観点からいっても、情報面の優越が欠かせない。そのため、情報システムや指揮統制システムによる支援が不可欠となる。
兵站業務も影響を受ける
EABOでは大型の揚陸艦に代えて、コンパクトなLAW(Light Amphibious Warship)という揚陸艦を使用する構想。そこに人員・装備・物資を積み込んで、”空き家” になっている島嶼に乗り込んだり、撤収したりする。すると、作戦を支える情報システムや指揮統制システムは、フットプリントが大きいものにはできない。
また、兵站業務の観点からすると、小規模な部隊があっちに行ったりこっちに行ったりするわけだから、影響は大きい。大部隊がひとつところに押し寄せて占拠するのであれば、必要な物資はみんなそこに送り込んで、現地で配分すればなんとかなる。
しかし、EABOでは、部隊の動向とニーズを把握して、必要とされるときに、必要とされる場所に、必要とされるものを送り届ける仕組みを構築する必要がある。
おまけに、用が済んだらEABは店じまいして別の場所に移動するわけだから、その際に装備も物資もみんな連れて行かなければならない。すると、物資が不足するのはもちろん問題だが、過剰にあっても困る。店じまいや移動の作業が面倒になるからだ。
こうしてみると、情報システムの観点から見てもEABOは新たなチャレンジを生むことになりそうである。
著者プロフィール
井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。