海、陸と話が続いたので、やはり空の上の話もしなければいけないだろうと考えた。そこで今回は「温故知新」ということで、まず第2次世界大戦中の話から始めてみようと思う。

航空戦の指揮における特徴

指揮所に指揮官がいて、全体状況を見ながら、必要なところに必要な戦力を差し向ける。これができないと任務を達成できないのは、陸海空のいずれも同じだ。ただし航空戦の指揮には、陸戦や海戦にはない特徴がある。

それは、指揮官が状況を目視で把握しながら指揮するのは非現実的、というところ。戦の道具として見たときの航空機の特徴は、「スピードが速い」「行動範囲が広い」「3次元の動きをするので戦場が立体化する」の3点だが、いずれも、目視による状況把握を阻害する要因となる。そもそも、数百kmも離れた場所、あるいは何千mも上の高空の状況を、目視で的確に把握するのは無理な相談だ。

また、航空機は地上に縛り付けられているわけではないから、通信手段は無線機しかない。編隊を組んでいる航空機同士なら、「翼を振って合図する」「手先信号で合図する」といった手も使えるが、距離が離れたら使えない。それに、伝達できる情報に制約がありすぎる。

おまけに、航空機のスピードは速い。車両や艦艇と比べると速度の数字が一桁違う。動きが速いから、状況の変化も早い。

これらの条件を考慮すると、航空戦の指揮を有効に機能させるには、状況認識の手段と、情報整理の手段が不可避、という話になる。それはすなわち、レーダーとコンピュータである。なにも航空戦の指揮に限らず、民間も含めて航空管制の分野が同じことになっている。

レーダーを用いて、カバー範囲内を飛行しているすべての飛行物体の動静を把握する。そして、IFF(Identification Friend or Foe)を用いて敵味方を識別するとともに、高度などの情報も得る。それらのデータをコンピュータに投入して整理した上で、ディスプレイに状況図として表示する。これらの機能が、航空戦の指揮を執るために必要不可欠なものとなる。

コンピュータがない時代には……

ところが、これらは今なら実現可能な話だが、まだコンピュータが影も形もなかった第2次世界大戦の初期にはどうしていたか。レーダーはあったが、情報を表示する機能は人間が代行するしかない。

つまり、レーダーサイトから探知情報が口頭で上がってくると、それを指揮所に設けた表示装置に人間の手で反映させる。1940年の英空軍では地図の上に置いた駒を棒で動かしていたが、その後のドイツ空軍ではガラス板にライトを当てる方式にした。この辺は、「迅速に必要な手段が得られて、結果が出れば良い」と割り切るイギリス軍と、テクノロジーにもこだわりがちなドイツ軍の違いが出たといえるかもしれない。

  • 女性スタッフが地図上の駒を動かして、それを指揮官が見下ろしている写真 撮影:井上孝司

    女性スタッフが地図上の駒を動かして、それを指揮官が見下ろしている写真

なんにしても、指揮官はその地図やガラス板を見ることで、どこからどれだけの敵機が侵入してきているかを把握できる。それを見て、指揮下の戦闘機部隊に対して発進を命じたり、どれを迎撃するかを指示したりしていた。

ただしそれをやるためには、侵入してくる敵機の状況を知る手段だけでなく、指揮下にある自軍の機体についてステータスを知る手段も必要になる。帳簿の上では機体が存在していても、撃ち落とされていなくなっていたり、損傷して使えなくなっていたり、燃料・兵装の補給中ですぐに飛び立てなかったりするかも知れないからだ。

そんな「使えない機体」に出撃を命じても役に立たない。だから、「どこの基地に、使える機体がどれだけいる」という情報も得て、指揮所にリアルタイムで提示する必要がある。

ここまでは状況把握の話だが、指揮管制のためには先にも書いたように、無線通信が不可欠となる。レーダーサイトとやりとりする分には地上の通信回線で用が足りるが、航空機に指示を出すためには無線が必須である。

もっとも、中央の指揮所に情報を一元的に集約するのはいいとして、すべての機体に対する指揮をそこからやるのは、あまり現実的ではない。実際には、カバーすべき範囲を複数のセクターに分けて、それぞれにサブの指揮所を置くことになる。中央の指揮所は全体状況を見るが、セクターごとの指揮所は担当セクターの状況だけに専念する。

この辺の考え方は、今の防空指揮管制システムでもそんなに変わっていない。

  • 米国空軍と航空自衛隊が2021年10月25日に嘉手納基地で行われたサザンビーチでの演習の計画を立てている様子 写真:USAF

    米国空軍と航空自衛隊が2021年10月25日に嘉手納基地で行われたサザンビーチでの演習の計画を立てている様子 写真:USAF

攻勢航空戦だったらどうするの?

ここまでは、先にシステム化が進んだという理由で、第2次世界大戦における英独の話を引合いに出しつつ、防空指揮管制の観点から話を書いてきた。しかし実際の航空戦は防空戦だけではない。こちらから敵地に出て行く攻勢航空戦もある。

その場合、地上に状況把握のためのインフラを設置するわけにはいかない。自国軍機の動静を感知するためのレーダーサイトを敵国内に設置する、なんていったら笑い話だ。また、洋上の航空戦では、いつ、どこで戦闘が発生するか分からない。だから第2次世界大戦中は、作戦計画を立てて、指揮下の機体を敵地に向けて出撃させたら、後はじっと待っているしかなかった。

理屈の上では、個々の機体と無線でやりとりして状況を把握したり、指令を飛ばしたりする手も考えられる。ところが、敵地に出て行けば見通し線圏外だから、VHF/UHF通信機は役に立たない。HF通信機を搭載していれば、見通し線圏外でも通信可能になるが、誰も彼もがこれを搭載していたわけではない。第一、専任の無線手が乗っていなければ、遠距離通信まで担当するための人手がいない。

この問題を解決するには、地上・洋上にインフラがないところでも使えるセンシングの手段が必要になるのだが、その話は次回以降に取り上げる。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。