今回から4回に分けて、シミュレーション(シュミレーションではない)の話を取り上げてみよう。
シミュレーションといってもいろいろあるが、目下の主流はコンピュータ・シミュレーションである。そして、コンピュータでシミュレーションを行うには、まず計算処理のための数学的モデルを構築する必要があるので、業界では両者をワンセットにして、モデリング&シミュレーション(M&S)という言葉を用いることが多い。
研究開発におけるシミュレーション
たとえば、新しい装備品の研究開発を行う場面で、シミュレーションを多用している。もちろん、実際にモノを作って試験に供する方が確実ではあるが、それには多額の費用と時間がかかる。それをコンピュータ・シミュレーションによって補おうという構図だ。といっても、最終的には実物を製作して試さなければ確実なことはいえないので、その前段階における試行錯誤の段階でシミュレーションを活用することが多い。
たとえば、ステルス性を備えた航空機や艦船を造ろうとすれば、レーダー反射の状況がどうなるのか、という検討課題が生じる。もちろん「ステルスの基本原則」みたいなものはあるが、それだけでは話は終わらない。
飛行機なら胴体と翼とエンジン、艦船なら船体と上部構造と煙突、といった具合に、基本的な機能を果たすためにどうしても用意しなければならないものはいろいろある。また、モノがあるだけでは駄目で、果たさなければならない機能は実現できていないと困る。レーダーには探知されにくいけれども、視界がまるできかない、なんていうことでは困る。
そこで、求められる機能とステルス性を両立させる形状を追求するためにさまざまな形態を試行することになる。そこでいちいち模型を作って電波暗室に持ち込むよりも、数学的モデルを作ってコンピュータの中で計算させる方が話が早い。そうやって少数の最終候補案を作るところまで追い込んでから、模型を使った試験を行えばよい。
ここでは分かりやすい(?)例ということでステルス・プラットフォームの開発を引き合いに出したが、これ以外にも、「実物を作って試験に供すると時間も費用もかかるので、コンピュータ・シミュレーションを活用する」事例はいろいろある。
たとえばBAEシステムズ社では、F-35の艦上運用に備えた検証試験にシミュレータを活用している。いきなり実機を実艦に載せて試験を行うのはリスクが大きいし、実艦はまだ建造中だから試験ができない。そこでシミュレータを使って、発着艦や艦上での機体の取り回しなどを試してみるわけだ。
ちなみに、この作業に使っているシミュレータでコックピット外部の映像を表示するビジュアル装置は、NVIDIA製のグラフィック・プロセッサとキヤノン製プロジェクターの組み合わせだそうで、こんなところでもCOTS(Commercial Off-The-Shelf)化している。
有用性検証のためのシミュレーション
これらは新しい装備品の開発作業に際して、実物を使用する代わりとしてシミュレーションを活用する話だが、それとは別に「実物を使えないのでシミュレーションを活用する」話もある。たとえば、「開発中の新兵器が実戦の場でどの程度まで有用か」を検証する場面がある。
戦闘機の有用性を検証したいからといって、まさか仮想敵国から第一線の戦闘機を借りてくるわけにもいかない。そこで、仮想敵国が使用している戦闘機の性能データを可能な範囲で調べて、それをコンピュータに入れる。一方で、研究している自国の新戦闘機についても同様に、性能データをコンピュータに入れる。
そして、それぞれの機体についてパイロットをシミュレータに乗せて操縦してもらい、コンピュータという仮想空間の中で「空中戦」を展開する。どちらの機体も、最初に入力した性能データの範囲内でしか動けないから、「こういう性能を持つ機体で、こういう性能を持つ仮想敵機に対抗できるか」を検証する役には立つ。
日本でもこうした検証を行っており、2013年の「防衛技術シンポジウム」で概要が明らかにされていた。
試験・評価におけるITの活用
シミュレーションの話からは外れるが、研究開発に続く試験・評価の分野でもITがおおいに活躍しているので、そちらの話も。
ちなみに、研究・開発・試験・評価をひっくるめてRDT&E(Research, Development, Testing and Evaluation)といっている。研究開発も大事だが、それによってできたモノに不具合がないかどうかを調べたり、長所や短所を確認して戦術開発に役立てたりする、試験・評価のプロセスも、負けず劣らず大切である。実のところ、このプロセスをどこまで徹底的にやっているかが重要だ。
その試験・評価では、データ収集が重要な仕事になる。たとえば、飛行機を飛ばせば機体にさまざまな負荷がかかるから、それに関するデータを収集することは、機体の構造設計が妥当だったかを確認するための重要なプロセスとなる。
ミサイルを試射すれば、飛翔状況だけでなく、目標を捕捉して誘導する機能を司るシーカー(seeker)の動作状況が問題になる。もしもハズレになってしまった場合、シーカーを構成するハードウェアの不具合、あるいはシーカーと誘導機構を制御するソフトウェアの不具合といった可能性が考えられるが、そういった原因を追及するには、シーカーや誘導機構の動作に関するデータをリアルタイムで得る必要がある。
こういった事情から、試験・評価のプロセスではテレメトリーを活用している。つまり、試験の対象物に計測用の機器やセンサーを取り付けて、そのデータを無線で地上に送らせる。そのデータを見ていれば、リアルタイムでデータが入ってきて状況が分かる。もしも試験の対象物が失われてしまっても(ミサイルの試射では失われるのが前提ということも多い)、データさえ手に入れておけば問題はない。
ちなみに、試験・評価の段階でテレメトリーを活用するということは、そのテレメトリーの無線通信データは宝の山ということだ。それを傍受して内容を知ることができれば、仮想敵国が開発している新兵器に関する情報を得るのに役立つ。これがいわゆるTELINT(Telemetry Intelligence)である。実際、仮想敵国のミサイル試射に際して、TELINT収集用の航空機を近所に送り込んだ事例はある。
そういう事態を防ぐには、新兵器の試験をできるだけ国境線から遠い奥地で行いたいところだが、アメリカやロシアや中国ならいざ知らず、日本みたいに国土が狭い国では実現困難なのがつらいところではある。
執筆者紹介
井上孝司
IT分野から鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野に進出して著述活動を展開中のテクニカルライター。マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。「戦うコンピュータ2011」(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて「軍事研究」「丸」「Jwings」「エアワールド」「新幹線EX」などに寄稿しているほか、最新刊「現代ミリタリー・ロジスティクス入門」(潮書房光人社)がある。